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統合加齢神経科学研究部田口明子部長の共同研究論文が「Molecular Psychiatry」誌に掲載されました

2020年11月19日

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター

国立長寿医療研究センター研究所統合加齢神経科学研究部の田口明子部長は、米国ジョンズホプキンス大学医学部精神神経科、ならびに同大学統合失調症疾患センターの長である澤明教授らと国際共同研究を行い、主要精神疾患(統合失調症、双極性障害)とその危険因子である糖尿病の両疾患を繋ぐ共通の病態基盤の1つとして、インスリン抵抗性関連分子であるインスリンシグナル主要調節因子群の変容が関与することを臨床と基礎の両研究から明らかにしました。

近年、糖尿病は認知症の危険因子であることが広く知られるようになってきましたが、同様に、精神疾患の発症にも関与する可能性も示され、関心が高まっています。今回最初に、患者レジストリを利用した疫学研究から、主要精神疾患有病者では糖尿病の発症が増えること、一方で糖尿病有病者では主要精神疾患の発症率が高いことを見出しました。この双方向性の関係はこれまでの疫学研究では知られていなかったことで、これにより始めて、糖尿病と主要精神疾患に共通の病態基盤があるのではないかと実体的に仮説を立てることが可能になりました。

したがって、糖尿病を合併しない主要精神疾患患者から採取した鼻神経細胞でも、糖尿病の主な病因であるインスリン抵抗性の関連分子とし知られるインスリンシグナルの主要調節因子群の変化が起きていることを突き止めました。すなわち、主要精神疾患の患者には、その合併発症の有無にかかわらず、すでに糖尿病における分子変化が内在していることが示され、糖尿病と主要精神疾患に対する共通の病態基盤の証明の一端となりました。さらには、インスリンシグナルの主要調節因子に変異があり、インスリン抵抗性と糖尿病を発症するマウスには、精神疾患で観察される症状と類似の行動異常を含むことを明らかにしました。これらの研究成果から、精神と身体の機能異常を反映する共通の分子基盤の1つとしてインスリンシグナル調節分子が重要な役割を果たすことが示唆されます。

最近の臨床研究には、主要精神疾患患者では生物学的老化のプロセスが促進しているのではないかと解釈できる結果も得られています。そのため、本研究成果は、糖尿病と認知症の関係解明への手掛かりとなるだけでなく、主要精神疾患と神経変性疾患(認知症など)の両疾患群を跨ぐ新しい研究コンセプトの基礎を与える可能性が考えられます。また今回、臨床研究で使用した患者の鼻神経細胞は、幹細胞などの技術投資を行うこと無く脳神経細胞の分子細胞プロファイルが得られるとても有用なもので、侵襲性の低い鼻生検を広めることによって、認知症臨床研究への有用性も期待されます。残念ながら、鼻神経細胞の生検は日本国内ではほとんど行われていないため、国際共同研究の継続により、今後、脳のインスリンシグナル調節分子の変化を指標として、未知の認知症発症機序の解明へとつながることが期待されます。

本研究成果は、2020年11月10日に英国科学誌「Molecular Psychiatry」に掲載されました。