健康長寿ラボ
私たちはなぜ眠るのか、睡眠は謎につつまれた行為ですが、近年、睡眠の役割が少しずつわかってきました。例えば、記憶力を助けたり、脳の中の老廃物を取り除いたり、ウイルスに感染したときなど免疫能を向上させる役割があるようです。皆さんも睡眠不足が続くことによって体調を崩したり、病気になったりして、日々の生活に悪影響が生じた経験があるのではないでしょうか。今回は、私たちの生活に欠かせない睡眠について考えてみたいと思います。
睡眠は様々な生き物に認められる現象です(図1)。鳥やイルカは、半球睡眠といって脳の半分だけを眠らせることができます。そうすることで、睡眠をとりながら移動することができます。タコの皮膚の色は睡眠中に白くなることや、脳を持たないクラゲにも睡眠のような現象があることが報告されています。
図1 睡眠する生物の例
a) クラゲ、b) タコ、c) 線虫、d) ショウジョウバエ、e) ゼブラフィッシュ、f) トカゲ、g) マウス、h) キンカチョウ。下の数字は生物が誕生した年代。人類が誕生した700万年前よりも前に誕生していたクラゲも睡眠しているようです。
このように睡眠のとり方は生物によって多種多様ですが、学術的には次の5つの特徴で定義づけられています。
睡眠不足が続いたり、睡眠の質が低下したりすると、いろいろな生理機能が落ちると考えられています。例えば、睡眠不足により身体の中で炎症を起こす物質が増加し、がんや感染症、神経変性疾患や心血管性疾患、そして糖尿病のリスクが高まる場合があります。また睡眠は、認知機能を維持するためにも重要です。十分な睡眠が得られていないと、ワーキングメモリ(注釈1)や注意力が低下することで、仕事の生産性の低下や事故の発生につながることもあります。
興味深いことに、睡眠時間を制限されると、人と距離を置くようになり、孤独感が増したと感じる人が増えることが報告されています[1]。このように睡眠は、社会とのつながりや人との交流にも影響することがあります。一方、睡眠不足の人でも、十分な睡眠をとるようになると身体の機能が改善する場合があります。例えば、一日の睡眠時間が6時間未満の人が1日6時間以上になるように睡眠習慣を改めると、約2週間後には糖代謝が改善して、血糖値が上がりにくくなることも報告されています[2]。
食事のような環境要因も睡眠に強く影響します。最近では、1週間ほど不健康な食事(ジャンクフード)をとると、睡眠の質が低下することが報告されました[3]。逆に、抗老化効果のある食事習慣として知られるカロリー制限(腹八分目など、少し控えめにした食事)は、睡眠の質を高めることが明らかになってきています。
就寝前のブルーライトにも注意が必要でしょう。なぜなら、目に光が取り込まれると、網膜のメラノプシン細胞という光の受容体を持つ神経細胞が反応し、脳内で信号が授受されることにより睡眠が調節されます。もし夜間に太陽の光を取り込んでしまうと、睡眠は悪化するでしょう。これに近い現象は、光の成分の一つである青色光線(ブルーライト)でも生じます。ブルーライトは、太陽の光だけでなく、パソコンやスマ-トフォン、LED光にも含まれています。
ここまでの研究をまとめると、より良い睡眠をとるためには、1.目からの光刺激、2.食事、3.社会的交流、の3つの要素に配慮することが望ましいでしょう。
具体的には、
ことを心がけではどうでしょうか。適度な運動も睡眠の質を高めます[4]。
一般的には、一晩7時間以上の睡眠が推奨されています。ただし睡眠時間や就寝時間、クロノタイプ(朝方・夜型志向)には個人差があるため、必ずしも「何時間以上何時間以下」と推奨される睡眠時間を厳密に守る必要はないでしょう。大切なのは、睡眠時間よりも、自分にとって満足できる睡眠を習慣化することでしょうか。
睡眠には謎が多く、解明すべき課題が多くありますが、NCGGでは世界中の研究者と連携して、睡眠に関する最新の研究を進めています。研究を通して、皆さんの睡眠の質の向上につながる、より具体的な睡眠習慣や食事、運動習慣を提案していきたいと思います。
本コラムは、最近の英文総説をもとに執筆を行いました[5-9]。
文・佐藤亜希子(統合生理学研究部)、大塚礼(老化疫学研究部)