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認知症の人へのスティグマ(差別・偏見)の質問票を作成ー認知症スティグマの克服に向けてー

2024年11月1日

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター

 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下、国立長寿医療研究センター)老年社会科学研究部の野口泰司主任研究員、斎藤民部長らのグループは、愛知東邦大学、東海学園大学との共同研究において、人々の認知症に対する差別や偏見(認知症スティグマ)を評価する質問票(26項目)とその短縮版(12項目)を開発しました(Phillipson Dementia Stigma Assessment Scale日本語版:PDSA-J、PDSA-J12)。

 この質問票により、地域住民などの認知症に対するスティグマの程度を把握することができ、認知症施策の効果評価や、認知症にやさしいまちづくりの地域診断を通じて、認知症の人も含めた地域共生社会の実現に貢献することが期待されます。

研究の背景

 2024年1月「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行され、認知症の人の社会参加の推進と、認知症に対する国民の理解の向上や社会環境整備がより一層求められています。その中で重要なのが「認知症スティグマ」の克服です。

 認知症スティグマは、認知症に対するネガティブな信念や行動であり、偏見や差別という形で現れます。認知症スティグマは、認知症の人の受診や治療の遅れ、社会交流の減少などにつながり、認知症の人と家族の生活の質を低下させるため、認知症スティグマの克服は世界共通課題となっています。しかし、日本では必ずしも認知症スティグマ低減のための対策は十分ではなく、その原因の1つとして日本において使用可能な認知症スティグマの質問票などの評価・把握ツールが確立していない課題がありました。

 認知症スティグマは、認知症の本人に生じるセルフスティグマ、認知症ではない(または当事者家族でない)一般住民において生じる公的スティグマ、認知症の本人の家族や友人などの近しい人に向けられる連合的スティグマなどに分けられます(図1)。その中でも特に、一般住民の公的スティグマは、セルフスティグマや連合的スティグマを増大する要因となり、認知症の人と家族をとりまく地域の社会環境要因であることから、公的スティグマの低減、そしてそのための評価ツールを構築することが重要です。

 そこで本研究は、オーストラリアで開発された公的スティグマの質問票であるPhillipson Dementia Stigma Assessment Scale(PDSA)の日本語版を作成し、日本で使用可能な認知症スティグマの評価尺度を作成することを目的としました。

図1.認知症スティグマの種類。認知症スティグマの種類です。認知症の人自身に生じるネガティブな信念、態度、行動の「セルフ・スティグマ」、一般の人々による認知症の人へのネガティブな信念、態度、行動の「公的スティグマ」、認知症の人の家族や友人などの近しい人に生じるネガティブな信念、態度、行動の「連合的スティグマ」があります。

研究結果の概要

 PDSAの原作者であるオーストラリアのウーロンゴン大学のPhillipson教授の許諾を得て、PDSAの各質問項目について2名の研究者により日本語版(案)の作成が行われました。日本語版(案)は、他の研究者も交えた合議にて統合され、2名の翻訳に相違がある場合は協議のもと修正・統合がなされました(順翻訳)。統合された日本語版は、英語を母国語とする第3者により再度英語への翻訳がなされ(逆翻訳)、元のPSDAの内容と相違がないか確認されました。相違がある場合、日本語への翻訳からやり直しがなされ、これらの手順を経てPDSA日本語版(PDSA-J)の草案を作成いたしました。

 作成されたPSDA-Jが、日本人において適応可能か検証するために、インターネット調査を通じて20歳から69歳の一般成人819人に回答が依頼されました(平均年齢45.9歳、女性割合52.0%)。得られたPSDA-Jの回答データを、因子分析という手法を用いて質問項目の回答が想定されたとおりに測定できているか分析し、最終的に全26項目からなるPSDA-Jを構築しました1)。さらに、行政施策や地域診断などで使用しやすいように代表する12項目から成る短縮版(PDSA-J12)の作成も行いました2)(表1)。

PDSA-Jは認知症に対する信念や態度について、①回避、②診断の恐怖、③尊重、④差別の恐怖の4要素から構成されました(図2)。PDSA-Jは、高齢者への差別的信念・態度(エイジズム)などとも良好な相関関係を示し、この質問票の測定結果のもっともらしさ(妥当性)が支持されました。

表1. 認知症スティグマ評価尺度 日本語版 短縮版(PDSA-J12)

