糖尿病で通院されている方に「体調はどうですか?」と聞くと「なんともないよ。血液検査の数値が高いだけ」といったお返事が返ってくることがあります。「糖尿病=自覚症状がない」と思われている方もいらっしゃいます。
実際に、血糖値の上昇の程度が軽いと、自覚症状がないことがあります。一方、血糖値が著しく高いと、口渇(のどがかわく)、多飲(たくさん飲む)、多尿(たくさん尿が出る)、体重減少などの症状が出現することがあります。もっと程度がひどいと意識障害や昏睡になりえます。
年齢が高い方の場合、症状がはっきりしない、けれどもなんとなくすっきりしない、といったこともあります。「最近、疲れやすい」「横になってばかりで」「物忘れがふえた気がする」「なんだかぼんやりしている」なども血糖値の悪化と関係していることがあります。
「目がかすむ」「ふらふらする」「足がじんじんする」などは、高血糖そのものによる症状というよりも、糖尿病の合併症の症状かもしれません。
糖尿病は、自覚症状がある場合もありますが、自覚症状がないこともあるし、症状があっても糖尿病の症状だと気がつかないことがピットフォール(落とし穴)です。
知らないまま病気が進んでしまうのは避けたいものです。血糖値は血液検査で確認することが出来るので、気になることや心配なことがあれば早めに相談してみるのが良いと思います。
糖尿病には診断の基準があります。いくつかの項目に合致した場合に、糖尿病と診断されます。糖尿病は慢性的に血糖値が高い状態です。1度だけたまたま血糖値が高い場合は糖尿病ではありません(診断基準に関する細かい話はコラムを参照)。
ご飯を食べた前後で、血糖値は特に変化します。いつ血液検査をするかで、数値が変わるため、血液検査の結果の解釈には、食事を摂った時間と血液検査との間隔を意識する必要があります。
糖尿病にならないためには、食事と運動への取り組みが大切になります。「どういった食事が良いですか?」「運動はどうしたら良いですか?」という質問を多く頂きます。
「普段どういったものを召し上がっているか」とか「ジュースやお菓子をどのくらい摂っているか」「どのくらい体を動かしているか」など、人によって習慣が異なるため、一律的なお返事は難しいです。
望ましい食事や運動のある程度の目安はありますが、それを患者さんが、無理なく継続できるか、我慢をし過ぎることで食の楽しみが損なわれていないか、などへの配慮も極めて重要です。
国立長寿医療研究センターの代謝内科では、食事・運動・薬剤・検査のそれぞれの専門家が協力して、一人一人の患者さんにあった治療を提供できるよう努めています。
糖尿病になったとしても、治療の根幹は食事療法と運動療法です。食事と運動だけでは治療として不十分な場合に、薬物治療を考慮します。
糖尿病の治療として「高血糖を是正する(血糖値を下げる、HbA1c値を下げる)」ことに意識がむきがちですが、糖尿病があったとして、糖尿病でない人と同等の暮らしや生活の質を維持することが、本来の治療の目的です。また、血糖値を下げることを意識し過ぎて低血糖になっていないかにも注意が必要です。
薬を使用しないで適切な状態を維持している場合に’寛解’という言葉を使うことがあります。寛解にある糖尿病の方もおられます。ただ、薬を飲むことを否定するものでは決してありませんし、食事と運動のみで管理できないのは取り組みが不十分だ、ということも一切ありません。その人その人にあった治療や向き合い方があるはずです。
「糖尿病は治るのか?」というクエスチョンですが、糖尿病ではあるけれども「糖尿病がない場合と同じような状態」を目指すことは可能で、当センターでは代謝内科を中心にそのお手伝いがしたいと考えています。
「空腹時血糖値が126 mg/dL以上」「随時血糖値が200mg/dL以上」「HbA1cが6.5%以上」などは、糖尿病の診断指標の一つです。こうした指標を複数満たす場合には「慢性の高血糖」があると考え、糖尿病と診断します。
1つの項目だけ該当しても、糖尿病の診断にはなりません。空腹時血糖値は高いけれどもHbA1cが6.5%未満であるとか、反対にHbA1c値が6.5%以上でも空腹時血糖値が高くはない、ことがありますが、この場合(この時点では)、正常でもないが糖尿病にも合致しないことになります。追加の検査(経口ブドウ糖負荷試験)や適切な経過観察を行います。糖尿病へと進行させないことが大切です。
空腹時血糖値の「126」という数値ですが、きりがわるいように感じます。米国では濃度にモル(mol/l)という単位を使用しています。米国の糖尿病の診断基準に「7.0 mmol/l」とあり、それは126mg/dLに相当します。米国の基準を単に日本の単位に変換したからきりが悪いのでしょうか?
糖尿病の診断基準は、これまで何回か変わっています。2010年に「HbA1c 6.5%以上」が日本の糖尿病の診断基準に加わりました。HbA1c 6.5%に相当する空腹時血糖値が126 mg/dLであることが日本の研究で示されており、単位を機械的に換算したというよりも、科学的な裏付けがあって「126」が採用されています。
糖尿病の歴史に興味がある方は、伊藤千賀子先生、後藤由夫先生、井藤英喜先生の記事やコラムを読まれると理解が深まります。また最近、医家向けではありますが「高齢者糖尿病診療ガイドライン2023」が刊行されました。あわせてご高覧頂ければと思います。
(糖尿病には様々なタイプがあり、本稿では主に2型糖尿病を念頭に記載しました)