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アルツハイマー病研究部の関谷室長,権研究員,飯島部長の論文が米国科学誌「Neuron」に掲載されました

2020年11月25日

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典,以下国立長寿医療研究センター)認知症先進医療開発センターアルツハイマー病研究部の関谷倫子室長,権秀明研究員(共筆頭著者)と飯島浩一部長 (共責任著者)らは,米国マウントサイナイ医科大学のMinghui Wang准教授(共筆頭著者),Bin Zhang教授(共責任著者)らとの国際共同研究により,老年期認知症の最大の原因である孤発性アルツハイマー病の発症メカニズムを明らかにし,治療薬開発に向け新たな標的分子を同定しました。

アルツハイマー病者の95%以上は,原因不明の孤発性であることが知られています。これまでに,家族性アルツハイマー病者の遺伝子解析や,大規模なゲノムワイド関連解析が行われ,アルツハイマー病発症との関連が示唆される複数の遺伝子変異が報告されています。しかし、これらの遺伝子変異が,どのようなメカニズムを介してアルツハイマー病を引き起こすのかは未だ明らかではありません。この難題に挑むため,国際共同研究者であるマウントサイナイ大学のZhang教授のチームは,アルツハイマー病者と健常人,数百名分の脳検体からゲノム情報と遺伝子発現情報を取得し,数理モデルや統計解析を用いて遺伝子間の関係性を網羅的に調べる遺伝子ネットワーク解析を行いました。さらにこれらの解析結果を,認知機能などの臨床診断データや,脳萎縮などの病理解析データと照らし合わせることで,アルツハイマー病の進行に伴って脳の中で起こる変化を,遺伝子ネットワークの変化として網羅的に捉えることに成功しました。

その結果,孤発性アルツハイマー病者の脳では様々な変化が生じていましたが,中でも神経細胞の機能を司る遺伝子ネットワークの機能が低下し,正常に働いていないことが分かりました。さらに詳細な情報解析を行ったところ,その原因が遺伝子ネットワークの構成メンバーの一つであるATP6V1A(ATPase H+ transporting V1 subunit A)遺伝子の発現低下である可能性を突き止めました。ATP6V1A遺伝子産物であるATP6V1Aタンパク質は,細胞内のpH濃度の調整や,神経伝達物質をシナプス小胞に充填する機能が知られています。そこで,神経細胞でのATP6V1Aの機能低下が,アルツハイマー病病態に及ぼす影響を調べるために,マウントサイナイ大学のKristen Brennand准教授が率いるチームがヒトiPS細胞由来の神経細胞を用いて,国立長寿医療研究センターの関谷室長,飯島部長らが率いるチームは,遺伝子組換えショウジョウバエを用いて実験検証を行いました。

ヒトiPS細胞由来の神経細胞で,CRISPR技術を利用してATP6V1A遺伝子をノックダウンしたところ,アルツハイマー病の原因となるアミロイドβペプチドが引き起こす神経活動の低下がさらに進行することが明らかになりました。一方,ショウジョウバエを用いた実験からも,ATP6V1A遺伝子のノックダウンにより,アミロイドβペプチドが引き起こす脳神経細胞の機能不全や神経細胞死が顕著に悪化することも分かりました。さらに,ATP6V1A遺伝子のノックダウンは,アルツハイマー病を始めとする多くの神経変性疾患に関与する,タウタンパク質が引き起こす神経細胞死も進行させることが明らかになりました。以上の結果は,ATP6V1A遺伝子の発現低下による遺伝子ネットワークの機能低下が,アルツハイマー病の発症リスクを高めるという,情報解析の予測を支持するものでした。

さらに,ATP6V1A遺伝子を含む,神経細胞遺伝子ネットワークの働きを高めることで,アルツハイマー病の病態を改善し,その進行を遅延することができないかについても検証を行いました。まずZhang教授らは,薬剤と遺伝子発現の関係性を網羅したデータベース解析から,NCH-51と呼ばれる薬剤が,ATP6V1A遺伝子の発現を増やし,遺伝子ネットワーク全体の働きを高める可能性があることを予測しました。さらにBrennand准教授は,NCH-51の添加によりヒトiPS細胞由来神経細胞の神経活動が向上すること,さらに,関谷室長,飯島部長らは,NCH-51をショウジョウバエに投与したところ,アミロイドβが脳で引き起こす神経活動の異常が回復し,さらに神経細胞死を抑制する効果があることを見出しました。以上の結果から,ATP6V1A遺伝子が,アルツハイマー病の進行に介入する治療法開発に向けた,新たな標的分子である可能性が示唆されました。

