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認知症の新しい治療薬アデュカヌマブについて(3)

〜アデュカヌマブが米国で条件付き承認された経緯と今後の展望〜

 前回このリンクは別ウィンドウで開きますは、バイオジェン(Biogen)社とエーザイ(Eisai)社によるアデュカヌマブの臨床試験について解説し、紆余曲折はありましたが、アデュカヌマブが新薬承認の申請へと進められたことをお話ししました。今回は、アデュカヌマブが条件付き承認された経緯と今後の展望、またアデュカヌマブに続く新たな抗体医薬の開発状況について解説します。

アデュカヌマブが条件付き承認された!

 アデュカヌマブが、アルツハイマー病の新薬としてFDAに条件付き承認されるまで、そして現在の状況を図1にまとめました。以下に詳しい経緯をお話しします。

アデュカヌマブは2020年7月にFDAに承認申請が出された。 FDA諮問委員会は,臨床試験の最終解析データを元にアデュカヌマブの承認を支持しないことを表明したが,一転,FDAは 2021年6月,アデュカヌマブをアルツハイマー病型認知症の新薬として条件付き承認した。

図1.アデュカヌマブが条件付き承認されるまでの経緯

 2020年7月、バイオジェン社とエーザイ社はアメリカ食品医薬品局(FDA)に対し、アデュカヌマブをアルツハイマー病の治療薬候補として生物製剤ライセンスの申請を行い、承認審査が開始されました。しかしアデュカヌマブの臨床試験の結果については、懸念を表明する専門家も数多くいました。その理由として先ず挙げられたのは、臨床試験の計画が途中で変更されたことです。新薬の臨床試験は、対象となる疾患への治療効果を正確に判定するために、薬の用量や投与スケジュールに加えて、プラセボ(偽薬)、または治療薬(今回はアデュカヌマブ)の投与を受ける被験者グループの間に、年齢、性別、健康状態、教育歴、疾患への影響が知られている環境要因や遺伝要因など、様々な条件に偏りが生じないように厳密に計画されて実施されます。ところがアデュカヌマブの臨床試験では、途中からアデュカヌマブの投与量を増やすように計画が変更されました。その結果、最終解析で用いたデータは、アデュカヌマブを高用量で投与した際に、脳浮腫の副作用の出た被験者の方のデータが減り、副作用が出なかった被験者の方や、副作用から回復できた被験者の方のデータの割合が増えていました。プラセボの投与を受けた被験者の方には副作用の出現が非常に少なかったことから、結果としてプラセボの投与を受けた被験者グループの条件と、アデュカヌマブの投与を受けた被験者グループの条件の間に、臨床試験を開始した時には見られなかった偏りが生じた可能性があり、それが認知機能データの解析結果にも影響を与えているのではないか、という心配が出てきました。もう一つの懸念として、アデュカヌマブの治療効果が見られたエマージ(EMERGE)試験においても、認知機能の改善効果が非常に小さいことが挙げられました(アデュカヌマブを高用量で投与した場合でも、認知機能が低下する速さを22%遅らせる程度)。実際、最終解析のデータは専門家で構成されるFDA諮問委員会で審議され、2020年11月、委員会はアデュカヌマブの承認を支持しないことを表明しました。このような状況の中で、2021年6月、FDAはアデュカヌマブをアルツハイマー病型認知症の新薬として条件付き承認したと発表しました(文献1)。このニュースは、2003年以来となるアルツハイマー病の新薬登場として、世界中に大きな希望をもたらすとともに、驚きと不安をもって迎えられ、先述の諮問委員会のメンバー数人は、FDAの決定に抗議する形で辞任を表明しました。

条件付き承認とは?

