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認知症の原因となる正常圧水頭症

病院レター第110号 2024年5月1日

脳神経外科部長 百田洋之

 認知症の多くは不可逆的な経過をとりますが、手術で治療可能な認知症もあることをご存知でしょうか。高齢者の脳腫瘍や水頭症、慢性硬膜下血腫は、認知機能の低下を主訴に受診される方も多く、脳神経外科では外科的治療で症状を改善させています。本レターの第82号では脳腫瘍についてお伝えしましたので、今回は正常圧水頭症について、症状や診断、治療法をご紹介致します。

1.水頭症とは

 脳や脊髄の内外は、脳脊髄液(髄液)という水で満たされており、脳の中にある髄液を貯める空間を脳室といいます。脳室は脳の外側のクモ膜下腔と繋がっていて、髄液は循環していますが、何らかの原因で髄液の流れや吸収が悪くなると、髄液が脳室内に貯留してきます。この状態が水頭症で、何かの病気の結果として起こる水頭症を続発性(二次性)水頭症とよび、原因となる疾患には、クモ膜下出血、髄膜炎、脳腫瘍など、様々なものがあります。一方で、不明の原因により起こる水頭症を特発性水頭症といい、先天性のものや、高齢者に起こる正常圧水頭症があります。ここでお話するのは、この特発性正常圧水頭症についてであり、閉塞性ではないため進行は緩徐ですが、高齢者の認知症や歩行障害の原因となり、潜在的な患者数が多く、治療により症状が改善するため、最近注目されています。

2.正常圧水頭症の原因

 「正常圧」と名前にある通り、水頭症にもかかわらず髄液圧は正常範囲内であり、頭蓋内圧亢進症状(頭痛や嘔吐、意識障害)をきたしません。なぜ正常圧なのに水頭症になるのか、その発生機序はわかっておらず、そのため「特発性」と名前の頭に付きます。ただし、検査や手術で髄液を排除すると症状が改善するので、髄液の貯留が症状の原因であることは確かなようです。特発性正常圧水頭症は名前が長いので、この後は単に「正常圧水頭症」とよぶことにします。

3.正常圧水頭症の症状

 典型的な症状は、歩行障害、認知症、尿失禁の3つで、正常圧水頭症の3徴とも言われていますが、これらの症状は必ずしも全部そろうわけではありません。逆に、この3つの症状があるからといって、必ず正常圧水頭症であるとも限りません。パーキンソン病や脊柱管狭窄症でも歩行障害をきたしますし、アルツハイマー病や血管性認知症などは認知症の代表的な原因です。過活動膀胱や前立腺肥大症は、頻尿や尿失禁の原因になります。つまり、正常圧水頭症の主症状は、多くの他の病気でも見られるもので、加齢に伴う生理的な変化とも一致します。ただし、正常圧水頭症の場合は、年齢に比して症状が重く、緩徐に進行していきます。

4.正常圧水頭症の診断

 水頭症は、CTなどの脳画像で脳室の拡大が見られます。しかし、脳室拡大があるからといって、それだけで正常圧水頭症とはいえません。脳萎縮に伴う脳室サイズの拡大という場合もありますし、先行疾患による続発性水頭症の場合もあるからです。正常圧水頭症の脳室拡大は、脳梁角の急峻化や頭頂部脳溝の狭小化など、特徴的な脳の形体変化を伴っていることが特徴で、この脳の変形をDESHとよび診断における一つの根拠にしています。60歳以上の高齢者で、歩行障害・認知症・尿失禁が緩徐に進行しており、脳画像でDESH所見がみられる場合は正常圧水頭症の可能性が高く、髄液検査が正常で髄液圧が正常範囲(200 mmH2O以下)の場合、正常圧水頭症と診断します。パーキンソン病やアルツハイマー病などの除外診断も行いますが、これらの疾患が併存している患者さんも一定数います。

頭部CTで、①脳室拡大、②脳梁角の急峻化、③頭頂部脳溝
の狭小化、④シルビウス裂の開大を伴うDESH所見がみられる

5.正常圧水頭症の検査

 診断に必須の画像検査は、脳CTまたは脳MRIです。脳MRIは、脳萎縮を評価しやすく、脳血管の情報も得られるため、手術治療前はMRIが優先されますが、術後は出血やシャントカテーテルの確認のため、CTを多用します。水頭症以外の疾患の除外には、脳血流SPECT、ドパミントランスポーターシンチグラフィ(DaTスキャン)、脊髄MRIなどの画像検査も有用です。また、腰椎穿刺にて髄液を30 mLほど抜き、症状が改善するかどうかをみる髄液排除試験(タップテスト)は、手術治療の判断材料になります。タップテスト前後の評価として、認知機能の検査にMMSE、歩行の検査に3m-TUG、排尿の評価にOABSSなどのスケールを用い、数値の比較で効果を判定できるようにしています。

