本文へ移動

研究所

Menu

健康長寿ラボ

ホーム > 研究所 > 健康長寿ラボ > ものさし(尺度)の話

ものさし(尺度)の話

ものさし(尺度)の話(1)─健康を測る尺度─

研究をする時、私たちは測定をします。たとえば、一つの薬が効くかどうかを確かめる研究では、患者さんに薬を飲んでもらい、その前後で病気の症状が変わるかどうかを見ます。熱が出る病気であれば、体温を測定して、熱が下がるかどうかを確認します。この場合の体温は、病気がよくなったかどうかの一つの目安であり、病気の状態を見るための「ものさし」と言えます。このような「ものさし」のことを、私たち研究者は「尺度」と呼びます。

 「尺度」には、いろいろな種類があります。体温は数字で表され、比べるのは簡単です。病院で行われる検査、たとえば白血球数は、注射器で血液を採らせてもらい、1マイクロリットル(1ccの千分の一)の量の血液の中に、どのくらいの白血球が含まれるかを数えます。おおよそ3000個から8000個が正常値で、その数が病気の状態の尺度になります。体温と同じく白血球数も比較が簡単な尺度です。

 一方、病気になるとふだんの生活であたりまえにできていたことが、できなくなります。風邪を引くと、症状が軽い時はふつうに生活できますが、ひどくなると体が動かなくなって、いろいろなことができなくなりますね。病気によっては、体の一部がほとんど動かせなくなって(このような状態を「麻痺」と呼びます)、人の助けを借りないとトイレに行ったり、食事をしたりすることもできなくなります。このような場合、どの程度1人で生活できるのか、あるいはふつうのことをするのに、どの程度、人の助け(介助)が必要なのかが、病気の状態の尺度になります。ただし、このような能力は体温や白血球数と違って、測定が難しいです。なぜなら介助を必要とする場合、どの程度助けてあげればできるかを、人の判断で決めなければならないからです。

図.健康を測る尺度
介助の程度、心の問題などを測定する尺度のこと

 さらに心の問題を測定する場合は、もっと難しくなります。心の中で、どのように考えているか、あるいはどのように感じているかを、外から見て正確におしはかることはできませんよね。それでも心の病を治療する場合、その効果を何らかの数字で表す必要があり、尺度を使わなければなりません。体温や白血球数と異なり、生活上のことや心の問題を測定する尺度のことを、外国の研究者は「Health measurement scales(健康を測る尺度)」と呼びます。「健康」は、日本人からすると「元気」だとか「病気がない」などと言うイメージの言葉ですが、外国語の"Health"は、それだけではなく、生活上、さらには社会的に、どの程度の役割を果たせているかも含む言葉であり、ひろい意味合いを持っています。加えて、「健康を測る尺度」は目的ごとに、その性質や構造が違うものを使わなければならないとされています。次回はこの「健康を測る尺度」について、もう少し詳しいお話をさせていただきます。


ものさし(尺度)の話(2)─時間的安定性と反応性─

 前回は、研究で治療の効果を測定するためには、いろいろな尺度が必要なことをお話ししました。ところで医療では、患者さんが病院に来られた時、症状から考えてもっとも可能性が高い病気をまず選んだ上で、他の病気でないかを検査をしながら確かめていきます。このことを「診断」と呼びます。診断がついたら、その病気がどの程度、重症かを考えて、それに合わせて治療を行います。同じ病気でも軽症な場合と、重症な場合では治療がまったく異なり、重症な人には効果があっても、軽症な場合は副作用が強く出てしまう場合もありますので、病気の程度すなわち「重症度」を決めることは、重要な作業になります。また、その病気がどの程度、治るかを推測すること、あるいは現在ある症状・検査値で今後どのような状況が予想されるかを知ること(将来の予測)も重要です。さらにどのように治療するかが決まって、薬や他の治療手段が使われた場合、治療中の経過を見ること(経過観察)、最終的にどの程度効果があったかを判断(効果判定)する必要も生じてきます。生活上の能力や心の状態を見る場合、これらの「診断・重症度の決定」、「将来の予測」および「経過観察・効果判定」の、それぞれに違った尺度が使わるべきであり、特に「経過観察・効果判定」のための尺度は、その構造が他のふたつと異なる形をとるべきだとされています。

