「食べ物を義歯で噛むことができない」という患者さんの訴えの中でもっとも多いのは痛みによるものです。義歯の痛みで、食事が苦痛になってしまうことは、患者さんにとってとても辛いことです。高齢の義歯使用者では、顎堤(義歯をのせる土手の部分)が退縮し、顎堤粘膜も薄く、弱くなっているうえに、唾液分泌も低下するため、義歯の安定性や維持力の基盤が失われ、義歯による痛みを生じやすいのです。健全な食生活は栄養摂取の基本であり、健康な暮らしの礎です。義歯の善しあしは栄養摂取や外見など生活の質に大きくかかわるものです。また、義歯の痛みはその使用を妨げる大きな要因と考えられます。また高齢になるほど、義歯の安定には条件が悪くなることが多く、超高齢社会を迎えた我が国では大きな問題です。今回は、義歯の痛みの原因、対処法などについて説明します。
痛みによって義歯で食べ物を噛むことができない原因はさまざまです。以下に説明します。
先に述べたように顎堤が退縮したり、骨隆起の異常などがあると義歯の安定が悪くなり、痛みも出現しやすくなります。
新しい義歯を装着したばかりの時期に、硬い食べ物や厚みのある食べ物を食べると、痛みを生じることがあります。最初は豆腐、煮魚、野菜の煮物などやわらかいものを奥歯でゆっくり食べることから始めます。慣れてくると、たいていのものは食べられますが、ご自身の歯と同じようにはいかないことが多いようです。
人間の噛み合わせはとても微妙で、わずかに位置がずれただけでも痛みの原因となります。義歯が前後左右均等に当たって噛む力を全体的に分散させる必要があります。噛みあわせが悪いと、義歯が不安定になり、がたつくと、ある特定の部分に義歯が強く当たるようになり、痛みが出現します。また食べ物が噛み切りにくかったりすると、顎が疲れやすくなります。
唾液は義歯の安定に非常に重要で、義歯と粘膜の間で潤滑油の働きをしています。適合のよい義歯を作っても、粘膜がカサカサした状態ですと、義歯と粘膜が擦れることで痛みが出たり、潰瘍(口内炎)を作ります。
これは製作する歯科医師側の問題ですが、当然、不適合な義歯では痛みが出ます。
患者さんが義歯を清潔に維持できないと口内炎や誤嚥性肺炎を起こしやすくなります(図1)。
図1 88歳女性 糖尿病。上顎義歯の内面に接する歯肉に多量の食物残渣とプラークが付着している。
義歯のバネによる締め付けがきついと、バネがかかった歯に痛みが生じます。また、その歯に問題があると痛みが出やすくなります。
口の中には、数百種類の細菌のみならず、カビの仲間も常在しています。その中で有名なものがカンジダで、高齢者で免疫機能が落ちたり、唾液の分泌が減少したりすると、カンジダが口腔内で繁殖します。粘膜上に白い斑点状になって広がり、しばしば痛みを生じます。義歯を使っている方にカンジダが繁殖しやすいと言われており、義歯の痛みを生じることが多くなります(図2)。
図2 89歳女性 脳梗塞。義歯がリザーバーとなってカンジダが繁殖したと考えられる。
義歯による痛みは、違和感程度であれば慣れると解決する場合もありますが、長期間放置しておくことはよくありません。義歯による痛みは我慢するとさらに傷が大きくなり、症状が悪化する場合があります。新しい義歯をいれると、ほとんどの痛みは翌日~1週間のうちに発生します。「必ずどこかに痛みは出る」というつもりで、はじめての義歯で食事を数回行った後は必ず一度歯科医院で義歯の調節を受けましょう。義歯を24時間口腔内に装着したままにしたり、不潔にしておくと、カンジダ菌(カビの一種)が繁殖する場合もあり痛みの原因になります。高齢者や寝たきりの方にみられますが肺炎などの全身疾患につながることもあり、注意が必要です。
以上のように義歯で痛みがあるようでしたら、独断で放置せず、必ず、歯科医院を受診して、調整・指導を受けてください。当センターでは、総義歯外来を開設し、保険の範囲内でよりよい義歯を提供するように努めています。