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歯周病と認知症の関連について(前編)歯周病と菌血症

歯を磨くときに少し出血する。疲れると歯肉が腫れる。歯がぐらつく。このような状態は歯周病のサインです。歯周病は、歯を失う最大の要因であるだけでなく、糖尿病や動脈硬化など健康寿命を縮める病気と強い関連があることが示されています。また、本センターの主要な研究テーマである認知症と歯周病との関連性も解明されつつあり、歯周病菌の一種であるPorphyromonas gingivalisがアルツハイマー病の悪化に関わる可能性が報告されています。本コラムでは、前編で歯周病と菌血症について、後編で認知症と歯周病との関連性、特にアルツハイマー病と歯周病や歯周病原菌との関連性についてそれぞれお話しします。

歯周病とは

歯周病は、歯周病菌が歯肉や歯を支える歯槽骨などの歯のまわりの組織に感染する「感染症」ですが、風邪や食中毒などほかの感染症のような「日常生活に支障を来す症状」はほぼ出ないのが特徴です。激しい痛みや発熱が起こらない代わりに、知らぬ間に歯肉や骨をもろくし、溶かしていく疾患です。放置すると歯を失うことになりかねないばかりか、糖尿病や認知症、動脈硬化といった健康寿命を縮める全身の病気につながる可能性が報告されています。

歯周病を発症すると、以下の症状が観察されます。

  1. 歯磨き時に出血する。
  2. 歯がぐらぐらする。
  3. 口臭が気になる。
  4. 歯肉がむずがゆい、痛い、赤く腫れている。
  5. 硬いものが噛みにくくなった。
  6. 歯が長くなったような気がする。
  7. 前歯が出っ歯になった、歯と歯の間に隙間ができた。食べ物が挟まる。

これらの自覚症状があると歯肉の炎症が進行し、歯槽骨が溶けて歯が動いていることが考えられます。

歯周病は、歯と歯肉の間にある歯周ポケットにたまるプラーク(歯垢)の中に歯周病菌が大量にすみ着き、歯肉や歯槽骨を破壊していく病気です。プラークとは歯の表面と歯と歯肉の境目、歯と歯の間にくっついている白いネバネバした塊(汚れ)のことです。プラークは無数の細菌の塊で、わずか1gの1000分の1のプラークに1億個以上の細菌が生息しています。この無数の菌の中にう蝕や歯周病の原因菌が生息しています。プラークは水に溶けにくく歯にしっかりと付着し、うがいなどでは簡単に落ちません。また、プラークが唾液の成分と結びつき石灰化して歯石になると歯科医院で除去してもらうしか対処法は無くなります。

歯周病になると以下のプロセスを経て、じわじわと進行し、最終的には歯槽骨が破壊され、歯が抜けてしまいます(図1)。

  1. 歯と歯肉の間の歯周ポケットに歯周病菌の塊、プラークが蓄積する。
  2. プラークの歯周病菌が出す炎症物質や毒素が歯肉内部に侵入する。
  3. 異物である炎症物質や毒素を排除するために、歯肉で炎症が起こる。
  4. 炎症は歯肉そのものを分解し、傷つき、血管が破れて出血する。

歯周病の特筆すべき特徴は、炎症を起こしているのに痛みがほとんど起こらないことです。起こる症状といえば、出血と歯がぐらぐらすることや口臭ぐらいであるため、医療機関を受診するほどではないのでほっとかれがちです。軽度の歯周病であっても何もしないで放置すると、平均3〜5年ほどで歯がぐらぐらするようになり、最終的に抜け落ちてしまうこともあります。また、歯周病菌は歯肉から血管に侵入し、全身の臓器を蝕んでいく可能性があります。

図1 歯周病は歯肉、歯槽骨を破壊していく

歯肉の出血で悪化する「菌血症」

歯周病は歯を失う大きな要因になるだけでなく、認知症や糖尿病など全身の病気にも波及していく可能性が考えられています。その一因として考えられているのが「菌血症」です。菌血症とは、粘膜や皮膚にできた傷などから血管内に細菌が侵入し、血液中に菌が存在する状態をいいます。菌やその毒素が血液とともに全身をめぐり、さまざまな臓器に影響を及ぼす可能性があることがわかってきています。歯周病で歯肉が破壊されると、歯周ポケット内で潰瘍が形成されます。いわゆる“ただれた状態”で、潰瘍面には、通常の粘膜のように表面を覆う表皮組織がないため、毛細血管がむき出しの状態で、ここが外界と体内をつなぐゲートとなります。なおかつ、潰瘍面には歯周病菌が多く存在するため、ここから容易に毛細血管内に侵入してしまう可能性があります。また、もう一つ歯肉から血管を介して体内に歯周病菌が入り込むルートのほかにも、口から飲み込んだ歯周病菌が胃酸をかいくぐって大腸まで到達し、そこから血管に入り込み全身の臓器に移行するルートも考えられています。実際に歯周病菌は、動脈硬化を起こしたヒトの血管内(文献1)、大腸がんのヒトの腸管内(文献2)、アルツハイマー病患者の脳組織内(文献3)などでも検出されています。歯周病にかかると歯肉が腫れてもろい状態になります。腫れて炎症を起こした歯肉を歯ブラシやフロスでこすると、少しの刺激でも出血し、そこから簡単に歯周病菌が血管内に入り込むことがあります。日常的に行っている歯磨きや歯間ブラシ、デンタルフロスの使用による刺激によって、約30%のヒトに菌血症が起こっていることが報告されています(文献4)。中等度の歯周病の人の歯の周りにそれぞれ5mmの深さの歯周ポケットがあると仮定し、合計28本文の面積を求めると、大人の手のひらとほぼ同じ面積(約72平方cm)になります(図2)。つまり、常に手のひら1枚分の面積に歯周病菌が接しているということになります。したがって、歯周病患者は常に菌血症のリスクを抱えており、そのことが全身疾患に影響を及ぼしていることが考えられています。

図2 歯肉からの出血を甘くみてはいけない

深さ5mmの歯周ポケットが28本分あると、手のひら1枚分の面積がただれている計算に

文献

  1. Kozarov EV et al.: , Human atherosclerotic plaque contains viable invasive Actinobacillus actinomycetemcomitansand Porphyromonas gingivalis Brian.​Arterioscler Thromb Vasc Biol 25(3): e17-8, 2005.​
  2. Pignatelli P et al.: The Role of Fusobacterium nucleatum in Oral and Colorectal Carcinogenesis. Microorganisms20;11(9):2358, 2023.
  3. Dominy SS et al.: Porphyromonas gingivalis in Alzheimer's disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. Sci Adv 5(1): e3333, 2019.
  4. Lockhart PB et al.: Bacteremia associated with toothbrushing and dental extraction. Circulation 117(24):3118-25, 2008. 

研究関連