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高齢者の心不全は本当に心臓が悪いのだろうか?

病院レター第108号 2024年1月1日

循環器内科医長 平敷安希博

1.高齢者の心不全

 日本では、世界の中でも特に少子高齢化社会が加速しています。
 大府市では、小中学校の生徒数の急速な増加対策で困っているみたいですが…(笑)。
 当センターでも、最近の循環器内科の平均年齢は80歳を超えはじめ、外来の患者さんも、100歳以上の方が少しずつ増えています。循環器内科の入院疾患として、最も多いのが “心不全” です。高齢の心不全の特徴として、左室駆出率(LVEF)が保持されている心不全(Heart Failure with Preserved Ejection Fraction: HFpEF;へフぺフ, LVEF≧ 50%)が多いことはご存じでしょうか?左室駆出率が正常、つまり心臓超音波検査でのメイン項目である、“左室収縮力”は正常であるということです。心臓の動きを見ると、若い方と変わらずに心臓は元気に動いているにもかかわらず、呼吸困難や足のむくみが出現し、心不全の悪化として入院治療対象になってしまうのです。

 私が循環器内科医の初期の頃までは、左室駆出率の低下が心不全を引き起こすと言われていました。代表的疾患には、拡張型心筋症と心筋梗塞がよく知られています。拡張型心筋症では、心筋細胞自身の収縮力が全体(びまん性)に低下し、陳旧性心筋梗塞では、冠動脈の閉塞部位周囲の心筋が壊死を起こすため心機能の低下を招き、心不全が起こります。これらは理解しやすく、現在も正しい認識とされ、左室駆出率の低下した心不全(Heart Failure with reduced Ejection Fraction: HFrEF;へフレフ, LVEF<40%)といいます。HFrEFに関しては、エビデンスに基づく治療薬も増えています。しかし高齢者は、心臓が元気なのに心不全になってしまうHFpEFが主体で、やっかいなのは、効果が確認された薬は未だ少なく、心不全治療薬としても副作用の頻度は多く、注意が必要なことです。
 私はこれまで20~30歳代の患者さんで、左室駆出率が低下する重症心不全により、日常生活の軽度な動きで息切れし、補助人工心臓装置が必要な方達を診てきました。同じ心不全という病名でも、高齢者の心不全とは明らかに異なる病態です。考えてみれば、高齢者は、長生きできている心臓を持っているとも考えることができます。長生きできている人の大半は、心臓機能はざっくり言えば問題ないのです。では、なぜ左室駆出率の保たれた元気な心臓(pEF)をお持ちの高齢者が、心不全を発症してくるのでしょうか?

2.多臓器が弱くなってくる

Bell i,et al . Int. J. Mol. Sci. 2022, 23(23), 14598 より改変

 心臓は、生まれたときから、1日に約10万回、無意識下で一定に動き続け、10万km(地球2周半)の長さを持つ血管を通して、血液を全身に循環させます。血液を全身の隅々まで行きわたらせ、末梢骨格筋や各臓器のミトコンドリアで酸素を利用し、エネルギーを生み出し、二酸化炭素を含んだ血液を心臓に回収します。ヘモグロビンが酸素を運搬しますので、ヘモグロビンが少ないと十分な酸素が供給できず、心臓の負担が増えます。腎臓機能が弱くなると、水分・電解質管理がうまくできず、本来人間が持つ、多く水を取れば多く尿が出るなどの恒常性が保てなくなり、容易に体液貯留を起こします。このように、腎性貧血が絡むと心腎貧血症候群という心不全にとって予後不良の悪循環を呈します。また、呼吸により酸素を取り込み、酸アルカリのバランスを整えますが、予備力が無いと容易に息苦しくなります。血管(ホース)自体も柔軟性が乏しく硬くなり、高血圧症となってきます。高血圧になると、心臓はその圧に負けないパワーを必要とし1日10万回収縮しますので、心筋が過度に筋トレしているような状態になります。その結果、左室肥大、左房負荷を引き起こし、それが不整脈の引き金となり、弁が固くなったり逆流を生じたりします。狭心症は、心臓を覆う血管の動脈硬化で、心筋自身が直接悪いわけではなく、厳密には血管病です。同様な血管病として、脳に発症した場合、脳から心臓への指令すなわち自律神経の反応が悪くなり、心拍数や血圧に悪影響を及ぼします。そのほかには、肺炎などの感染症の併発が心不全を助長します。発熱時、体温が1度上がると心拍数は約20/min 上昇すると言われています。心筋細胞が元気でも、心臓のリズムが乱れたり、弁(心臓各部屋の扉) の逆流防止装置が故障したりすると、心臓仕事量が増え、心臓の負担が強くなります。心臓に負担がかかると、心不全のマーカーと言われるBNP 値が上昇します。