認知症に関してあなたが感じていることについておうかがいします。あてはまる番号一つを選んでください。

  全く思わない 思わない どちらでもない 思う いつも思う

1.認知症の人は、大切な伝統を受け継いでいる

1

2

3

4

5

2.​私は、認知症の人が私と会話をしようとするのが好きではない

1

2

3

4

5

3.認知症の人は、幅広い種類の活動や関心事に参加している

1 2 3 4 5
4.認知症の人は、知識が豊富だ 1 2 3 4 5
5.私が訪ねたことを覚えていないだろうから、私はわざわざ認知症の人を訪問しない 1 2 3 4 5
6.私の言っていることを理解できないので、認知症の人に話しかける意味はない 1 2 3 4 5
7.もし私が認知症だったら、恥ずかしかったり、きまりが悪かったりするだろう 1 2 3 4 5
8.もし私が認知症だったら、落ち込むだろう 1 2 3 4 5
9.もし私が認知症だったら、不安になるだろう 1 2 3 4 5
10.もし私が認知症だったら、主治医は私の他の病気に最善の治療をしてくれないだろう 1 2 3 4 5
11.もし私が認知症だったら、主治医や他の医療専門職は私の話を聞いてくれないだろう 1 2 3 4 5
12.もし私が認知症だったら、そのことを健康保険会社に知られたくないだろう 1 2 3 4 5

①回避:2,5,6 ②診断の恐怖:7,8,9 ③尊重:1,3,4 ④差別の恐怖:10,11,12

図2。PDSA-Jの構成要素です。認知粗油の人の回避・排除の(回避)、認知症診断への恐怖の(診断の恐怖)、認知症の人への尊重・前向きな態度の(尊重)、認知症に対する社会構造的な差別への恐怖の(差別の恐怖)

 さらに、認知症の人との交流経験や同居の経験および認知症についての学習経験と、認知症スティグマとの関係性を分析しました3)(図3)。交流経験のある人では、①回避、②診断の恐怖、③差別の恐怖が低く、同居経験のある人では、①回避、④差別の恐怖が低い結果が示されました。加えて、学習経験のある人では、①回避が低く、③尊重が高い結果が示されました。

図3。認知症の人との交流経験、認知症の学習経験の有無により回避・尊重・診断の恐怖・差別の恐怖が棒グラフで示されている

 本研究は、日本における人々の認知症スティグマを評価する質問票を確立し、また認知症の人との交流や学習の経験がスティグマの低減や尊重的態度の醸成に貢献する可能性を示しました。これらの成果は、認知症スティグマの把握とその克服を通じた我が国の認知症にやさしいまちづくりに繋がることが期待されます。

 本研究は、長寿医療研究開発費、独立行政法人日本学術振興会科学研究費の助成を受けて行われました。

論文情報

  1. PDSA-Jの作成に関する論文: Noguchi T, Shang E, Nakagawa T, Komatsu A, Murata C, Saito T. Establishment of the Japanese version of the dementia stigma assessment scale. Geriatrics & Gerontology International, 22(9);790-796, 2022. doi: 10.1111/ggi.14453.
    論文リンク:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/ggi.14453このリンクは別ウィンドウで開きます
  2. PDSA-J12の作成に関する論文: Noguchi T, Nakagawa T, Komatsu A, Shang E, Murata C, Saito T. Development of a short version of the Dementia Stigma Assessment Scale. Asia Pacific Journal of Public Health, 35(6-7);456-458, 2023. doi: 10.1177/10105395231186007.
    論文リンク:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/10105395231186007このリンクは別ウィンドウで開きます
  3. 認知症の人との交流・学習経験と認知症スティグマの関係に関する論文: Noguchi T, Nakagawa T, Komatsu A, Shang E, Murata C, Saito T. Role of interacting and learning experiences on public stigma against dementia: an observational cross-sectional study. Dementia, 22(8);1886-1899, 2023. doi: 10.1177/14713012231207222.
    論文リンク:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/14713012231207222このリンクは別ウィンドウで開きます

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【リリースの内容に関するお問い合わせ】

この研究に関すること

  • 国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部 野口泰司(ノグチ タイジ)
  • TEL:0562-46-2311(代表)
  • E-mail:noguchi(at-mark)ncgg.go.jp
  • ※(at-markを「@」に置き換えてください)

報道に関すること

  • 国立長寿医療研究センター総務部総務課 総務係長(広報担当)
  • 〒474-8511 愛知県大府市森岡町七丁目430番地
  • TEL:0562-46-2311(代表)
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