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長寿医療センターにおける前立腺全摘除術

病院レター第17号 2008年11月20日

手術・集中医療部長(泌尿器科)
岡村菊夫

 PSAが検診に取り入れられるようになり、前立腺癌の早期発見が可能になりました。知多半島の5市5町においても、住民検診にPSAが取り入れられています。一昨年、厚生労働省科学研究濱島班がショッキングな研究リポートを提出し、マスコミを賑わせました。前立腺癌住民検診が生存率を上げるという証拠はなく、自治体が行う検診スクリーニングからPSAを除外すべきであるというのです。しかし、50歳以上の男性の75%以上がPSA検診を受けている米国では1992年以降前立腺癌死亡率は低下し続けており、オーストリアのチロル地方では1988年よりPSA検診を行い、2005年の前立腺癌死病率が予測値と比較して54%低下したと報告しています。日本では、前立腺癌罹患率は増加し続けていますし、死亡率も増加しており、日本泌尿器科学会は住民検診から前立腺癌検診を除くべきでないとしています。
 本邦において前立腺全摘除術がよく行われるようになったのは1990年代になってからです。PSAが臨床に使えるようになったもこの頃でしたが、当時は血清PSA値が10ng/ml未満の症例は少なく、前立腺全摘除術を行っていた症例の4~6割にリンパ節転移が見られていました。私が当院へ赴任した平成12年以後120例以上の手術を施行してきましたが、リンパ節転移は1例でしか認められませんでした。PSAはそれほど早期癌を見つけるのに有用なのです。このレターでは、前立腺癌の一般的事項を説明するとともに当院における前立腺全摘除術の成績をご紹介いたします。

1. 前立腺癌の発見率

 血清PSA値によって前立腺癌の発見頻度は変わります。4~10ng/mlではおよそ4人に1人、10~20ng/mlで3人に1人、20~50ng/mlで2人に1人以上、50ng/mlでは90%以上といわれています。4~10ng/mlで発見される癌が必ずしも早期癌とは限らず、およそ1/3の症例で病理学的に被膜を超えた浸潤や断端に癌が見られるとされています。

2. 前立腺癌の治療方針

 前立腺癌には、1)増殖がゆっくり、2)死因にならない前立腺癌も多い、3)男性ホルモンを去勢レベルに下げると増殖がさらに遅くなるといった特徴があり、これらの特徴から表1に示したような治療法が存在します。 

表1. 前立腺癌に対する治療

治療法 対象
1)根治的前立腺全摘除術 転移のない前立腺癌で余命が10年以上期待できる場合(75歳未満)
2)放射線療法  
  外照射 転移がなく根治的手術を希望しない場合、局所進行癌もあり
内照射 転移がなく患者が希望した場合(PSA10ng/ml未満, Gleasonスコア<7がよい適応)
3)抗男性ホルモン療法

局所進行性癌あるいは転移がある場合、余命が10年期待できない場合

  1. 外科的去勢または内科的去勢
    (内科的治療は1~3ヶ月に1度の注射が必要であるが、 外科的去勢では定期的な注射は不要になる)
  2. 去勢術+抗男性ホルモン剤(Maximum Androgen Blockade)
  3. 抗男性ホルモン剤単独(主作用は腫瘍細胞内での男性ホルモン活性化障害であり、男性ホルモンは低下せず、 勃起能が保てる)
4)無治療経過観察 転移がなく、余命が10年期待できない場合

表2. 男性の平均余命による治療法の選択

年齢 平均余命 限局癌の場合の治療法
50歳 30.6年 全摘除術 > 放射線療法 (+ホルモン療法1~3年)
55歳 26.2年 全摘除術 > 放射線療法 (+ホルモン療法1~3年)
60歳 22.1年 全摘除術 > 放射線療法 (+ホルモン療法1~3年)
65歳 18.1年 全摘除術 > 放射線療法 (+ホルモン療法1~3年)
70歳 14.4年 全摘除術 = 放射線療法 (+ホルモン療法1~3年)
75歳 11.1年 放射線療法 (+ホルモン療法1~3年),
ホルモン単独, 無治療PSA経過観察, 全摘除術
80歳 8.2年 無治療PSA経過観察, ホルモン単独
85歳 5.9年 無治療PSA経過観察, ホルモン単独