 多くの医師は、BNP値が上がると、「心不全!」と反射的に考え、循環器内科医に相談が来ます。肺炎がきっかけの心不全の場合、時に治療の主体は感染のコントロールであり、最終的に利尿薬が不要なことさえあります。感染症で助長されることもある低アルブミン血症も、間質に水がたまるため、胸水も貯留しやすくなります。

 まとめると、高齢者では、心臓が悪くて心不全になるというより、心臓を取り巻く他臓器の予備能力の低下が、心臓に負荷をかけ、その結果、心臓自身には問題なくても心不全になる、それが高齢者の左室駆出率が保たれた心不全の主要なメカニズムだと考えられています。一般のイメージと原因と結果が逆なのです。つまり、心不全という病名でも、他臓器の状態や感染などが原因で、心臓にとって過負荷をかけた結果、心筋細胞が元気でも、表面に現れる症状(表現型)として体液貯留が出現し、すなわち肺うっ血や下腿浮腫を引き起こすわけです。高齢者の心筋細胞は、比較的まだ元気なのにもかかわらず…。ただ加齢に伴い身体の骨格筋と同じで、心筋繊維化や微小循環障害により、心筋の柔軟性が乏しく、心室全体が硬くなり、左室拡張能は障害されてきます。なかなかHFpEFに良い薬が出てこないのは、上記の理由ではないかともいわれています。

3.改善できますか?

 適度な栄養と、服薬による血圧・体重・脈拍数のコントロールができていれば、よく食べ、よく外で遊ぶ高齢者が心不全になりにくいのでは、あるいは心不全を早期発見できるのでは、と考えています。外で遊ぶというのは、活発に人と交わり、社会的に関わり、忙しく動き回るということです。これは、フレイル予防にもつながります。賢く歩いて人生をデザインしてください。

4.おわりに

 HFpEFは、心臓だけに注目せずに、他臓器や全身状態に原因がないか確認し、適切な介入をしないと改善しません。心不全に良いと言われる薬は増えてきていますが、型にはまったEBM(エビデンスベイストメディシン)に沿った治療薬をただ並べるだけでは、投薬がただ増えるだけで、ポリファーマシー(害のある多剤服用)になりやすいと考えられます。心不全の悪化による入院患者を見ていると、最終的に食事がとれている人は、生命的に回復する可能性が高いように感じます。一方、検査結果がそれほど悪くなくとも、食欲の低下が続く方は、心不全から多臓器不全へ移行し、衰弱し亡くなることが多いです。せっかく長生きしている方には、おいしいものを食べ、良い刺激を受けるものを見たり聞いたりして、健やかな生活をしていただきたいものです。


長寿医療研究センター病院レター第108号をお届けいたします。

 加齢に伴い、各臓器の生理機能は徐々に低下し、その予備能力も少なくなっていきます。以前105号のコメントでも申しあげましたように、心臓、肺蔵および腎臓など重要臓器における生理機能の低下は不可逆的です。しかし筋を中心とした運動器の予備能は高齢者でも改善の余地があります。筋と多くの臓器の間にはクロストーク(サイトカインなどの液性因子や神経を介した情報のやり取りによる相互干渉作用)があり、筋機能の改善により、臓器の生理機能の低下を緩和できると考えられています。

 一方、筋機能の改善を望むなら運動だけではなく、栄養補給が非常に重要です。筋を構成する蛋白および筋活動の前提となる糖質の補給が無ければ、筋の機能は改善しません。本編でも述べられているように、食事をおいしく食べて、活動的な生活を送ることで、高齢者特有の心不全の悪化を防ぐことができるメカニズムは、そのように考えると理解できるかと思います。高齢者のフレイル(加齢に伴う衰え)とロコモティブシンドローム(運動器の老化に伴う加齢現象の促進)を防ぐための部署である、当センターのロコモフレイルセンターでは、高齢者の運動・栄養指導、さらには活動性を高めるための工夫を行っており、心不全の患者さんにも受診をお勧めしています。

病院長 近藤和泉