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高齢者の嚥下障害に新病因

病院レター第105号 2023年6月14日

老年内科医長 前田圭介

 食べる問題は栄養状態を悪化させるだけでなく、続発症のきっかけにもなりますので、高齢者の診療やケアにおいてとても重要な問題です。食べる機能の異常である摂食嚥下障害に、高齢者特有の“アルこと”が関わっているという新しい摂食嚥下障害の病因モデルが知られるようになってきました。今回の病院レターでは、この新しい病因にスポットを当てて解説致します。

1.従来知られていた病因とは

 摂食嚥下障害は、食べる機能の異常を指します。食べる機能は、食べ物を食べ物として認知し、口腔内に捕食し、咀嚼し、咽頭に送り込み、ゴクンと飲み込んで、食道から胃へ食べ物や飲み物が到達するという一連のプロセスです。このプロセスのどこかまたは複数に異常があれば摂食嚥下障害をきたし得ます。もっとも知られている病因は、脳卒中です。食べる機能の運動麻痺と想像すれば理解しやすいかもしれません。同様に、パーキンソン病などの神経難病も筋機能の失調を来し、時に摂食嚥下障害を引き起こします。認知症はどのような病型であっても、捕食前の食物認知や捕食後の口腔内の食塊の認知に障害をきたした場合、摂食嚥下障害を引き起こしえます。このように、中枢神経の疾患は、運動および感覚障害を介して摂食嚥下障害の病因となるのです。
 口腔・咽頭・喉頭・食道の形態異常や通過障害をきたす病態も摂食嚥下障害の病因となります。しかし、悪性腫瘍や通過障害をきたすほどの骨棘増殖は頻繁に遭遇するものではありませんので、それらによって引き起こされる摂食嚥下障害は稀な摂食嚥下障害と言えるでしょう。

2.サルコペニアの摂食嚥下障害

 頻度が高い摂食嚥下障害の病因は中枢神経の異常で説明するような病因と今まで考えられてきました。しかし、2011年に本邦の言語聴覚士であるKurodaら1がはじめてサルコペニア(筋減弱)が関連した摂食嚥下障害というコンセプトを発表して以来、本邦を中心にさかんに、この非中枢神経由来の摂食嚥下障害について臨床研究が行われました。全身に見られるサルコペニアが食べる機能に使う筋肉にも当然見られていて、過度に進んだサルコペニアによって食べる機能が障害されているというメカニズムです。この新しい病因は、サルコペニアの摂食嚥下障害(Sarcopenic dysphagia)と呼ばれ、中枢神経の異常で説明されることが多い従来のメカニズムの嚥下障害を神経学的嚥下障害(Neurogenic dysphagia)と呼ぶことと対比されています。
 確かに、もともとある程度の食べ物を食べることができていた高齢者が、脳卒中や神経難病を急に発症したわけでもなく、摂食嚥下障害になることを実臨床で経験します。もともと摂食嚥下障害の方の嚥下機能がより悪化することも経験します。そういった方は、高齢で要介護状態、つまりサルコペニアである確率が高い集団に多いように感じます。脳卒中後に発症した摂食嚥下障害であっても、サルコペニアの存在が嚥下障害の程度を重度にしていると言った報告もありますので、筋原性のこの病因は他の原因の嚥下障害にも重複しうると考えられています。

3.入院することで発症する典型例

 サルコペニアの摂食嚥下障害の典型例は、入院後に発症する摂食嚥下障害です。高齢者の入院中は様々な要因から、栄養摂取量が著しく少ないこと、活動量がほぼ制限されていることが知られています。サルコペニアは栄養不足や活動量不足によって引き起こされやすいですので、入院することによってもともと要支援、要介護だったサルコペニア高齢者は、更にコンディションの悪いサルコペニアになることが想像できます。もし、食べることを入院中に禁止された場合、食べる筋肉の活動量も激減しますので、サルコペニアの摂食嚥下障害発症リスクは高まります。
 本邦の急性期病院の診療情報を分析した研究では、肺炎で入院した高齢者の2割以上が入院中に長期間禁食でした。禁食中の日々の栄養摂取量は、平均400kcalに満たず、みるみる栄養状態が悪化するであろうことが推測されました。2その結果、肺炎で入院した高齢者の実に4割が摂食嚥下機能の悪化を経験していたことがわかりました。3

