研究実績
2021年7月8日
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)・ジェロサイエンス研究センター・統合神経科学研究部の田之頭大輔研究員、王蔚研究員、田口明子部長らの研究グループは、米国ハーバード大学医学部ボストン小児病院のMorris White教授との共同研究から、糖尿病患者で遺伝子多型1)が同定されているインスリン受容体基質タンパク質2(Insulin Receptor Substrate 2 :IRS2)の欠損変異が、2型糖尿病2)とともに認知機能障害を誘導することを明らかにしました。
インスリンは、すい臓から分泌されるホルモンで血糖値を一定に保つために働き、全身の糖の代謝を調節しています。この作用経路であるインスリンシグナルの主要調節因子として知られるIRS2の欠損変異は、重篤な2型糖尿病の発症と早期致死を誘導するため(Withers et al. Nature 1998; Taguchi et al. Science 2007)、この雄マウス成体での認知機能については不明でした。しかしながら、本センターの飼育環境下においては病態の進行が緩やかで早期致死が改善されたため、若齢期の認知機能を観察することが可能となり、当該マウスが脳のエネルギー代謝障害と体温調節異常を伴い認知機能障害を示すことを見出しました。
糖尿病では、エネルギー源である糖が血中にあふれた状態で細胞の中に入って来ないため細胞はエネルギー不足に陥るとともに自律神経3)障害が合併することが知られています。実は、認知症も発症以前より脳のエネルギー不足が進行し、自律神経症状の一つである体温調節障害が見られることから、糖尿病と認知機能障害には重複した病態が存在することが示唆されていました。今回の研究成果から、両疾患共通の病態基盤の1つとして IRS2が関与することが示唆されました。今後、IRS2を介して糖代謝と認知機能の両者を調節する分子機構を明らかにすることにより、認知症の本質的な発症メカニズムの理解と有効な治療薬の開発へとつながることが期待されます。
本研究成果は、Biochemical and Biophysical Research Communicationsに2021年6月25日付(JST)で掲載されました。
IRS2の欠損変異によるインスリンシグナルの低下は2型糖尿病を引き起こし、
さらに脳のエネルギー代謝異常とともに認知機能障害を誘導する
Tanokashira D, Wang W, Maruyama M, Kuroiwa C, White MF, Taguchi A.:Irs2 deficiency alters hippocampus-associated behaviors during young adulthood. Biochem Biophys Res Commun. 559:148-154 2021.
doi: 10.1016/j.bbrc.2021.04.101
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0006291X21007191