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アルツハイマー病の新しい治療薬(後編)今後の課題と展望

抗アミロイド抗体医薬による治療法の課題

レカネマブとドナネマブの臨床試験では、脳内に溜まったアミロイドβを減らすことに加えて、認知機能や自立して生活を送る能力の低下を30%程遅らせる効果(症状の進行をおよそ7.5カ月遅らせる効果)が認められました。ただしこの効果は、患者さんに接しているご家族や、介護、医療従事者が実感するのは難しいと言われています。なぜなら、抗体医薬を投与した患者さんにおいても、認知機能は低下を続けてしまうからです。今後、アミロイドβに対する抗体医薬を用いた治療には、どのような課題が残されているのでしょうか?

まず、抗体医薬の効能・効果の面から考えてみます。アルツハイマー病は、脳にアミロイドβが溜まってから、20-30年後に発症すると考えられています。この長い潜伏期間の間に、アミロイドβは脳内で炎症を起こして、神経細胞へのダメージやタウタンパク質の蓄積など、脳に修復不可能な病変を引き起こします。したがって、より大きな治療効果を得るためには、抗アミロイド抗体医薬の投与をできるだけ早く開始することが重要だと考えられます。

実際にドナネマブの臨床試験では、早期アルツハイマー病の中でも、タウの蓄積が少なく病気が進んでいない患者さんの方が、認知機能の低下を抑える効果が大きいことが示されました。さらに、脳内にアミロイド斑が溜まり始めているものの、認知機能は正常なプレクリニカルアルツハイマー病(アルツハイマー病の前駆期)を対象に、レカネマブを用いた臨床第3相試験「アヘッド3-45(AHEAD3-45)試験」と、ドナネマブを用いた臨床第3相試験「トレイルブレイザーアルツ3(TRAILBLAZER-ALZ3)試験」が進められています。これらの臨床試験の結果が待たれますが、将来的に抗アミロイド抗体医薬を用いたアルツハイマー病の「治療」は、「予防」へと動き始める可能性があります(文献1)。

また、副作用を防ぐ面からも、抗体医薬を投与する時期や期間は非常に重要です。抗アミロイド抗体医薬の投与は、ARIAと呼ばれる脳の浮腫や脳内での出血を引き起こす可能性がありますが、特に重篤な脳出血は生命を脅かす事態につながります。このARIAの発生には、脳の血管病変が深く関わっていると考えられています。特に、APOEのε4型を2つ持つ人は血管病変を生じやすいことから、できるだけ早期に治療を開始することが、ARIAの発症を防ぐ上でも重要になる可能性があります。

アルツハイマー病の治療法開発の展望

レカネマブの登場は、アルツハイマー病の治療薬開発にとって歴史的な転換点だと考えられます。しかし、レカネマブやドナネマブを早期アルツハイマー病の患者さんに投与することで、認知機能の低下を遅らせることはできましたが、完全にとめることはできませんでした(図1・左)。つまり、レカネマブやドナネマブですべてが解決するわけではありません。

アミロイド抗体医薬は,認知機能の低下を遅らせるが,今後は,抗アミロイド抗体医薬に加えて,認知機能の低下を完全にとめる,さらには回復を促すことを可能にする治療薬の開発が望まれる。

図1.今後の治療薬開発の目標

今後は、抗アミロイド抗体医薬に加えて、認知機能の低下を完全にとめる(図1・中)、さらには回復を促す(図1)ことを可能にする治療薬の開発が望まれます。そこで、アルツハイマー病の予防・治療法の開発に向けて、現在どのような研究が進められているのかについて、簡単に紹介したいと思います(図2)。

アルツハイマー病の予防と治療に向けた今後の課題と展望として,まず,アミロイド抗体医薬の有効性を上げ,副作用やコストを抑えるような改良が望まれる。さらに,アミロイドベータだけでなく,脳に溜まる他の凝集タンパク質である,タウやシヌクレインを除去する方法の開発,そして,凝集タンパク質を除去に加えて,神経細胞の保護や再生を促す薬剤の開発も重要である。また,食事や運動などの介助的な療法による健康状態の維持に関する研究も,認知症の予防と治療法開発には必要である。

図2.アルツハイマー病治療薬開発の今後の課題と展望

まず、レカネマブやドナネマブなど、アミロイドβを標的とする抗体医薬は、有効性を上げつつ、副作用やコストを抑えるような改良が望まれます。そのために、少ない投与量で、効率よく脳内のアミロイドβを取り除くことができる新たな抗体医薬や、抗体医薬を脳の中に効率よく届ける技術の開発が進められています。また、抗アミロイド抗体医薬をできるだけ早期に投与するために、アルツハイマー病の早期診断の補助や、治療薬の効果を客観的に評価するための、血液バイオマーカー開発などが進められています(図2・ピンク色枠)。

次に考えなければならないのは、アルツハイマー病の発症には、アミロイドβだけではなく、タウやαシヌクレインというタンパク質が脳の中に溜まることが、神経機能の低下や神経細胞死に関わっていることです。これらのタンパク質についても脳から取り除くために、抗体医薬や核酸医薬をはじめ、様々な方法の開発が進められています(図2・青色枠)。

また、レカネマブやドナネマブなどの臨床試験から、脳からアミロイド斑を取り除いた後に、脳の容積が減ってしまうことが報告されました。この理由ははっきりとは分かっていません。老化した脳では、自然治癒力が低下している可能性も考えられることから、病気の原因となるタンパク質を取り除くことに加えて、傷ついた神経細胞を保護したり、神経細胞のつなぎ目のシナプスや神経回路の修復を助けたりする治療薬を開発することも重要だと考えられ、研究が進められています(図2・緑色枠)。

さらに、食事や運動などの介助的な療法による健康状態の維持が、アルツハイマー病の予防だけではなく、レカネマブをはじめとする治療薬の有効性や、副作用の発症率に及ぼす影響を明らかにしていく研究が重要になると考えられます(図2・オレンジ色枠)。

アルツハイマー病の治療には、早期にリスクを診断し、予防、治療を開始することがもっとも重要です。今回承認されたレカネマブなどの抗体医薬でアミロイド斑を取り除くことに加えて、その他の治療薬や介助的な療法を適切に組み合わせていくことが、今後必要になると予想されます。当センターでは、さらなる基礎研究と臨床研究の推進により、治療環境の向上を目指しています。

文献

  1. Alzheimer’s disease: From immunotherapy to immunoprevention. Mathias Jucker and Lary C. Walker. Cell. 2023 Sep 28;186(20):4260-4270. doi: 10.1016/j.cell.2023.08.021.このリンクは別ウィンドウで開きます

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