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認知症における肥満パラドックスはAPOE遺伝子型で異なることを発見

2023年7月21日

研究の背景 

 高齢化が加速する現代の日本において、アルツハイマー病をはじめとする認知症の対策は喫緊の課題です。アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβを標的とする抗体治療薬が米国で承認されたものの、認知症の多様性や社会的インパクトを考えるとまだまだ、今後の予防・治療対策は十分ではないのが現状です。

 中年期の肥満は認知症の危険因子とされていますが、一方で特に高齢期において肥満は認知症の発症を防ぐ可能性がメタ解析も含めて報告されており、その実情について十分に理解されておりません。肥満がそのような有益な作用を持つ可能性は、認知症のみならず循環器疾患やがんなどでも注目されており、「肥満パラドックス」(パラドックス=逆説的な事象)と呼ばれております(図1)。

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 一方、アルツハイマー病における最大の遺伝子的な危険因子はアポリポ蛋白E(APOE)遺伝子の遺伝子多型(注1)です。多くの人が持つE3多型に比べて、E4多型はアルツハイマー病になりやすくし、E2多型はアルツハイマー病になりにくくさせることが知られています。そのようなAPOE多型の影響そのものの理解は進む一方で、先ほどの肥満パラドックスとAPOE多型の関係性については、分かっておりませんでした。

研究成果の内容

 今回、国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)の認知症先進医療開発センター、分子基盤研究部の篠原充副部長、里直行部長のグループは米国メイヨー・クリニックとの共同研究にて、健常人や認知症者を含む2万人以上について、臨床および神経病理の面からも調査している米国 National Alzheimer’s Coordinating Center (NACC)のデータベースを用い「認知症における肥満パラドックスはAPOE遺伝子型で異なる」ことを明らかにしました。

 本研究では、初調査時60歳以上の約2万人(平均年齢 74.2±8.0歳)を対象に、BMI(注2)が30以上だった者を肥満として定義し、認知機能の変化や認知症発症との関係性を解析しました(最終調査時の平均年齢77.6±8.5歳、臨床上の健常者約7千人、認知症者約9千人、軽度認知障害(MCI)約3千人、その他約千人)。すると、肥満は初老期(80歳もしくは75歳以下)の認知機能の低下と正に相関し、特にE4多型を持っていない人、特にE2保因者で顕著であること分かりました。さらに神経病理記録のある約3千人を解析すると、その認知機能の低下促進作用には脳の血管障害が関連すると考えられました(図2)。一方で、認知症の発症とは負に相関しており(図3左上グラフ)、その効果はE2保因者ではなく、特にE4保因者で認められ(図3)、その作用にはアミロイドβやタウなどのアルツハイマー病理の蓄積低下が関連すると考えられました(図4)。つまり、肥満があると加齢で生じる認知機能低下は促進されるが、病的な認知症の発症は抑制されるという「認知症における肥満パラドックス」がこのデータベース上でも示唆されるととともに、そのような肥満の作用はAPOE遺伝子型で異なるということを世界に先駆けて発見しました。

本研究によって、「認知症における肥満パラドックス」について、APOE多型との関係性、および想定されるその作用機序が明らかになりました。肥満のアミロイドβ蓄積の抑制効果については、近年我々は肥満合併アルツハイマー病モデルマウスを用いて動物実験レベルで観察、報告しており(参考文献1)、今回の結果はそれと合致する結果であり、そのような動物モデルでの実験をすすめることで、分子レベルでのさらなる作用機序の解明や、治療薬開発に結びつけられるものと期待されます。また、さらに日本人のコホート研究による追試などが必要とは思われますが、今後、普及していくであろうと予想されるAPOE遺伝子検査の意義を考えるうえでも、重要な結果と考えています。

本論文は、2023年7月6日にJournal of Neurology, Neurosurgery, and PsychiatryのウェブサイトにてOnline First版が公表されました。また、Editorial commentary(注3)でも紹介されています。

 

用語(注)

(注1)遺伝子多型:ある遺伝子における個体差のこと。通常は表現型に致命的な影響を与えないが、疾患のかかりやすさや薬物への反応性などの体質に影響を与える場合があるとされる。

(注2)BMI:[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で算出される値。WHO(世界保健機構)の基準では30以上が肥満と判定される。

(注3)いわゆる論評のこと。特に興味深い論文が取り上げられ、専門家の意見などが交わされる。

 

【参考文献】

Mitsuru Shinohara♯, Masataka Kikuchi♯, Miyuki Onishi-Takeya, Yoshitaka Tashiro, Kaoru Suzuki, Yasuhiro Noda, Shuko Takeda, Masahiro Mukouzono, Seiichi Nagano, Akio Fukumori, Ryuichi Morishita, Akihiro Nakaya, Naoyuki Sato

“Upregulated expression of a subset of genes in APP;ob/ob mice: Evidence of an interaction between diabetes‐linked obesity and Alzheimer’s disease.”

FASEB BioAdvances, 2021 Mar 2;3(5):323-333.

♯共同第一著者

 

【発表文献】

Mitsuru Shinohara, Ghupurjan Gheni, Junichi Hitomi, Guojun Bu, Naoyuki Sato

“APOE genotypes modify the obesity paradox in dementia”

Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry, July 06, 2023

URL: https://jnnp.bmj.com/content/early/2023/07/05/jnnp-2022-331034

(Online First版)

 

 

【リリースの内容に関するお問い合わせ】

<この研究に関すること>
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
認知症先進医療開発センター分子基盤研究部
部長 里直行
〒474-8511 愛知県大府市森岡町七丁目430番地
電話 0562(46)2311(内線 6331)
E-mail:nsato@ncgg.go.jp(里)
<報道に関すること>
国立長寿医療研究センター総務部総務課総務係長 沖垣内 一幸
電話 0562(46)2311(内線 4622) E-mail:okigaito@ncgg.go.jp

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