健康長寿ラボ
2023年9月25日、日本のエーザイ社と米国のバイオジェン社が開発したレカネマブ(商品名:レケンビ)が、「アルツハイマー病による軽度認知障害、および軽度の認知症の進行抑制」の効能・効果で厚生労働省により薬事承認されました。「アルツハイマー病の原因に働きかける世界ではじめての治療薬」として大きな期待が寄せられています。そこで本コラムでは3回に渡り、今回承認されたレカネマブ(前編)、承認申請中のドナネマブ(中編)、そしてアルツハイマー病治療薬開発の今後の課題と展望(後編)についてお話しします。
以前、健康長寿ラボのコラムでは、バイオジェン社とエーザイ社が共同開発した「アデュカヌマブ」(商品名:アデュヘルム)を取り上げて、アミロイドβを脳から取り除く、抗体医薬開発の歴史についてお話ししました(認知症の新しい治療薬アデュカヌマブについて(2))。アデュカヌマブは、米国で「条件付き」の承認を受けたことが大きなニュースになりましたが、正式な承認には至らず、現在も臨床試験が続いています(認知症の新しい治療薬アデュカヌマブについて(3))。
レカネマブもまた抗体医薬で、アミロイドβのかたまり(凝集体)の中でも、中くらいの大きさで神経毒性が特に高いとされるプロトフィブリルや、より大きなかたまりのアミロイド斑に結合して脳内から取り除くと考えられています。今回承認されたレカネマブの安全性と有効性は、臨床第3相試験*(注釈)「クラリティ(Clarity) AD 試験」で得られた、1,795人分のデータに基づいています。
この臨床試験では、2週間に1度、18ヶ月間にわたるレカネマブの投与により、プラセボ(レカネマブの投与なし)と比べて、脳の中に溜まっていたアミロイドβが顕著に減少し(図1・左)、さらに記憶、見当識、判断力と問題解決能力、地域社会活動、家庭生活および趣味・関心、介護状況を含む全般臨床症状(CDR-SBという指標で評価)の悪化が27%抑制されました(図1・中)。これは、症状の進行をおよそ7.5カ月遅らせる効果に相当します。また、衣服の着脱や食事、地域活動への参加など、自立して生活する能力(ADCS MCI-ADLという指標で評価)についても、プラセボと比べて37%の臨床的有効性が認められました(図1・右)(文献1)。
図1.レカネマブ臨床試験の結果
これらの結果を受けて、米国では2023年の7月、日本では同年の9月に正式に承認されました(図2)。現在、当国立長寿医療研究センターでも、レカネマブによる治療の準備が急ピッチで進められています。
図2.レカネマブ承認までの流れ
レカネマブの有効性が期待される一方で、安全性やリスクについても慎重に考える必要があります。レカネマブの投与群でもっとも多かった有害事象(副作用)としては、以前のアデュカヌマブの臨床試験でも報告されていた、アミロイド関連画像異常「ARIA」(Amyloid-Related Imaging Abnormalities)があります。ARIAには大きく分けて、脳の血管の周りに水が溜まる浮腫(ARIA-E)と、脳内の微小出血や鉄(ヘモジデリン)沈着(ARIA-H)の2種類があります(図3)。
図3.レカネマブの副作用
ARIAは治療の初期に見られることが多く、頭痛などを引き起こすことがありますが、大半は無症状で、時間とともに回復が見られます。しかし0.6〜0.8%の頻度で、痙攣や意識障害など生命を脅かす重篤な副作用を引き起こすことがあります。そのため、MRI(磁気共鳴画像)検査を治療の開始前と治療中に定期的に行い、ARIAをモニタリングする必要があります。もしARIAが観察された場合には、回復の程度を見ながら治療を継続するかどうかを判断していきます。
また臨床試験データの解析から、ARIAが起こりやすい人たちがいることも分かってきました。
たとえば、アルツハイマー病のリスク遺伝子として知られるアポリポタンパク質E遺伝子(APOE)のε(イプシロン)4型を、両親から受け継いだ2本の遺伝子の両方に持つ(ホモ接合体)方はARIAの発症頻度が高くなり、2本の遺伝子の片方がε4型(ヘテロ接合体)の方でもやや高くなる傾向が見られます(文献1)。また治療前に行う脳画像の所見で、微小出血など脳の血管に病変がある場合にも、ARIAの発症頻度が高くなることが分かりました。このような場合には、副作用のリスクを考え、レカネマブを使用するか否かを含め慎重に判断する必要があります。
次の中編では、レカネマブに続く抗アミロイド抗体医薬として注目される「ドナネマブ」ついてお話しします(中編に続く)。
当センター病院においても2024年2月13日よりレケンビ®(一般名;レカネマブ)投与を開始する運びとなりました。
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