健康長寿ラボ
レカネマブが承認された翌日の2023年9月26日、米国のイーライリリー社は、早期アルツハイマー病の治療薬として、抗アミロイド抗体医薬『ドナネマブ』の承認申請を厚生労働省に提出しました(図1)。ドナネマブの安全性と有効性は、臨床第3相試験「トレイルブレイザーアルツ2(TRAILBLAZER-ALZ2)試験」で得られた、1,736人分のデータに基づいています。
図1.ドナネマブの現状
この試験では、4週間に1回のスケジュールで18ヶ月間にわたるドナネマブの投与により、認知機能や日常生活能力の低下が抑制されるかを、iADRS(Integrated Alzheimer’s Disease Rating Scale)やCDR-SB(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes)などの方法で評価しました。その結果、ドナネマブの投与により、プラセボ(ドナネマブの投与なし)に比べて、脳のアミロイドβは平均で84%減少し、さらに日常生活機能や認知機能を含む全般臨床症状の悪化は、iADRSの方法で22%、CDR-SBの方法では29%の遅延効果が認められました(図2)(文献1)。
図2.ドナネマブ臨床試験の結果
またこの臨床試験では、「早期にドナネマブを投与することで、認知機能の低下をより効果的に抑制できるのか?」についても調べられました。アルツハイマー病は、アミロイドβに加えて、脳内に「タウ」というタンパク質が蓄積することで、病気が進行していくと考えられています。そこで、1,736人の被験者を、タウの蓄積量が少ない(病気が進んでいない)グループと、タウの蓄積量が多い(病気が進んでいる)グループに分けて、ドナネマブの投与による認知機能や日常生活機能への効果を調べました。その結果、タウの蓄積量が少ないグループでは、iADRSの方法で35%、CDR-SBの方法では36%の遅延となり、臨床症状の悪化をより効果的に抑えられる可能性が示されました。これらは、症状の進行をおよそ7.5カ月遅らせる効果に相当します(文献1)。
ドナネマブは、脳内のアミロイド斑を効率よく取り除ける可能性があるという点で注目されています。2021年にイーライリリー社は、ドナネマブの安全性と有効性を評価した臨床第2相試験「トレイルブレイザーアルツ(TRAILBLAZER-ALZ)試験」の結果に基づいて(文献2)、米国のFDAへ迅速承認の申請を行いました。ところがFDAは、2023年1月にドナネマブの迅速承認を見送りました(図1)。その理由は、ドナネマブの安全性の確認に必要となる、「最低12ヶ月間ドナネマブの投与を受けた100人分のデータ」が不足していたためです。一方で、ドナネマブの有効性に関しての懸念は表明されませんでした。
イーライリリー社は、安全性のデータが不足した理由として、「当初の計画では100名以上の患者が12ヶ月間ドナネマブの投与を受ける予定であったが、アミロイド斑が迅速に除去されたため、ほとんどの患者が6ヶ月間で投与を終了し、結果として安全性のデータが不足した」と説明しました。イーライリリー社は、臨床第3相試験を継続して行い必要なデータを集め、2023年7月に米国FDAへ通常承認の申請、さらに日本においても同年9月に厚生労働省へ承認申請を行いました(図1)。
では、レカネマブとドナネマブの有効性や安全性に違いはあるのでしょうか?ふたつの異なる臨床試験の結果を直接比べることはできませんが、これまでに報告された結果からは、脳の中からアミロイド斑を除去する効果や、認知機能の低下を抑制する効果、また副作用のARIAの発症率において両者に大きな違いは認められていません。ただし、脳に沈着したアミロイド斑に関しては、ドナネマブの方が少ない投与量と期間で除去できる可能性が指摘されています。
レカネマブとドナネマブの違いは、結合するアミロイドβのかたまり(凝集体)の種類が異なる点にあります。前編でお話ししましたが、レカネマブは「プロトフィブリル」というアミロイドβの中くらいのかたまりと、より大きなかたまりのアミロイド斑の両方に結合すると考えられています(図3)。一方ドナネマブは、脳に沈着してからしばらく時間が経ち、「ピログルタミル化」という目印のついたアミロイド斑に選択的に結合します(図3)。この違いが、ドナネマブの方が、脳に沈着したアミロイド斑を効率よく除去する理由の一つかもしれません。レカネマブは反対に、脳に沈着が始まる段階のアミロイド斑に効率よく結合して除去するのかもしれません。
図3.レカネマブとドナネマブの違い
現在、ドナネマブの承認のための審査が米国、日本で進められています。その結果を待たなければなりませんが、レカネマブやドナネマブの特徴をよく理解した上で、2つの抗体医薬を使い分けたり組み合わせたりすることで、投与量や投与期間、さらに費用を抑えて、安全性や有効性を高めていくことができる可能性も考えられます。今後の更なる研究が待ち望まれます。
最後の後編では、アルツハイマー病治療薬開発の今後の課題と展望についてお話しします(後編に続く)。
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