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歯周病と認知症の関連について(後編)歯周病と歯周病菌は認知症を悪化する?

歯周病は様々な病気のリスクを高める可能性

⻭⾁に腫れを起こし、⻭の根を⽀える顎の⾻(⻭槽⾻︓しそうこつ)を溶かしていく⻭周病は、⻭を失う⼤きな原因になるだけでなく、出⾎部位から体内に⻭周病菌が⼊ると、全⾝のあちこちの臓器で炎症を起こす可能性があります。⻭周病は、⻭⾁や⻭槽⾻に深刻な炎症が起こってもほとんど痛みを伴わないため、“沈黙の疾患”と⾔われています。1980年代以降、世界中で研究が進み、この⻭周病がさまざまな全⾝疾患に関わっている可能性が明らかになってきました(文献1)。これらの疾患は、少なくとも動物実験においては、⻭周病が発症・増悪要因となることが確認されています。⼀⽅、ヒトにおける因果関係については研究途上のものが多いですが、糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞、認知症などいくつかの病気については、ヒトにおいても⻭周病が増悪因⼦である可能性は⾼いと考えられるようになってきています(図1)

図1 歯周病との相関関係が明らかになっている主な全身疾患

明らかになりつつある⻭周病とアルツハイマー病の関係

⻭周病がアルツハイマー病のリスクを⾼める可能性が⾼いことを⽰した研究は複数あります。当センターのもの忘れセンターを受診した183人について、歯周病の検査を実施したところ、慢性歯周炎のあるヒトはないヒトに比べて、明らかに認知機能が低下していました(文献2)。また、台湾で50歳以上の⻭周病患者9291⼈と健康な1万8672⼈を10年間追跡した結果、慢性⻭周炎のある⼈はない⼈と⽐べてアルツハイマー病発症のリスクが1.7倍⾼くなったことが報告されています(文献3)。さらに、アルツハイマー病で死亡した患者の脳組織からは、代表的な⻭周病菌であるPorphyromonas gingivalis (P.g.菌)(図2)の出す毒素が⾼頻度に検出されるが、正常なヒトの脳組織では検出されない、という報告もあります(文献4)。我々は、このP.g.菌を、アルツハイマー病を発症しやすいマウスの⼝から与えて⻭周病を発症させた後、マウスの脳にアミロイドβがどのぐらい沈着するかを調べる研究を⾏いました。その結果、P.g.菌を与えて⻭周病を発症させたマウスでは、P.g.菌を与えず⻭周病を発症しなかったマウスに⽐べて明らかに認知機能障害が悪化し、脳内のアミロイドβの沈着⾯積が増加していました(図3)(文献5)。

図2  P.g.菌の光学顕微鏡写真(グラム染色)

図3 P.g菌感染によってマウスの脳にアミロイドβが増えた

⼝の中の⻭周病菌がどうやって脳に悪影響を及ぼすのか?

なぜ⼝の中の菌が脳に悪さをするようなことが起こるのでしょうか。アミロイドβはアルツハイマー病を発症させる悪者というイメージがありますが、脳の異物を排除する働きがあるとする報告があります。通常、身体の中には異物が侵⼊するとマクロファージという免疫細胞(貪⾷細胞)などがこれを⾷べて排除する仕組みがあリます。しかし、脳にはもともと体のほかの部分からの異物の混⼊を阻⽌する『⾎液脳関⾨』というバリアが存在し、なかなか異物が⼊らない閉鎖的な環境であることから、十分な免疫細胞が存在しないのかもしれません。その代わりに存在するのが、ミクログリアという細胞です(下図)。ミクログリアは脳の古くなった細胞を選択し、刈り込んで排除する働きを持っています。⼀⽅、アミロイドβは、侵⼊した異物を凝固させ、封じ込める働きも持っているようです。実際に、アミロイドβが多く存在するマウス、ほとんどないマウスの脳にネズミチフス菌を投与したところ、アミロイドβを多く持っているマウスのほうがネズミチフス菌が少なく保たれ、⻑⽣きしました(文献6)

⼈間は年をとると細胞そのものが⽼化し、⾎液脳関⾨に隙間ができ始め、脳に張り巡らされている⾎管ももろくなり、⻭周病菌などの異物も侵⼊しやすくなります。すると、ミクログリアは侵⼊してきた⻭周病菌や菌が作る毒素をバクバクと⾷べようとする。また、アミロイドβやタウたんぱくも毒素を固めようとする、その結果、これらの物質がさかんに増えて、神経の炎症や神経細胞死が起こり、認知症の病状が悪化するのではと私は考えています(図4)

図4 ⻭周病菌は⼝から脳に到達し、アルツハイマー病の重要なリスク因⼦となる?

このようなメカニズムを踏まえて考えると、脳のミクログリアやアミロイドβ、タウたんぱくが頑張らなければならない状況、つまり「⻭周病菌やそれが出す毒素の侵⼊」を⾷い⽌めれば、脳の炎症悪化を抑え、認知症の進⾏を抑え込める可能性があると考えられます。それを実際にヒトで確かめようとしたのが、「GAINトライアル」と名付けられた臨床研究です。この研究では、⽶国と欧州の計643⼈の軽度および中等度のアルツハイマー型認知症患者を対象に、P.g.菌が出すジンジパインという毒素を中和する薬を48週間投与しました。その結果、アルツハイマー病の全体の患者においては認知機能の明確な改善は認められなかったものの、もともとP.g.菌感染が⾒られていた患者に絞って解析したところ、薬を投与した群は投与しない群に⽐べて、⼝の中のP.g.菌が減少するとともに、認知機能低下のスピードが30〜50%減弱していました(文献7)

このように、⻭周病菌の悪影響は⼝の中だけにとどまりません。認知症、糖尿病、そして⼼筋梗塞や脳卒中など、寿命を縮めるようなさまざまな病気に関わっています。アルツハイマー病の原因と⾒られるアミロイドβの蓄積は、40代後半からすでに始まっています。糖尿病や動脈硬化も中年期以降、⼀気にリスクが⾼まります。つまり、この時期からしっかりと⻭周病をコントロールすることで、さまざまな病気の進⾏を未然に⾷い⽌められる可能性が⾼いと考えています。

文献

1)Genco RJ et al.: Clinical and public health implications of periodontal and systemic diseases: An overview. Periodontol 2000 83(1):7-13, 2020. 

2)Naoki Saji N et al.: Cross-Sectional Analysis of Periodontal Disease and Cognitive Impairment Conducted in a Memory Clinic: The Pearl Study. J Alzheimers Dis 96(1):369-380, 2023.

3)Chang-Kai Chen C-K et al.: Association between chronic periodontitis and the risk of Alzheimer's disease: a retrospective, population-based, matched-cohort study. Alzheimers Res Ther 8;9(1):56, 2017.

4)Poole S et al.: Determining the presence of periodontopathic virulence factors in short-term postmortem Alzheimer's disease brain tissue. J Alzheimers Dis 36(4):665-677, 2013.

5)Naoyuki Ishida N et al.: Periodontitis induced by bacterial infection exacerbates features of Alzheimer's disease in transgenic mice. NPJ Aging Mech Dis 6:3:15, 2017.

6)Kumar DKV et al.: Amyloid-β peptide protects against microbial infection in mouse and worm models of Alzheimer's disease. Sci Transl Med 25;8(340):340ra72, 2016.

7)14th Clinical Trials on Alzheimer's Disease (CTAD) Conference(CTAD2021)


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