 さて、条件付き承認とはどういうことでしょうか?簡単に言うと、条件付き承認はあくまでも一時的な承認で、正式な承認を得るためには新しく臨床試験を行って治療効果を証明する必要があります。これはFDAの迅速承認プログラムと呼ばれる仕組みで(文献2)、有効な治療法が存在せず、かつ重篤な疾患に対する新薬の候補については、治療効果が予測できる指標を満たすことができれば(今回の場合、脳からアミロイド斑を減らす効果)、臨床的な有効性を示すデータが整う前に(今回の場合、エマージ試験では若干ながら認知機能の低下を遅らせる効果が見られたものの、エンゲージ(ENGAGE)試験では効果が見られなかったこと)、その新薬の候補を前倒しで承認することができます。これにより、新薬を臨床の現場で広く利用できるようにして、臨床試験を加速させて治療薬開発を促進しようというわけです。もし新たに行われる臨床試験で、新薬の候補に治療効果が見られなかった場合には、FDAは承認を取り消して、その薬を市場から排除することができます。FDAは声明で、臨床試験の結果やこれまでに積み上げられたデータ、さらに治療薬を待ち望む家族感情などを総合的に考慮して、アデュカヌマブを条件付き承認とした、また今後の臨床試験でアデュカヌマブの効果が証明されることを期待している、と述べています。アデュカヌマブの正式承認に必要な新たな臨床試験の結果が出るまでには、少なくとも5年、最長9年かかると言われていています。また米国の大学病院の中には、安全性と有効性に対する懸念を理由に、アデュカヌマブの使用を許可しない決定を下した病院もあると報じられ、臨床試験が難航する可能性もあります。日本でも2020年12月10日、バイオジェン社とエーザイ社はアデュカヌマブについて厚生労働省に新薬承認を申請していましたが、昨年末(2021年12月22日)に厚生労働省は、アルツハイマー病治療薬としてのアデュカヌマブの承認を見送り、継続審議する決定を下したと報じられました。

アデュカヌマブに続け!期待される新たな抗体医薬

 アデュカヌマブについては様々な議論が続いていますが、アルツハイマー病の治療薬開発にとって、大きな一歩になったことには間違いありません。アデュカヌマブが前例となり、後に続く新薬も迅速承認を受けやすくなると期待されています。現在、アデュカヌマブに続く抗体医薬としては、イーライリリー(Eli Lilly)社が開発したドナネマブ(donanemab)、バイオジェン社とエーザイ社が開発したレカネマブ(lecanemab)、さらにロシュ(Roche)社が開発したガンテネルマブ(gantenerumab)などの開発が進められています(図2)。これらの抗体医薬は、アデュカヌマブとはそれぞれ少しずつ異なる仕組みですが、いずれも脳の中に溜まったアミロイド斑をアデュカヌマブと同等、またはそれ以上に減らす効果が報告されており、臨床試験でも有望な結果が報告されています。今回FDAが下した決定には、これらの後続の新薬開発も見越し、大規模な臨床試験を行うための診療環境を整備するねらいもあったのではないかと推測されています。

アデュカヌマブに続く抗体医薬として,イーライリリー社のドナネマブ,バイオジェン社とエーザイ社のレカネマブ,ロシュ社のガンテネルマブなどの開発が進められている。ドナネマブは,ピログルタミル化されたアミロイド斑を認識する。

図2.アデュカヌマブに続く抗体医薬の開発

抗体医薬の問題点

 アミロイドβに対する抗体医薬の問題点にも少し触れておきます。これまでに行われた臨床試験から、抗体医薬を高用量で投与すると、一部の被験者の方にARIAs(Amyloid-Related Imaging Abnormalities)と呼ばれる脳浮腫が見られることが明らかになりました。原因としては、抗体医薬が血管に溜まったアミロイドβに反応した可能性が考えられています。この副作用に対しては、抗体医薬の用量の調節や、副作用が起こるリスクの高い人を遺伝子解析から予見することで防げることも明らかになってきました。もう一つの問題は、末梢の組織とは異なり、脳には血液脳関門と呼ばれる仕組み(血液中の物質が脳の中に簡単に入り込まないようにするためのバリア機能)があるため、血液中に投与した抗体医薬のわずか0.1%しか脳の中に届かないことです。この問題に対しても、抗体医薬が脳に取り込まれやすくする工夫を施すことで、脳への取り込みを8倍程向上できることが報告されています。

今後の課題

 さて、FDAがアデュカヌマブを条件付き承認とした理由は、アデュカヌマブには患者さんの脳からアミロイド斑を減らす効果があることを認めたからです。でも何か変だと思いませんか?もしアルツハイマー病の原因がアミロイド斑なら、それを脳から減らすことができるアデュカヌマブには、もっとはっきりと認知機能の低下を抑える効果があっても良い気がします。次回は、なぜアデュカヌマブは期待していたほどに認知機能を改善できなかったのか、またそれに対する研究者たちの取り組みについて解説します。(つづく)

文献

  1. FDA’s Decision to Approve New Treatment for Alzheimer’s Disease
    https://www.fda.gov/drugs/news-events-human-drugs/fdas-decision-approve-new-treatment-alzheimers-diseaseこのリンクは別ウィンドウで開きます
  1. Accelerated Approval Program
    https://www.fda.gov/drugs/information-health-care-professionals-drugs/accelerated-approval-programこのリンクは別ウィンドウで開きます

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