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高齢者にやさしい外科をめざして -術後の生活機能(ADL)やQOLを考慮して-

病院レター第8号 2007年5月17日

第一手術室医長(外科)
深田伸二

 わが国の高齢者人口は今後飛躍的に増加し、2015年における65歳以上の人口は全体の4分の1にも達するといわれています。高齢者は手術が必要となるような疾患に罹患することも多く、今後、高齢者に対する手術も加速度的に増加することが推測されます。したがって、高齢者診療における外科療法の役割はますます重要なものとなってくると思われます。一方、高齢者の手術療法には多くの問題点も含まれています。高齢の患者さまでは多臓器にわたる疾病や重要臓器の機能低下などの手術に対する危険因子をもつことが多く、術後管理も若年者に比べ特別な配慮が必要です。高齢の患者さまのライフスタイルを崩さないように、あるいは介護支援が大きくならないように、術後生活機能(ADL)を的確に予測し、その低下を防ぐことが重要で、「病気は治癒したが、寝たきりになった」というような事例が起こらないようにしなければなりません。国立長寿医療センター外科ではこのような問題に対して研究を進めており、その成果を外科診療に反映するようにしております。
 具体的には、高齢者の術後に特徴的な術後せん妄に関する研究や認知症合併手術症例の検討、術後のADLやQOL評価を含めた中・長期予後の検討などを行ってきました。今回の長寿医療センター病院レターでは、高齢者外科手術の術後合併症と今後ますます注目されてくるであろう術後のADLやQOLに関する研究成果を中心に紹介させていただきます。高齢者の手術適応を考える際の一助になればと思います。

1.高齢者手術の特徴と手術リスク

 高齢者手術おける特徴と留意点に関し、Katlicらは

  1. 症候が典型的でなく、診断が遅れやすい。
  2. 器官臓器の予備能がなく、強いストレスには対処できない。
  3. 十分な術前準備が必須である。
  4. 緊急手術の危険性は高い。
  5. 合併症を起こさぬように細心の注意が必要である。
  6. 高齢自体は手術の適応禁忌とはならない。

と述べています。われわれは、80歳以上の全身麻酔患者461症例の多施設でのretrospectiveな検討を行ってみました。高血圧、心疾患、脳血管障害、認知症、糖尿病、呼吸器合併症、肝疾患などの術前合併病変を持つものが、367例(82%)存在しました。術後合併症は創感染なども含めると216例(48%)に発症し、術後せん妄が103例(23%)と多く、ついで多いのは呼吸合併症の34例(8%)でした。合併症を起こすと入院期間が延長し、さらに退院できても術後の performance status が低下した方が10例(2%)認められるということも判明しました。

2.術後の合併症およびADL・QOL変化

表1 術前身体評価(E-PASS)スコア (Haga,1999)

 術後合併症を併発しなくても、入院や手術が誘因となって術後にADLが低下する可能性もあります。われわれは、多施設共同で胃癌・大腸癌手術を受けられる75歳以上の方のアウトカム研究をprospectiveに行いました。登録症例は223例で、平均年齢は80.1歳(75~92歳)、男性131例、女性92例で、胃癌症例97例、大腸癌症例128例でした。
 手術死亡は1例(0.4%)のみであり、75歳以上の患者であっても死亡率は低いと考えられました。手術死亡も含めた6ヶ月目までの死亡例は13例(原病死3例、他病死10例)でした。重症術後合併症は63例(28%)とやや高率であり、内訳は、せん妄が最多で23例(10%)、ついで呼吸不全が18例(8%)でした。重症術後合併症の発症はオッズ比で男性に約3倍多く(P<0.01)、術前手術評価法の一つであるE-PASS score(表1)の総合リスクスコアとの相関が強い(P<0.0001)ことが判明しました。高齢者腹部外科手術症例の術後合併症発症予測には、E-PASSが有用と考えられました。

図1 術後のADL変化(Katz Index)

 ADLの中長期評価に関しては、Katz scoreでの評価では、術前ADL値に比べ、術後1ヶ月では24%に低下が見られましたが、低下したADLは術後3-6ヶ月にはほとんどが回復しました(図1)。しかし、術後6ヶ月におけるADL低下例をさらに詳細に検討したところ、軽度なものも含めると、ADL低下が術後6ヶ月目まで経過観察できた193例のうち21例(11%)に認められ、しかもそのADL低下の見られる項目の変化パターンを検討したところ、89%は退院後にADL低下が起こってくることが判明しました(図2)。一旦改善した後に再び低下した原因としては手術自体及び術後合併症が直接影響したというよりは、「活動」の低下が「生活機能低下の悪循環」を生じて退院後再度低下した可能性が高く、頻度は低いもののこういったADL低下例の病態の解明、予防法の策定が今後必要と考えられました。QOL中長期評価に関しては、QOL評価法の一つであるSF-12(図3)の下位8尺度における平均値の推移は、1)術前は全国平均より高値を示し、術後は一時低下するものの、術後3-6ヶ月で術前値に回復するかそれ以上に上昇するパターン、2)術前は全国平均より低値ですが、術直後より徐々に上昇し術後6ヶ月では全国平均以上となるパターンの2パターンが存在しました(図4)。いずれにしても全てのQOL各因子平均値は術後6ヶ月でほぼ術前と同等またはそれ以上となり、高齢者胃癌・大腸癌切除術後のQOLは外科手術により改善する可能性が高いと考えられました。

図2 ADL低下の見られる項目の
変化パターンにおける頻度

図3 QOL評価(SF-12)

図4 術前術後のQOL変化

3.術後ADL低下予防の試み

 高齢者消化器手術術後の長期的生活機能低下の多くが退院後に発生するという研究成果から、術前・退院前に生活機能とQOLの評価を行い、退院後に介入を行った群(介入(+)群)と行わなかった群(介入(-)群)間での退院後3ヶ月目の生活機能・QOL評価を比較検討する研究が現在進行中です。介入内容は、一般臨床の現場でも可能なように「退院時および外来通院時に毎回、外来担当医師または看護師により予防のための小冊子を使用して、生活機能の改善に関する指導を行うこと」としています。これらの解析から、術後生活機能低下防止のための包括的プログラムを確立する予定です。

図5 当院外科における手術方針

4.最後に

 「高齢者外科」の特徴はひとくちでいえば「包括的外科」ともいえる内容です。図5に当院外科における高齢患者に対する手術の考え方をまとめました。手術適応が迷われる場合にはお気軽に当院外科にご相談ください。ホームページもご覧くだされば幸いです。


長寿医療センター病院レター第8号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。この号では外科の深田伸二先生に、高齢者の外科治療について解説していただきました。短期的な 手術成績を上げるだけでなく、術後、高齢者のADLとQOLをいかに長期に保っていくかの方法論が、今後、この分野で求められるようになると思います。
 今回のレターが先生の診療のお役に立てれば、望外の喜びでございます。よろしくお願いいたします。

病院長 太田壽城