健康長寿ラボ
新型コロナウイルス感染症がわが国で最初に確認されてから3年あまりが経ちました。新型コロナウイルスの特徴として、感染した際の重傷度が人によって異なることがあげられます。一般に、高齢者や基礎疾患をもつ人々で重症化しやすいことが知られていますが、高齢であっても無症状のことがありますし、若くても重症化する人もいます。昨年、日本人を対象とした研究から、免疫細胞で重要な機能をもつDOCK2(ドック・ツー)というタンパクの遺伝子の領域に、特定の違いがあることで重症化リスクが高まることが明らかになり、メディアでも報道されました1。DOCK2と新型コロナウイルス感染症との関係を、2回にわたって解説したいと思います。
新型コロナウイルス感染症の重症化にかかわる遺伝的な背景を解析するために、慶應義塾大学や大阪大学など国内の100以上の研究機関や病院の研究者や医療関係者が参加する「コロナ制圧タスクフォース」というグループが結成されました。このグループが、患者さんの遺伝子を解析したところ、DOCK2近傍の遺伝子配列のうち、特定の場所のグアニン(G)がアデニン(A)に置き換わっていると、65歳以下の非高齢者であっても、重症化するリスクが約2倍に高まることが分かりました。この遺伝子上の特徴は日本人を含む東アジア人に特有のものであり、東アジア人の約10%にみられます。このような遺伝子を持つ人の単核球(血液中の白血球の一種)を調べると、DOCK2の発現量が低いことが分かりました。また、重症の患者さんは、軽症の患者さんに比べて、単核球でのDOCK2の発現量が低いことが示され、DOCK2の発現量が低いと重症化しやすいことが示唆されました。また、ハムスターを用いた実験で、DOCK2の活性を抑制すると感染した際に症状が悪化することが確認されました。
図1. DOCK2遺伝子領域にある特定のグアニン(G)がアデニン(A)に置き換わっていると、DOCK2の発現量が低下し、重症化リスクが高く
なる。
今回、DOCK2の機能が低下すると重症化するリスクが高まることが分かりました。現在、DOCK2の機能を阻害する物質は知られているのですが、活性を高める物質はまだ見つかっていません2,3。今後、この様な薬剤を開発することにより、重症化を予防することができるかもしれません。また、DOCK2遺伝子を解析したり、DOCK2の発現量を測定したりすることで、重症化のリスクを予測して治療に応用できる可能性もあります。
次回は、DOCK2の機能について解説するとともに、DOCK2の発現量が低下することで重症化するメカニズムについて考えたいと思います。