 10年以上の余命が期待できる患者で転移がない場合には、さまざまな治療法の利点・欠点についてお話ししてできるだけ治癒に導ける治療を選択してもらうことになります。表2に、現時点における限局性前立腺癌に対する治療法の選択肢をお示しします。80歳を超えると、PSA値が10ng/ml程度では前立腺癌が命取りとなることは少ないと考えられ、生検を行わずに定期的なPSA検査をお勧めすることがあります。

 

 3.当院における前立腺全摘除術の成績

 当院では、2000年1月~2008年2月までに前立腺全摘除術を平均年齢68±5(4–78)117例に施行しました。今回の検討の対象となった症例の血清PSA値は4ng/ml未満が1例、4-10ng/mlが67例、10-20ng/mlが29例、20ng/ml以上が20例でした。当院では術前にホルモン治療を行っていても、術後はホルモン治療は行ないません。前立腺全摘除術後の再発の多くは血清PSA値の再上昇に始まり、血清PSA値が0.2ng/mlを超えた時を再発とすると多くの場合定義されています。

図1 PSA値と非再発率 (Kaplan-Meier)

 術前の抗男性ホルモン療法は24例(21%)に行われ、PSA10ng/ml未満では8/68(12%)10-20ng/mlでは6/29(21%)20ng/ml以上では10/20 (50%)に行われ、血清PSA値が高くなるほど施行立は高くなっています。当初は腫瘍を小さくして治癒切除を目指そうという意図しましたが、最近はホルモン療法をなるべく行わない方向で考えています。PSA値別の非再発曲線を図1にお示しします。 観察期間の中央値は39.6(1.3~93.6)ヶ月に過ぎず、3年目までぐらいまでが信じられるデータです。死亡例は3例あります。すべて他因死で、肺炎、脳梗塞、胃癌でした。多くの再発は3年ぐらいまでの間に生じ、PSA値が低い症例で再発率は低くなることが分かります。

図2 PSA nadirと再発

 癌を含めて前立腺を全部摘出すれば全摘除術後のPSA値は0ng/mlになるはずですが、必ずしもそうはなりません。その原因として、顕微鏡的な外方浸潤、surgical marginを十分に確保できない術式の問題、PSAの感度の問題があります。図2からは、PSAが術後0.015ng/mlになっていれば一応取り切れていると考えて良いようです。しかし、術前ホルモン療法群ではPSA0.000ng/mlとなっていても、再発があることがわかります。
 術後再発の多くは摘出部位に生じます。そこで、当院では、PSA0.2ng/mlを超えた時点で再発として後治療、すなわち1年間のホルモン療法と開始後2~3ヶ月後に60Gyの局所外照射療法を行うことをお勧めしています。治療前の血清PSA値が10ng/ml未満の患者さまで再発後に本治療を行った9例中8例でPSAは治療中に0.000ng/mlとなり、ホルモン治療を終了した7例中7例が測定感度以下を続けています。10~20ng/mlでは同治療を行った5例中4例で0.000ng/mlとなり、ホルモン終了後4例とも長期間0.000ng/mlを保っています。20ng/ml以上で再発した8例でも7例が0.000ng/mlとなり、ホルモン治療を終了した5例中5例で長期間測定感度以下となっており、たとえ再発があっても再び良好なコントロールになると考えています。
 術前の画像診断や直腸診により完全摘除が可能と考えられた場合には、前立腺全摘除が有効であり、たとえ再発を認めてもホルモン療法+放射線療法がたいへんに有用であると思われました。

4.おわりに

 当院では、高齢者の排尿障害ばかりでなく、前立腺癌や膀胱癌、腎癌の治療も積極的に行っています。そのような患者さまもご紹介いただけたら、幸いと考えております。今後とも、よろしくお願いいたします。


長寿医療センター病院レター第17号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、 診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今月は、 手術・集中医療部(泌尿器科)の岡村部長に当院における前立腺全摘除術について解説してもらいました。
 今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

病院長 太田壽城