 重症度を決める尺度を使う場合、その尺度で決められた重症度に応じて治療が選ばれます。わかりやすい例だと、胃や大腸のがんの治療を行う場合、がんが粘膜の表面だけにとどまっているのか、粘膜の深い場所まで広がっているのか、あるいはさらに進行して他の臓器にも転移しているのかによって、手術・抗がん剤・放射線治療などが細かく組み立てられており、重症度毎に決まっています。難しい話になりますが、重症度を決める尺度の場合、一つ一つの重症度は、ある程度の広がりを持ち、多少の変化があっても、その重症度の範囲内にとどまってもらう必要があります。逆に重症度がころころ変わるような尺度だと、治療方針が定められないことになります。この重症度が変わらない性質のことを「時間的安定性」と呼びます。

図.経過観察・治療効果を見る尺度の概念図

能力が少しでも変化すれば、それに応じて点数(スコア)も変化する

 一方、経過観察・効果判定のための尺度の場合、ものさしの目盛りにあたるもの(評定段階と呼ばれています)の幅を狭く取るのが一般的です。そうしないと、薬を使ったり、リハビリを行ったときなどの、細かい変化を捉えられません。図に示したように、病気になった後、なかなかよくならなかったのに、リハビリの効果があがって、よくなった場合の変化を早い時期からとらえるためには、そのような性質が必要であり、それを「反応性」と呼びます。重症度を決めるための尺度が持つ「時間的安定性」と「反応性」は、まったく逆の性質であることはわかりますね? これらの違う目的で使われる尺度の性質に差をつける必要がある理由はこのためです。次回は、この反応性が必要な場合の尺度について、もう少し詳しい話をします。


ものさし(尺度)の話(3)─リカート尺度─

前回、違う目的で使われる尺度の性質に差をつける必要があることをお話ししました。それらの中で経過観察・効果判定の目的で評定段階の幅を細かく取っている尺度のことをLikert(リカート)尺度と呼びます。その一つの例として、生活上で必要な様々な活動にどの程度、人からの助けが必要かを測定する尺度であるFunctional Independence Measure (FIM)があります(表)。表に示したのはFIMの食事の項目ですが、介助がないとほとんど食べられないレベルから、1人で自立して食べられるまでの間を7段階で分けて、物を食べるという能力に少しでも変化があれば、それを鋭敏にとらえられるようにしてあります。

FIMの食事項目

表.FIMの食事項目

 重症度を決める尺度を使うことは、治療手段を決めるだけではなく、治療そのものの効果を見る研究でも重要です。たとえば、薬の効果をみる研究では、その病気の患者さん達をふたつのグループに分けて、片方のグループの人たちには治療薬、もう一方の人たちには見た目が同じでも成分が異なる薬を飲んでもらって比較することが一般的に行われています。このような場合、一方のグループに軽症な人が、もう一方のグループには重症な人がたくさん入っていると、薬の効果が十分に出なかったり、副作用が出てしまったりして、効果を知るための研究の結果が歪められてしまいます。

 このように研究には、いろいろな性質・構造を持つ尺度が使われていますが、その目的に応じて使い分けられる必要があります。次回は、経過観察・効果判定のための尺度の進化形で、無理のない形で治療やケアを進めることができる尺度について解説したいと思います。


ものさし(尺度)の話(4)─難易度─

これから、経過観察・効果判定のための尺度の進化形で、無理のない形で治療やケアを進めることができる尺度について解説したいと思います。前回、経過観察・効果判定のための尺度の場合、ものさしの目盛りにあたるもの(評定段階と呼ばれています)の幅を狭く取るのが一般的だとお話ししました。そうしないと、薬を使ったり、リハビリを行ったときなどの、細かい変化を捉えられません。しかし、一つのこと、たとえば食べることなどには、いろいろな要素が含まれます。食べ物を食べる場合、(1)スプーンで食べ物をすくう、(2)口元までこぼさずに運ぶ、(3)口に入れる、(4)食べ物をかむ(咀嚼する)、(5)飲み込むなどの要素があり、これらが適切に行われることではじめて、自立して安全な食事ができることになります。前回、例としてあげたFIMなどの尺度では、各評定段階が量的に決められており、どの評定段階に、これらのどの要素が含まれるかわかりません。