4.診断と介入

 高齢者の食べる問題の相当数にサルコペニアの摂食嚥下障害が関係している可能性があります。そのような背景から、老年医学、リハビリテーション、臨床栄養の本邦4学会が合同でポジションペーパーを発表しました。4新しい摂食嚥下障害の病因としてサルコペニアの摂食嚥下障害という考え方が大切であること、その診断基準案、アプローチ法についてです。
 診断は比較的容易です。サルコペニアであること、摂食嚥下障害があること、摂食嚥下障害の主な原因が他ではないことの3つを満たしている場合にサルコペニアの摂食嚥下障害の可能性が高いと診断します。より正確に診断するには、食べる機能に関連する筋肉の量が減っていることおよびその筋機能が低下していることを同定する必要がありますが、現時点で信頼性や妥当性が報告済みの筋量・筋機能評価法はないようです。
 介入は予防的介入が重要です。入院したサルコペニア高齢者が、栄養不足や活動量不足でそのサルコペニアの状態を更に悪化させた時に発症しやすくなるということを考慮すると、サルコペニアの迅速な診断、栄養摂取量のタイムリーなモニタリングと対処、入院中の活動量不足解消のための多職種ケアが奏功すると考えられます。しかし、ほとんどの病院で実践されていない内容でもあります。Lancet誌には、医原性サルコペニア(Iatrogenic sarcopenia)という言葉が紹介されています。投薬や手術以外に高齢者ケアを忘れてはいけないことを示唆していると感じます。

5.おわりに

 高齢者の食べる問題は生活の質を落とします。予防的なサルコペニア対策、迅速な摂食嚥下障害同定など高齢者医療の現場では、新たに求められるアクションが多くなりそうです。しかし、食べる問題のケアを充実させることによって少しでも生活支援ができるのであれば、医療者として取り組むべきと考えています。
 国立長寿医療研究センター老年内科には、前述のポジションペーパーの著者2名が在籍しています。サルコペニアの摂食嚥下障害を得意としている診療科です。どうぞご相談ください。

参考資料

  1. Kuroda Y, Kuroda R. Relationship between thinness and swallowing function in Japanese older adults: implications for sarcopenic dysphagia. J Am Geriatr Soc. 2012;60(9):1785-6.
  2. Maeda K, Murotani K, Kamoshita S, Horikoshi Y, Kuroda A. Nutritional management in inpatients with aspiration pneumonia: a cohort medical claims database study. Arch Gerontol Geriatr. 2021;95:104398.
  3. Momosaki R, Yasunaga H, Matsui H, Horiguchi H, Fushimi K, Abo M. Predictive factors for oral intake after aspiration pneumonia in older adults. Geriatr Gerontol Int. 2016;16(5):556-60.
  4. Fujishima I, Fujiu-Kurachi M, Arai H, Hyodo M, Kagaya H, Maeda K, Mori T, Nishioka S, Oshima F, Ogawa S, Ueda K, Umezaki T, Wakabayashi H, Yamawaki M, Yoshimura Y. Sarcopenia and dysphagia: Position paper by four professional organizations. Geriatr Gerontol Int. 2019;19(2):91-97.
  5. Cruz-Jentoft AJ, Sayer AA. Sarcopenia. Lancet. 2019;393(10191):2636-2646.

長寿医療研究センター病院レター第105号をお届けいたします。

 加齢に伴い、各臓器の生理機能は徐々に低下し、その予備能力も少なくなっていきます。心臓、肺蔵および腎臓など重要臓器における生理機能の低下は不可逆的であり、そこには、最近明らかになってきた1)臓器のクロストーク、2)細胞老化さらに3)慢性炎症に伴う炎症性サイトカインの放出などが関係するとされています。しかし筋を中心とした運動器の予備能は高齢者でも改善の余地があり、さらに運動は炎症性のサイトカインの発現を抑制します。筋と多くの臓器のクロストークを考慮すると、加齢に伴うサルコペニアの改善により、臓器の生理機能の低下を緩和できると考えられ、特に今回のトピックであるSarcopenic dysphagiaは、その改善が栄養摂取量の増大につながることから、相乗的に高齢者の機能の向上が期待できます。
 一方、本編でも強調されていることですが、サルコペニアの改善を望むなら運動負荷だけでは不十分であり、栄養補給が伴わなければなりません。実際に当センターの回復期リハビリ病棟のデータでも、栄養に対する特別な配慮を行わないと、サルコペニアと判定される人の比率が、入退院時で変わらないことが示されています。さらに嚥下機能にかかわるサルコペニアの改善で特に重要な筋は舌骨上筋群であり、当センターでは当該筋の強化を苦痛無く行うための磁気刺激機器の開発と臨床応用を進めています。

病院長 近藤和泉