健康長寿ラボ
人の運動機能は、日頃の運動不足や加齢に伴う筋肉量の減少などによって、次第に低下していきます。運動機能(特に、歩行などの移動能力)が低下すると、おのずと日常生活の活動範囲が狭まり、外出をせずに家に閉じこもりがちになってしまいます。身体を動かさないと筋肉量は次第に減ってくるので運動しにくくなり、運動しなくなるとさらに筋肉量が減り、心身の機能低下や食欲低下が起こるといった負のスパイラルに陥りやすくなります(図1・左画)。その結果、高齢者が独力で歩くことが困難となり、何らかの介助や車椅子・寝たきり生活を余儀なくされる【日常生活自立度の低下】につながるだけでなく、さまざまな病気にかかりやすくなる【健康寿命の短縮】にもつながる危険性があります。
高齢者がこのような負のスパイラルに陥らずに、健やか且つ活力に満ちた自立生活を送るためには、「ウェアラブルロボットによる人支援技術の日常的な活用」が重要な役割を担っていくと考えられます(図1・右画)。
図1. 超高齢社会に伴う深刻な要因とウェアラブルロボットによる人支援技術
ウェアラブルロボットは、身体に装着することで利用者の運動機能を補助・改善・強化することを目的としたアシストロボットです。医療・福祉分野における運動訓練での適用はもちろんのこと、介護支援、製造業・物流現場での作業支援など、さまざまなシーンで活用されています。代表的なものとして、人の動作意思を反映した生体電位信号によって、装着者の随意的運動を補助するロボットスーツHAL®は、2013年から、欧州において世界初のロボット治療器として認証を取得し、国内では2015年から神経・筋難病に指定されている8つの疾患(脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、筋萎縮性側索硬化症、シャルコー・マリー・トゥース病、遠位型ミオパチー、封入体筋炎、先天性ミオパチー、筋ジストロフィー)を対象とした医療機器として承認され、現在では多くの病院や施設に導入されています(文献1)。このような革新的な技術を利用し、定期的なリハビリを行うことで、着脱後の身体機能の改善や再生が期待されています。
ウェアラブルロボットにはアクチュエータの種類(モータ等による能動駆動なのか、バネや弾性材料による受動駆動なのか)やハードウエアの種類(外骨格型アシストロボットなのか、衣類型アシストスーツなのか)、または使用目的(ロボットリハビリテーションなのか、日常動作支援・作業支援なのか)や適用者(介護する側なのか、介護される側なのか)などに応じて様々なタイプが存在します(図2)。
図2. ウェアラブルロボットの機能別分類
たとえば、重度の脊髄損傷者の下肢運動を支援するウェアラブルロボットを用いることで、これまで一人では姿勢を維持することすら困難であった方が、ロボットによるアシストによって、立ち座り動作や歩行動作を行うことが可能になります(文献2,3 図3)。しかし、同じ性能のロボットを健常高齢者が利用すると、ロボットの重量が重いことや身体・関節との拘束部位が多いことから、アシスト性能よりもロボットの装着性能に違和感を感じる方も少なくありません。そのため、ウェアラブルロボットを用いる場合は、まず医師・理学療法士、専門家との相談のもと、自身の運動能力に合ったロボットを用いる必要があるでしょう。さらに現在では、高齢者が各家庭で日常的に使用できるようになることを目指して、軽量・柔軟形状で服と一体化し、簡単かつ直感的に操作できる衣類型アシストスーツの研究開発が世界各国で進められています(文献4)。
図3. ウェアラブルロボットを用いた立ち座り動作支援(左)と歩行支援(右)の様子(文献2,3)
ここからは、ウェアラブルロボットの発展と普及のための課題についてご紹介します。皆さんの中には、ウェアラブルロボットについて知っていたけれど、実際に見たこと・使ったことがないという方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?ある研究調査では、全国の介護施設(1,000施設)を対象として、介護ロボットの導入率について調べたところ、「ロボット技術の介護利用における重点分野」として、厚生労働省と経済産業省によって定められた6分野13項目のうち(図4)、ウェアラブルロボットに該当する移乗介助(装着移乗)と移動支援(装着移動)の導入率は、それぞれ8.5%と0.0%であり、とても低い導入率であったことを報告しています(文献5)。
図4. ロボット技術の介護利用における重点分野(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構HPより引用)
一方で、ウェアラブルロボットの導入検討率は、それぞれ51.2%と49.7%であり(図5)、どのような条件が満たされれば活用するかという回答では、「導入費用支援(助成金、補助金等)」、「安価な開発・製品化」、「軽量化・小型化・使いやすさ」が上位3位を占めるといった結果を示しています。これらの調査結果から、ウェアラブルロボットが更に発展し、社会に普及していくためには、単に価格面(経済的要因)だけの問題ではなく、利用者視点のニーズに合わせたウェアラブルロボットの実現や、創出された技術シーズと現場とのマッチング支援(技術的要因)を一気通貫で行っていくことが最重要ポイントであると考えられます。
図5. ウェアラブルロボットの導入率と導入検討率(文献5より作図)
健康長寿支援ロボットセンターでは、このような問題を解決するため、複数の研究室が連携して、ウェアラブルロボットを含む介護支援・生活支援ロボットの研究開発と実証研究、ならびに利用者視点のニーズと技術シーズのマッチング支援事業等を推進しています。今回はウェアラブルロボットについての話を中心に解説しましたが、別のコラムにて、介護支援・生活支援ロボットの実証研究や社会実装に向けた取り組みについてもご紹介していきたいと考えております。
アクチュエータ
電気・油圧・空気圧などの動力源から、機械的な動きを生み出す駆動源のこと。
ソフトアクチュエータ
従来の電気・油圧・空気圧を利用した動力源とは異なり、材料や素子そのものが変形する性質を利用した軽量で柔軟な動力源且つ駆動源のこと。
外骨格型アシストロボット
主に電気・油圧・空気圧アクチュエータと、金属・プラスチックなどの剛性のある材料で作られた装着可能な装置のこと。人間の運動機能を補助・改善・強化するために用いられる。
衣類型アシストスーツ
主にソフトアクチュエータと、繊維材料などの柔軟な素材で作られた装着可能な装置のこと。外骨格型アシストロボットと比較してアシスト力は低いが、柔軟性や動きやすさが重視される。
ロボットリハビリテーション
ロボットをリハビリテーションの手段として活用し、効率的に身体機能や運動能力の改善を目指したもの。
移乗介助(装着移乗)
ロボット技術を用いて介助者の動作アシストを行う装着型の機器のこと。
移動支援(装着移動)
高齢者等の外出等をサポートし、歩行等を補助するロボット技術を用いた装着型の移動支援機器のこと。