 麻痺などを起こして、体が動かなくなった後、ふつうの生活に戻って行くリハビリの過程でこれらの要素の一つ一つを習得していく必要があります。ただ、これらの要素は、それぞれ習得する場合に、難しい場合と、簡単な場合があり、その難しさは必ずしも上記の食べる動作の順番にはなっていません。習得が難しいかどうかは難易度と表現しますが、各々の要素について、その難易度を調べる方法があり、Rasch(ラッシュ)分析と呼ばれています。ある程度の人数の人を対象として、一連の要素ができるかどうかのテストを行い、それをラッシュ分析にかけると、これらの要素の難易度の推定値を計算することができます。この推定値は体温や白血球数と同じく数で表すことができ、尺度化スコアと呼びます。また同じテストを別な人に受けてもらうと、その人の能力も推定することができ、それも尺度化スコアで表すことができます。

食べる動作の要素

図.食べる動作の要素

食べる動作を習得するとき、それぞれの要素は難しかったり、簡単だったりします。

これを難易度と呼びます。

生活上で必要な能力を構成する一つの要素の難易度と、リハビリやケアの必要な人が、現在どの程度の能力を有しているかがわかると、どのようなことが可能になるのでしょうか? 次回は、それを当センターで考案したNCGG-Practical ADL Scale (NCPAS)を例にとって、解説したいと思います。


ものさし(尺度)の話(5)─NCPAS─

 NCPASは食事、移乗(ベッドから車いすに乗り移ることなど)、整容(顔を洗ったり、髭を剃ったりすること)、トイレ、入浴、更衣(服を着替えること)、歩行、階段昇降の8項目(各項目の中に合計で23の要素があります)を評価する経過観察・効果判定のための尺度であり、これまで、その信頼性・妥当性を検証する研究が行われてきました。また、当センターのリハビリ病棟に入院中か、在宅リハビリを受けている患者さん159名に対して、この尺度を使った測定を行い、その結果をラッシュ分析にかけています。

NCPAS(経過観察・効果判定のための尺度)を使った測定結果

図.NCPAS(経過観察・効果判定のための尺度)を使った測定結果

 図は、ベッドから車いすを使うか、歩行してトイレまで行き、用を足して服装を整えた後に、ベッドまでもどってくるという一連の要素を集めて、各要素の難易度(尺度化スコア)を示したものに、この患者さんの能力の推定値(これも尺度化スコアで表してあります)を加えてあります。各要素の中で濃く示してあるのは、この患者さんがすでに達成している要素、薄くなっているのが、まだできていない要素です。またこの図の左側ほど、要素の難易度が低く、右側に行くにしたがって要素の難易度が高くなっています。この患者さんは脳出血でリハビリ病棟に入院した方で、リハビリ期間の途中でこの尺度を使った測定を受けられていますが、能力の推定値は尺度化スコアで46.7であり、図の中央からやや左に縦線で示してあります。

 この図から読み取れるのは、患者さんの生活上の能力より難易度が低い要素(患者さんの能力を表す縦線より左側のもの)のほとんどは達成済みであり、能力より難易度が高い縦線の右側にある、トイレでの方向転換、下着をおろしたり、水を流したりする以上のことはまだできていないことがわかります。縦線の左側で、患者さんの能力より簡単であるにも関わらず、フットサポートの上げ下げができていないのは、スタッフの認識不足で、まだやらせていないのかも知れないということが想像できますし、また、ベッドサイドでの方向転換や便座の開閉は、ちょうど能力とつりあった要素でもあるので、今後リハビリで熱心取り組まなければならない要素であることがわかります。

 研究所では、このような実際のリハビリやケアで役に立つ研究にも取り組んでいます。今回は尺度の話を中心に解説を行いましたが、お年寄りの生活に直結するその他の研究も、いずれは紹介していきたいと考えています。


文献

  1. 健康を測る尺度
    Streiner DL, Norman GL ed. Health Measurement Scales. A Practical Guide to Their Development and Use. Second Ed pp 1-3 Oxford University Press,1995
  2. 時間的安定性と反応性
    Kirshner B, Guyatt GH. A methodological frame work for assessing health indices. J Chronic Dis 38: 27-36, 1985
  3. リカート尺度
    Streiner DL, Norman GL ed. Health Measurement Scales. A Practical Guide to Their Development and Use. Second Ed pp 31-47 Oxford University Press,1995
  4. 難易度
    藤靜人. 基礎から深く理解するラッシュモデリング pp 223-264 関西大学出版部,2007
  5. NCPAS
    Izumi Kondo, Aiko Osawa, Minoru Yamada, Jun Matsumura, Keita Aimoto, Naoki Itoh, Shinichiro Maeshima, Hidenori Arai. Rasch analysis for novel ADL scale for older adults - NCGG-Practical ADL Scale (NCPAS), ISPRM 2022, July 3-7,2022, Lisboa, Portugal

研究関連