プレスリリース
~ 地域健診での早期スクリーニングツールとしての活用が期待される ~
2025年11月5日
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下 国立長寿医療研究センター)は、大阪大学との共同研究において、産業用AI技術を応用し、単一の描画検査(立方体模写検査:Cube Copying Test; CCT1)という簡易的な認知機能検査により、3年から5年以内の認知症進行リスクを高精度で予測するモデルを世界で初めて開発しました。
早期アルツハイマー病を対象とした抗アミロイドβ抗体薬の登場により、認知症に進行する前段階での早期発見が重要な課題となっています。しかし、従来の短時間で実施可能な簡易的な認知機能検査では、初期の軽度な低下を十分に捉えられない場合がありました。

図1 本研究で使用した立方体
模写検査(CCT)の検査用紙
(A4サイズ)
CCT(図1)は、検査用紙の上部に描かれた見本の立方体を参照しながら空いたスペースに鉛筆で模写するという3分程度で実施可能な簡便な検査です。これまでは受検者が模写した立方体の絵を専門家が目視で評価してきましたが、経験や主観に左右されやすく、精度に限界がありました。そのためCCTは単独ではなく、認知症スクリーニング検査の一部として補助的に用いられてきました。さらに、認知機能は正常であっても、加齢とともに描画に歪み(ひずみ)が生じることがあり、それが「生理的な老化によって生じる歪み」なのか「認知症の前兆としての病的な歪み」なのかを見分けることは容易ではありませんでした。
今回、AI技術を応用し、描画から「生理的な老化によって生じる歪み」と「認知症の前兆としての病的な歪み」を高精度に区別する特徴を抽出しました。解析には、国立長寿医療研究センター もの忘れ外来を受診した767名のCCT描画データを使用しました。
その結果、世界で初めて、CCTの描画のみで3年から5年以内の認知症進行をAUC(Area Under the Curve)20.85という高精度で予測できるモデルの開発に成功しました。特に、産業分野で開発された高度なAI異常検知技術「PatchCore」3を用いて抽出した描画の特徴が、認知症進行を予測する上で有用な指標であることが明らかになりました(図2)。

図2. PatchCoreが病的な描画の歪みとして検出した箇所の例
図2の各画像の左下に表示された数値(PatchCore3スコア)は、AIで学習された「認知機能が正常な人の描画パターン」からの逸脱度を示しており、値が高いほど大きなずれがあることを意味します。また、図の色分け(ヒートマップ)は「青」がずれのない部分、「黄」が小さなずれ、「赤」が大きなずれを表しており、どの部分に病的な歪みが現れているのかを一目で理解できるようになっています。
この結果から、認知症に進行する前の段階でも、将来的に認知症へ進行する人には、特徴的な描画の歪みがすでに出現していることが明らかになりました。
本研究では、立方体を模写するというわずか3分程度で実施可能な単一の描画検査のみで、3年から5年以内の認知症進行リスクをAUC20.85という高精度で予測できるモデルを世界で初めて開発しました。
特に、産業用AI技術「PatchCore」3を用いたことで、従来は定量化が困難であった「生理的な老化によって生じる描画の歪み」と「認知症の前兆としての病的な描画の歪み」との微細な違いを特徴として捉えることができたことが、高精度なモデル開発につながりました。
本成果は、地域健診などにおける簡便かつ高精度な認知症早期スクリーニングツールとしての活用が期待されます。
本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費(23KJ1482)および国立長寿医療研究センター 長寿医療研究開発費(20-43)の助成を受けました。
本研究成果は、専門学術誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に掲載されました。
Mio Shinozaki, Hiroyuki Hishida, Yasuyuki Gondo, Michio Yamamoto,Takashi Suzuki, Rina Miura, Takashi Sakurai, Akinori Takeda, Yutaka Arahata
Machine learning model for predicting the conversion to dementia using the Cube Copying Test
Journal of Alzheimer’s Disease
国立長寿医療研究センター 研究所 認知症先進医療開発センター 予防科学研究部 篠﨑未生
国立長寿医療研究センター 総務部 総務課 総務係長(広報担当)
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