プレスリリース
~ サルコペニアが発症する新しいメカニズムに関する研究が
Science Advances誌に掲載されました ~
2026年9月7日
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下 国立長寿医療研究センター)中枢性老化-骨格筋代謝-運動機能制御研究プロジェクトチームの伊藤尚基プロジェクトリーダー、江口貴大研究員を中心とするグループは、サルコペニアが発症する新しいメカニズムの1つを発見し、その成果を米国の権威ある科学雑誌Science Advances誌に発表しました。
超高齢社会において、加齢に伴う骨格筋量・筋力の低下(サルコペニア)は喫緊の社会的・経済的問題となっています。サルコペニアをはじめとする老化関連疾患では様々な組織・臓器の機能低下が同時に起こります。我々の体は臓器同士がコミュニケーションをとりながら生体恒常性を維持しているため、一つの臓器の機能低下が他の臓器の機能低下を引き起こすことがあります。サルコペニアは骨格筋の病気ですが、"サルコペニアの原因は骨格筋の中だけでなく、骨格筋以外の組織・臓器にもあるのではないか?"ということが近年注目されています。そこで研究グループは、1)肝臓における乳酸代謝の低下がサルコペニアを引き起こす一因であること、2)その結果、骨格筋において乳酸が蓄積し、細胞内のpHが下がる"乳酸アシドーシス"という現象が起きていること、3)この骨格筋乳酸アシドーシスの改善がサルコペニアの改善に繋がる可能性を明らかにしました。
研究グループは老齢マウスから取得した筋線維、および他のグループから公開されていたサルコペニア患者の骨格筋の遺伝子発現プロファイル(Migliavacca E et al. Nat Commun, 2019.)を解析しました。その結果、両者は今までサルコペニアとの関連が全く知られていなかった「乳酸アシドーシス」という病態で生じる遺伝子発現プロファイルと非常によく似ていることを発見しました。
運動後に生じる乳酸は疲労物質であると言われています。しかし近年の研究から、乳酸そのものは組織や細胞の代謝を活性化する上で必要不可欠なものであることがわかっています。一方で、乳酸と一緒に産生されるプロトン(H+)の蓄積によるアシドーシスが、筋疲労の原因となることがわかっています。実際、老齢マウスの骨格筋では乳酸が蓄積し、細胞内のpHが下がる"乳酸アシドーシス"が起きていました。この乳酸アシドーシスは老化・寿命の制御因子として知られるサーチュイン(注1)の活性化に必要なNAD+(注2)を低下させ、ミトコンドリアの異常や筋力の低下といったサルコペニアの病態を引き起こしていました。
研究グループは、この骨格筋の中で起きている乳酸アシドーシスの原因を調べました。その結果、骨格筋ではなく、肝臓における乳酸処理能力の低下に原因があることを見つけました。乳酸は肝臓と骨格筋の間にあるコリ回路(注3)という代謝経路によって制御されています。乳酸は肝臓のミトコンドリアによって処理されますが、加齢に伴い肝臓のミトコンドリア関連分子や乳酸代謝に関わる分子が低下し、肝臓での乳酸処理能力が低下していることがわかりました。つまり、"肝臓での乳酸処理能力の低下→骨格筋での乳酸アシドーシス→骨格筋のNAD+の低下→サルコペニアの発症"という肝臓と骨格筋のコミュニケーションの乱れがサルコペニアの発症に関わっていることがわかりました。
研究グループは肝臓での乳酸処理能力を上げる薬剤がサルコペニアの改善薬として作用するのではないかと考え、HIF-PH阻害薬に着目しました。HIF-PH阻害薬は腎性貧血改善薬としてすでに臨床で使われており、肝臓における乳酸処理能力を上げる作用があることが報告されていました(Suhara T et al., PNAS, 2015)。実際、HIF-PH阻害薬は老齢マウスにおける乳酸処理能力を上げ、骨格筋の乳酸アシドーシスを改善しました。その結果、NAD+の低下や筋力の低下といったサルコペニアの病態を改善する作用があることがわかりました。

図1 本研究のまとめ図
つまり、肝臓の乳酸代謝異常によって骨格筋に乳酸が溜まってしまう"乳酸アシドーシス"が起きていること、この乳酸アシドーシスがサルコペニアの原因となっていること、そしてHIF-PH阻害薬といった肝臓の乳酸処理能力を改善する薬剤によって、サルコペニアが改善できる可能性が示されました。(図1, Eguchi T et al., Science Advancesより一部改変)
サルコペニアが発症する原因はいまだ未解明な点が多く、様々な要因が複雑に関わっていると考えられています。本研究は臓器連関に着目し、特に肝臓の乳酸代謝とサルコペニアが密接に関わっていることを示しました。今回の成果は、サルコペニアが発症する原因の解明や、サルコペニアを改善する薬剤の開発に繋がるため、今後のサルコペニアの予防・治療法の開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は,米国東海岸時間2026年9月4日(金曜日)にScience Advances誌に掲載されました。本研究は、ナショナルセンター医療研究連携推進本部横断的研究開発費(2023-若手-07、2024-B-07)、科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)(25K22769)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR234H)、内藤記念科学振興財団次世代育成支援研究助成、武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成、堀科学芸術振興財団研究助成、AMED長寿科学研究開発事業(JP25dk0110052)、AMED革新的先端研究開発支援事業(JP25gm2110003)および国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費(22-30、25-26)の研究助成を受けて行われました。
国立長寿医療研究センター 研究所 中枢性老化-骨格筋代謝-運動機能制御研究プロジェクトチーム
プロジェクトリーダー 伊藤尚基
TEL : 電話0562(44)5651(代表)
E-mail : naoki.ito(at-mark)ncgg.go.jp
※(at-mark)を「@」に置き換えてください)
国立長寿医療研究センター 総務部総務課
TEL : 0562-46-2311(代表)
E-mail : webadmin(at-mark)ncgg.go.jp
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