タップテスト

6.正常圧水頭症の治療

 正常圧水頭症の診断がつき、タップテストが有効だった場合、髄液シャント術を検討します。髄液シャント術とは、髄腔内にたまった髄液を持続的に他の体内スペースへ流す手術で、3種類の方法があります。脳室と腹腔をつなぐ脳室−腹腔シャント、脳室と内頚静脈(心房)をつなぐ脳室−心房シャント、腰椎の髄腔内と腹腔をつなぐ腰椎−腹腔シャントの3つです。脳室(V)、腹腔(P)、心房(A)、腰椎(L)の頭文字をとって、それぞれV-Pシャント、V-Aシャント、L-Pシャントと呼ばれます。3つの手術方法には一長一短があり、患者さんの状態などによって選択されます。手術は全身麻酔下で行われます。

7.治療後の経過と診察

 手術直後は、感染や低髄液圧などの合併症がないかを確認し、退院後も外来で、硬膜下血腫やシャント閉塞などが起こらないか、時々CTを撮り観察していきます。髄液シャント術後の症状改善率は50〜80%くらいと言われていますが、症状の改善が不十分な場合は、設定圧を少し下げて経過をみます。逆に、髄液が流れすぎて硬膜下血腫などが起きている場合は、設定圧を上げます。最適な設定圧を得られるよう、外来でもバルブ圧を細かく調節することがあります。金属製のシャントバルブが埋め込まれていても、MRIの撮影は可能ですが、撮影後に圧設定の確認が必要です。状態が安定すると、年に1-2回の受診でよくなります。改善した症状は数年続くことが多いですが、加齢に伴う衰弱や、他の病気の合併などで、患者さんのADLは緩徐に低下していきます。

8.当院での対応について

 当院では、もの忘れセンターにて、「正常圧水頭症外来」を毎週金曜の午後に行っています。診察に先立ち、CGAと呼ばれる総合的な認知機能や運動機能の検査を行います。画像所見やCGAの結果、問診票などを見て、正常圧水頭症の可能性が高く、治療効果の期待できそうな場合は、タップテスト入院をお勧めしています。通常は3泊4日の入院で、タップテスト前後のリハビリ評価や、DaTスキャンなどの画像検査を入院中に集中して行います。タップテストで効果があり、安全に治療できそうな方には、髄液シャント術を提案します。正常圧水頭症について診察を希望される方は、もの忘れセンターまでご予約ください。他院で治療された水頭症の術後の相談などは、脳神経外科でも承っております。

参考資料

特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版. 日本正常圧水頭症学会. メディカルレビュー社.


長寿医療研究センター病院レター第110号をお届けいたします。

 認知機能の低下を主症状とする疾患の多くが変性疾患であり、変性を起こす物質の蓄積、加齢、炎症さらに高齢期に特有なストレスによる神経細胞の脱落を前提とするため、症状は非逆的に進行していきます。

 一方、認知機能の低下が認められても、適正な診断および治療が行われれば、進行を一定期間食い止めることができたり、進行の速度を緩和できるものがあります。その代表例が正常圧水頭症です。

 認知症専門外来を認知機能の低下を主訴として受診される方の多くは認知症であり、90%以上を占めます。正常圧水頭症の占める割合については、報告によって異なりますが、2010年の熊本大学の報告では2.1%であったとされています。地域住民を対象とした疫学的な研究による正常圧水頭症の頻度は、65歳以上の地域住民で1.4−2.9%であるとされており、これは正常圧水頭症があっても専門外来を受診されていない方がかなり多いことを示唆します。また同じガイドラインを使って行われたスウェーデン研究では有病率3.7%とされていますが、同じ集団の65〜79歳では2.1%であったのに対して、80歳以上では8.9%であったとされており、地域在住の高齢者の中で少なくない数の方が正常圧水頭症であり、それが加齢とともに増えていくことを示しています。

 このため、認知機能低下があって、それに伴って早い時期から歩行障害および尿失禁が伴っている場合、当センターを元とする専門医療機関への受診を積極的に薦めていただければと思います。

病院長 近藤和泉