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老化知らずのハダカデバネズミはなにもの?

基礎研究に用いられる実験動物モデル

老化や老化関連疾患の基礎研究には、単細胞生物から哺乳類に至るまで様々なモデルが用いられています。その中でも実験用マウスは、ヒトの老化や疾患の研究にもっとも広く用いられている哺乳類モデルで最大寿命は2-3年近くありますが、同じげっ歯類でありながら実験用マウスの約10倍近く寿命が長く最近、医学研究に脚光を浴びているネズミがいますので今回紹介します。

ハダカデバネズミの特徴

そのネズミとは「ハダカデバネズミ(デバ)」です(図1)。デバはアフリカ東部の地下に生息し、アリやハチに類似した「新社会性」と呼ばれる分業制の集団社会を形成することが知られています。哺乳類では極めて珍しい社会形成です。デバは見た目とおりに、ほとんど体毛がなく、ピンク色の皮膚が露出しており、目は小さく、名前の由来である湾曲した歯(デッパ)すなわち「門歯」が特徴で、不気味というより不思議な生き物の印象を持ちます。その門歯で土を削りトンネルを形成するため、場所によっては低酸素環境となっているため、酸素消費量はマウスの3分の2程度、さらにヘモグロビンの酸素親和性が高いことが報告されています。しかし、体温を維持する機能が発達しておらず、変温性の動物で皮膚が乾燥するとストレスで衰弱して死亡することもあるようです。

図1、ハダカデバネズミの子ども(左写真)、おとな(右写真)

写真説明:名前のとおり、裸で出っ歯である。成体になるまでには半年から1年ほどかかる。
(J.J Biochem.Soci 88(1):71-77(2016)から一部引用)

デバのサイズは、マウスとほぼ同等ながら驚くべきことに寿命は約 30 年と非常に長く(図2)、さらに飼育下でがんに極めてなりにくいことが知られています。さらにヒトの一般的な加齢変化(外観上の変化、臓器の機能の衰退、感染防御機能の低下等)と異なり、デバの生存期間のうちの8割は、老化の兆候(活動量、繁殖能力、心臓拡張機能、血管機能の低下等)を示さずに加齢に伴う死亡率の上昇も認められていません。その様な生態的研究から、デバが老化やがんなどの老化関連疾患に対して顕著な抵抗性を示すことが見出され、そのメカニズムを研究することで、将来的には人において新たな老化・がん化予防薬の開発につながる可能性が考えられており、新たなモデル動物として注目されています。

図2 げっ歯類の体重と寿命の相関関係

図説明:種が大きいほど寿命が長い傾向がみられるが、
ハダカデバネズミはその相関から大きく外れている。
(J.J Biochem.Soci 88(1) : 71-77(2016)から引用)

デバの研究成果

最近の研究成果では、デバから iPS細胞を樹立し解析を行った結果、デバ iPS細胞が種特異的に腫瘍化耐性をもつことを見出しました(図3)。またその分子機構として、がん抑制遺伝子ARFの種特異的な活性化、またがん遺伝子ERASの種特異的な機能欠失型変異を同定しました。また、細胞を用いたマウスとの比較研究から、加齢に伴い蓄積する老化細胞が、セロトニン代謝調節によって過酸化水素が生じることで、細胞死を起こしてたまりにくくなっていることを発見しました(図4)。本研究の成果は、人でのより安全な老化細胞除去・抗老化技術の開発につながることで期待されます。

図3、ハダカデバネズミiPS細胞作製

 

図4 ハダカデバネズミが老化耐性やがん化耐性を持つ仕組み(「サイエンスポータル」より引用)

用語解説

  1. iPS細胞(induced pluripotent stem cells)
    体細胞にOct4、Sox2、Klf4、cMycなどの因子を発現させて初期化することにより作製される多能性幹細胞。

  2.  奇形腫
    未分化なiPS細胞は免疫不全マウスに移植すると奇形腫と呼ばれる腫瘍を形成する。この腫瘍は様々な細胞に分化した組織を含むため、iPS細胞の分化能の検定に用いられる。

  3. ERAS
    マウスのES細胞のみに発現するがん遺伝子で、マウスES細胞の腫瘍形成能を活性化させる。

  4. 腫瘍形成能(奇形腫形成能)
    定義は、免疫不全マウスなどの生体に移植した際に固形腫瘍を形成する能力のことである。

  5. 線維芽細胞
    全身の結合組織を構成する細胞。本研究では皮膚の結合組織から作製した。

  6. ARF
    代表的ながん抑制遺伝子の1つ。マウスではp19と呼ばれ、がん抑制遺伝子p53を制御する。これらの遺伝子の破綻は、がんの初期発生に重要である。

  7. 細胞老化
    体細胞にがん遺伝子を発現させた時などに生じるがん抑制機構の一つ。細胞は不可逆的に増殖を停止する。

参考資料

  1. 岡香織、三浦恭子、特集「老化・がん化耐性研究の新たなモデル:ハダカデバネズミと長寿動物を用いた老化学」、日本生化学学会88(1):71-77、2016 (https://seikagaku.jbsoc.or.jp)
  2. 「長寿のハダカデバネズミ老化細胞がたまりにくい仕組みを発見 熊本大ら」サイエンスポータル、2023年8月3日(https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20230803n01/)
  3. 三浦恭子、長寿齧歯類ハダカデバネズミを用いた老化研究、基礎老化研究41(2):3-8,2017

文・小木曽昇(実験動物管理室


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