健康長寿ラボ
2024年1月「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行され、認知症の人の一層の社会参加推進と、そのための認知症に対する国民の理解の向上や社会環境整備が求められています。認知症は進行につれ、社会生活の支障が生じやすい症候群です。しかしこうした社会生活困難の原因として、認知症の進行以外に「認知症スティグマ」の可能性も指摘されています。ここでは「認知症スティグマとは何か?」「どうしたら軽減できるのか?」についてご紹介します。
スティグマは「マーク」や「ブランド」を意味するギリシャ語に由来し、個人や特定の社会集団に対する否定的なレッテルを意味します。社会学者のゴフマンは、スティグマを負った人々への劣等視が社会的に正当化された結果、これを負った人々が偏見や差別を被る可能性を指摘しています1。
スティグマの良く知られる分類には以下の図に示す3種類があります2。「公的スティグマ」は、認知症の人やご家族以外の一般の人(医療者を含む)が有する、認知症の人や認知症に対する否定的な信念、態度、行動です。こうしたスティグマがあると、認知症の人を社会から排除したり、認知症の人の意思決定を阻害する可能性があります。一方「セルフスティグマ」は、認知症のご本人に生じるスティグマであり、「連合的スティグマ」は認知症の人の家族など身近な人に生じるものです。重要なのは、一般の人々が有する「公的スティグマ」が認知症の人や家族に影響して、「セルフスティグマ」や「連合的スティグマ」を増幅させる可能性があるということです。認知症の人や家族がスティグマを抱くと、医療サービスや社会からのサポートに対して消極的になり、診断や治療の遅れや、社会とのつながりから孤立する可能性があります。そのためにもまず「公的スティグマ」の軽減が重要です。
認知症スティグマの軽減は、日本に限らず現在世界的な目標となっています。世界保健機関(WHO)は、2025年までの行動計画に「認知症スティグマの解消」を位置づけています3。
図1.認知症のスティグマの種類
認知症の人への偏見や差別、一般の人々が抱く恐怖心や認知症本人の不安など様々な形で存在します
図2.認知症の人・家族への社会からの偏見・差別の影響
社会の人々の認知症への偏見や差別は、認知症の本人や家族に様々な負の影響を与え、生活の質を
低下させます
これまでの研究では、スティグマ軽減のための修正可能な要因として「認知症の正しい理解」「認知症の人との交流経験」が挙げられ、教育や交流プログラムの認知症スティグマ軽減効果4や、認知症や認知症の人の理解促進プログラムによる認知症の知識や前向きな態度の向上効果が示されています5。ここで重要なのは、認知症の症状のみに着目するのではなく、人格のある個人として社会で暮らし続ける認知症の人への理解促進を目指す視点です。実際に「認知症になってもその人らしさや感情がある」というメッセージを人々に見せると、認知症によって失われる能力のみを示したものに比べ、スティグマが軽減しやすい可能性が報告されています6。
他方、友人との交流や地域住民間の信頼感の醸成など、地域づくりや孤立対策が認知症スティグマ軽減に有用な可能性を示唆する研究もみられます7,8。ただしこれらはまだ探索的な研究のため、もう少し科学的に厳密な検証が必要です。このようにいくつかの知見はありますが、認知症スティグマ軽減のための研究はまだ多くはなく、今後益々の研究発展が必要です。
共生社会の実現には認知症スティグマの軽減が不可欠です。日本では、認知症サポーター養成講座の全国展開など、認知症や認知症の人への理解促進に力を入れてきました。こうした取組みを大事にしつつ、さらに有効なあり方を検討することが重要でしょう。また近年は認知症カフェなど、認知症の人もそうでない人も一緒に参加でき、認知症への理解を深められる場が増えてきています。皆様も気軽に参加してみませんか?
本稿は、野口泰司、斎藤民. 認知症のスティグマ. 現代医学2023;70(2):34-39を一部改変して作成しました。