健康長寿ラボ
「認知機能」とは「感性に頼らず、推理・思考などに基づいて事象の高次の性質を知る機能」とあります(広辞苑第七版)。
認知機能は
などで構成されます。
認知機能は「加齢」でも低下し、日本人を対象とした調査によると55から64歳あたりでMMSEと呼ばれる認知機能の点数が低下し始めることがわかっています(文献1)。
図1.認知症の将来推計(厚生労働省)
(九州大学 二宮利治先生のデータ(文献2)から作成)
認知症とは記憶や見当識といったこれらの認知機能が日常生活に支障を来す程に異常になったときに(例えば、人と約束したこと自体をすっかり忘れてしまう、なじみのスーパーに買い物に行ったが帰り道がわからなくなるなど)、認知症と言います。「加齢」による認知機能低下だけでは日常生活に支障が出るまでにはなりません。
認知症は少しずつですが、今も増え続けています(図1)。認知症の半分以上はアルツハイマー病です。逆に言うと、認知症の半分近くはアルツハイマー病とは異なる認知症ということになります。そのなかには、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉型認知症などがあります。
血管性認知症以外の認知症に共通しているのは脳に「異常な蛋白質」が溜まっていることです(図2)。
図2.認知症で見られる異常蛋白の蓄積
(東京都健康長寿医療センター・齊藤祐子先生ご提供)
アルツハイマー病は老人斑・神経原線維変化を伴いますが、老人斑はアミロイドβ、神経原線維変化はタウと呼ばれる蛋白質が凝集、蓄積したものです。タウが異なる形態に蓄積する認知症として、嗜銀顆粒性認知症というものもあります。幻視やパーキンソン症状、起立性低血圧などが特徴的なレビー小体型認知症は、αシヌクレインという蛋白質の凝集体(レビー小体)が視覚や歩行を担う脳神経や末梢神経に出現します。また、「GOING MY WAY=我が道を行く」的ふるまいが特徴の前頭側頭葉型認知症は、タウやTDP-43が蓄積しています。
図3.脳MRIで脳萎縮を検出(左、健常例;右、アルツハイマー病例)
脳機能画像診断開発部 加藤隆司先生 ご提供
アルツハイマー病の診断にはまず神経心理検査でどのような認知機能がどれくらい落ちているかを調べ、脳MRIでは脳のどの部位がどれくらい萎縮しているかを調べます(図3)。加齢による海馬の萎縮は年に1から2%程度ですが、典型的なアルツハイマー病では4から5%にまで上昇します(文献3)。
図4.アミロイドPETではアミロイドβの蓄積を検出
(右、陽性例;左、陰性例)
脳機能画像診断開発部 加藤隆司先生 ご提供
アルツハイマー病の疑いがある方で、新規治療薬(レカネマブやドナネマブ)の効果を見極めるため、実際に老人斑があるか否かを、アミロイドPET(図4)や脳脊髄液検査を行い確認します。レビー小体型認知症においてはMIBG心筋シンチで心臓の交感神経の障害(末梢神経にαシヌクレインが蓄積することによる)が検出されます。
ただ実は、例えばアルツハイマー病とレビー小体型認知症の合併など、一人のヒトの中には複数の異常蛋白質が溜まっている(つまり複数の疾患病変が存在する)ことがしばしば観察されます。認知症 の前段階である軽度認知機能障害(MCI)の段階においてさえ、純粋なアルツハイマー病変であるアミロイドβ+タウ(2種類)のみは4割、さらにレビー小体型認知症病変が加わったアミロイドβ+タウ+α シヌクレイン(3種類)が2割、アルツハイマー病変に前頭側頭型認知症様病変が加わったアミロイドβ+タウ+TDP-43(3種類)が蓄積する方が1割、また認知症に至ってはアミロイドβ+タウ+αシヌクレイン+TDP-43(4種類) のすべての認知症病変が観察された方が2割もいたことが高齢者を対象とした研究で報告されています(文献4)。そのような複合病理は、個々の患者さんの適切な治療を考える上で重要になると思います。
アルツハイマー病のアミロイドβを標的とした治療薬については「健康長寿ラボ」の第15から17話に紹介されておりますので詳細は割愛しますが、病気の原因とみられるアミロイドβを脳から取り除くことができる新しい治療薬です。一方で、対象者や投与開始時期が限られ、また薬価も高いことから、新しい治療薬の開発も必要と思われます。レビー小体型認知症や前頭側頭葉型認知症では、同様な原因とされる蛋白質を標的とした薬はまだ実用化されておりません。一方で、正常圧水頭症のような手術で治る認知症や甲状腺機能低下症のような薬で治る認知症、身体疾患によるせん妄(認知症ではなく、原因(例えば、感染症)を取り除くと治る意識・認知障害)もありますので、まずは近隣で認知症の専門医の居る病院(認知症疾患医療センターなどの専門医療機関やもの忘れ外来など)を受診されることをおすすめします。
(文責)里直行、篠原充