今回のマルチオミクスデータを駆使した研究は,孤発性アルツハイマー病の発症メカニズムを遺伝子ネットワークの変化という新たな側面から明らかにしただけでなく,治療薬開発につながる標的分子を同定できたという点で,大変意義深いと考えられます。また本研究で行ったように情報解析と実験検証のチームが連携することで,アルツハイマー病を始めとする複雑な疾患の病態解明や治療薬開発を迅速に行える可能性を示しました。

本研究成果は,米国科学誌「Neuron」のオンラインに,2020年11月25日午前1時(日本時間)に掲載されました。また国立長寿医療研究センター,米国マウントサイナイ医科大学,アメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health,NIH)・国立老化研究所(National Institutes on Aging,NIA)から,2020年11月25日(日本時間)付けで共同プレスリリースされました。

 

原著論文情報

タイトル

Transformative Network Modeling of Multi-Omics Data Reveals Detailed Circuits, Key Regulators, and Potential Therapeutics for Alzheimer's Disease. 

著者

Minghui Wang1,2,3†, Aiqun Li1,3,4,5,6†, Michiko Sekiya7,18†, Noam D. Beckmann1,2 †, Xiuming Quan7 †, Nadine Schrode3,4,5,6, Michael B. Fernando3,4,5,6, Alex Yu3,4,5,6, Li Zhu12,13,15, Jiqing Cao12,13,15, Liwei Lyu3,4,5,6, Emrin Horgusluoglu1,2,3, Qian Wang1,2,3, Lei Guo1,2,3, Yuan-shuo Wang1,2,3, Ryan Neff1,2,3, Won-min Song1,2,3, Erming Wang1,2,3, Qi Shen1,2,3, Xianxiao Zhou1,2,3, Chen Ming1,2,3, Seok-Man Ho3,4,5,6, Sezen Vatansever1,2,3, H. Ümit Kaniskan8,9, Jian Jin8,9,10, Ming-Ming Zhou8, Kanae Ando11, Lap Ho1,2,3, Paul A. Slesinger4,5, Zhenyu Yue12, Jun Zhu1,3, Pavel Katsel6,17, Sam Gandy6,12,13, Michelle E. Ehrlich12,14, Valentina Fossati15, Scott Noggle15, Dongming Cai12,13,16, Vahram Haroutunian4,6,13,17, Koichi M. Iijima7, 18$, Eric Schadt1,2$,  Kristen J. Brennand3,4,5,6$ and Bin Zhang1,2,3$* († Co-first authors,$ Co-senior authors,* Lead contact)

所属

1 Department of Genetics and Genomic Sciences, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, One Gustave L. Levy Place, New York, NY 10029, USA, 2 Mount Sinai Center for Transformative Disease Modeling, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, One Gustave L. Levy Place, New York, NY 10029, USA, 3 Icahn Institute for Data Science and Genomic Technology, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, One Gustave L. Levy Place, New York, NY 10029, USA, 4 Nash Family Department of Neuroscience, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, 1425 Madison Avenue, New York, NY 10029, USA, 5 Friedman Brain Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, 1425 Madison Avenue, New York, NY 10029, USA, 6 Department of Psychiatry, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, 1425 Madison Avenue, New York, NY 10029, USA, 7 Department of Alzheimer’s Disease Research, Center for Development of Advanced Medicine for Dementia, National Center for Geriatrics and Gerontology, Obu, Aichi, Japan 474-8511, 8 Department of Pharmacological Sciences and Oncological Sciences, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, 1425 Madison Avenue, New York, NY 10029, USA, 9 Mount Sinai Center for Therapeutics Discovery, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York, NY10029, United States., 10 Tisch Cancer Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York, NY10029, United States., 11 Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, Tokyo Metropolitan University, Tokyo, Japan 192-0397, 12 Department of Neurology, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York NY 10029, 13 Alzheimer’s Disease Research Center, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York NY 10029, 14 Department of Pediatrics, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York NY 10029, 15 The New York Stem Cell Foundation Research Institute, New York, NY 10019, 16 Neurology and 17 Psychiatry, JJ Peters VA Medical Center, 130 West Kingsbridge Road, Bronx, NY 10468, USA, 18 Department of Experimental Gerontology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya City University, Nagoya, Japan 467-8603

なお本研究は,米国NIH/NIA,米国Accelerating Medicines Partnership - Alzheimer's Disease (AMP-AD),長寿医療研究開発費,科研費からの助成を受けて行われました。