本文へ移動

研究所

Menu

健康長寿ラボ

ホーム > 研究所 > 健康長寿ラボ > アルツハイマー病は遺伝する?(2)

アルツハイマー病は遺伝する?(2)

 前回(こちら)、アルツハイマー病と遺伝の関係についてご紹介いたしました。そこで今回は、アルツハイマー病がどのように遺伝するか、そのメカニズムを解説します。さらに、認知症のゲノム医療実現を目指した最新の研究についてもご紹介してみたいと思います。

「原因」と「リスク」?

 アルツハイマー病がどのように遺伝するか、それを知る上でまず重要なことは、「原因遺伝子」と「リスク遺伝子」の違いです。「原因」と「リスク」、何が違うのでしょうか。

原因遺伝子とリスク遺伝子の図

 アルツハイマー病の原因遺伝子として知られているのが、アミロイド前駆体タンパク質(APP)、プレセニリン1(PSEN1)、プレセニリン2(PSEN2)という3つの遺伝子です。これらの遺伝子のいずれかに問題となる異常(遺伝子変異)があると、極めて高い確率でアルツハイマー病を発症します。また、その発症年齢は若く、早期発症型家族性アルツハイマー病と呼ばれています(注1)。ただし、このタイプの遺伝子変異を持っている方は全世界で数百の家系が見つかっているものの、アルツハイマー病全体の患者数から見ると1%未満の稀なケースです。そのため、ほとんどのアルツハイマー病患者からはこれら原因遺伝子の変異は見つかりません。

 一方、アルツハイマー病の遺伝に関わるもう一つの要因が、リスク遺伝子です。以前(こちら)のコラムでご紹介したように、ヒトのゲノムには個人個人にわずかな違いがあります。このような違いを遺伝子多型(たけい)と呼びます。こちらは遺伝子変異とは異なり病気に直ぐにつながるものではありません。ただ、リスク遺伝子多型によって病気の発症しやすさに個人差が生まれます。この個人差を調べることで、患者一人一人に最適な薬や治療法の提供が可能なゲノム医療(個別化医療)の実現につながると期待されています。そのため現在、アルツハイマー病のリスク遺伝子に関する研究が世界中で行われています。

リスク遺伝子の最新研究でわかってきたこと

 これまでにわかっている中で最も影響が大きいリスク遺伝子は、アポリポプロテインE遺伝子(APOE)です。APOEにはいくつかの多型があり、最も多いタイプはε3(イプシロン3)型で、その他にε4型やε2型などがあります。ヒトの場合、1種類の遺伝子につき両親から1つずつ(合わせて2つ)受け継ぎますので、人によってはε3とε4を1つずつ持っていたり、ε2を2つ持っている人もいます。アルツハイマー病について調べてみると、ε3を2つ持っている人と比べて、ε4を1つ持っていると発症リスクが3~4倍高くなり、2つともε4だとリスクは10倍程度になることがわかっています。10倍と聞くとすごく恐ろしい気もしますが、必ずしもアルツハイマー病を発症するわけではありません。一方で、ε2を持っている人はアルツハイマー病になりにくいこともわかっています。

アルツハイマー病の発症リスクの図]

 また最近の研究ではAPOEの他にも、なんと70個以上のリスク遺伝子(多型)が見つかっています(文献1)。ちなみに、リスク遺伝子を探すためには非常に多くの患者や健常者のゲノムを調べる必要があって、この研究ではヨーロッパやアメリカを中心におよそ80万人もの人を対象にゲノム情報が解析されました。そうして見つかってきたリスク遺伝子ですが、APOE以外は実はそれほど高いリスクではありませんでした。それぞれのリスク遺伝子一つ一つではリスクは1.1~1.2倍程度です。

 そこで現在の最新研究では、すべてのリスク遺伝子を組み合わせることで、その人がどれくらいアルツハイマー病になりやすいかの指標になる「ポリジェニック リスク スコア」という値を計算する方法が開発されたり、リスク遺伝子の疾患発症に与えるメカニズムを解析する事によりこれまでに未知だった病態が解明されつつあります。これによって将来的には、患者一人一人のリスクに応じた予防や治療をすることができるようになり、アルツハイマー病のゲノム医療実現が現実のものになるのではないかと期待されます。

(注1)早期発症型家族性アルツハイマー病は、若年性アルツハイマー病の中の一部の症例ですので、若年で発症したからといって必ずしも遺伝子変異によるものとは限りません。

文献

Bellenguez C et al., New insights into the genetic etiology of Alzheimer’s disease and related dementias. Nature Genetics 54, 412–436 (2022) doi:10.1038/s41588-022-01024-z


研究関連