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認知症レジストリ

病院レター第104号 2023年5月1日

先端医療開発推進センター
治験・臨床研究推進部
治験臨床研究室長
辻󠄀本昌史

 先端医療開発推進センター治験・臨床研究推進部治験臨床研究室長の辻󠄀本昌史です。

 本号では、当院を中心に全国規模で構築されている認知症のレジストリ(ORANGE レジストリ: Organized Registration for the Assessment of dementia on Nationwide General consortium toward Effective treatment)1)の中でも、臨床・研究両面においてもっとも重要なORANGE-MCIレジストリについてご紹介させていただきます。

1.先端医療開発推進センター

 まず初めに私の所属している先端医療開発推進センターについてご紹介いたします。国立長寿医療研究センターは、来るべき超高齢社会において、臨床における医療の提供に加えて、治験や臨床研究を通じて社会に還元していくことをミッションとしています。当センターにおける治験および臨床研究の支援体制の整備と、質の高い治験や臨床研究を数多く実施できる体制を構築するため、治験・臨床研究推進センターが2014年に設置され、組織再編に伴い2021年4月1日に先端医療開発推進センターとして稼働しています。単に治験や臨床研究を推進するだけでなく、シーズの発掘・育成から臨床研究へのシームレスな橋渡しも先端医療開発推進センターの重要なミッションであり、いわゆるトランスレーショナル・リサーチ全体を推進させていく事を目的としています。

2.認知症レジストリの構築

 レジストリとは、自然歴や予後予測の解析、バイオマーカー探索、臨床研究への誘導等を目的として、患者を登録していく事により構築されています。高齢化の進む日本において、認知症に関する全国規模のレジストリがない事は以前から問題となっていました。大規模なレジストリがない事により、認知症の自然経過の解析が不十分となる事に加えて、何より重要な疾患修飾薬などの臨床研究・治験への登録のスピードが諸外国に比較して大きく遅れていました。臨床試験への患者登録を大規模かつ迅速に行い、時間的ロスを生じさせない、いわゆる治験即応コホート:Trial Ready Cohort(TRC)の創設が極めて重要な課題でありました。これらの背景をもとに、認知症領域におけるTRC創設を目的に、国立長寿医療研究センターを中心として、日本全体での認知症レジストリを組織しています。

3.ORANGEレジストリ

 2015年にAMED(Japan Agency for Medical Research and Development:日本医療研究開発機構)の支援のもと、登録が開始されました。特徴として、①長期間にわたる前向き観察研究、②全国規模の認知症データの効率的な集積、③研究の進捗を随時発信し、国際連携を促進する事を目的として、前臨床期(preclinical)・軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)・ケア期と3つの登録期を作成し、認知症がたどるすべてのステージでの登録を行っています。認知症のすべてのステージをカバーしているため、様々な研究の必要性に基づいたリクルートを可能にしているため、臨床試験や研究を加速させています。

4.ORANGE-MCIレジストリ2)

 ORANGEレジストリの3つのステージのうち、MCIを対象としたレジストリは臨床的な観点、および臨床研究・治験の観点からもレジストリの中核となっています。MCIは、記憶力や注意力などの認知機能に低下がみられるものの日常生活に支障をきたすほどではない認知症の前段階です。現在、認知症の疾患修飾薬の治療ターゲットとしてもっとも重要とされている病期であり、認知症への進行を観察する臨床的な意義も含めて必要性がもっとも高い病期です。MCIレジストリには、2021年時点で日本全国の30以上の認知症領域を専門的に診療している医療機関が参加し、診断・フォローアップを行っています(図)。

札幌医科大学・砂川市立病院・弘前大学・秋田大学・東北大学・東北医科薬科大学・千葉大学・国立精神・神経医療研究センター・東京都健康長寿医療センター・東京大学・東京医科大学・杏林大学・慶応大学・まつもと医療センター・浜松医科大学・名古屋大学・藤田保健衛生大学・三重大学・金沢医科大学・敦賀温泉病院・京都大学・大阪大学・近畿大学・リハビリテーション西播磨病院・鳥取大学・岡山大学・川崎医科大学・広島西医療センター・高知大学・大分大学・熊本大学・鹿児島大学

 主な選択基準は①40歳以上のMCI(早期Alzheimer型認知症:以下早期AD 等の軽度認知症を含む)、②Clinical Dementia Rating Scale(CDR) 0.5-1、③Mini Mental State Examination(MMSE) 20-30点、④最低週1回程度接触がある共同参画者(スタディパートナー)を伴い本人およびスタディパートナーから文書により同意を得られる参加者、としています。大きな特徴として、診断からフォローアップまですべての評価を認知症の専門施設にて行っている事です。また、レジストリ登録者は少なくとも年に1回以上は評価を行う事を必須とし、認知症に進行した場合でもフォローを継続し、認知症の危険因子の解析も進めています。現在まで、高血圧、糖尿病、喫煙、うつ病、運動不足など、さまざまな要因が認知症の進行に寄与していると考えられていますが、これらの要因については、まだ国としてのデータは乏しく、完全なコンセンサスは得られていません。本レジストリにおいて継続的な情報収集を行う事により、研究へのリクルートの促進だけではなく、認知症の自然歴や危険因子の分析をしていく事も可能となっています。臨床の観点からも継続的なフォローアップは、症状の変化を容易に把握することができるため、認知症に進行した際の早期介入も可能となっています。

1)ORANGE-MCIレジストリ登録データの御紹介

 現在まで1450例を超える登録を行っています。平均年齢は77.92歳、認知機能評価として、CDRは0.5が90%、MMSEは平均25.19点と様々な臨床研究・治験への参加基準に合致できる症例が登録されています。登録者のフォローアップデータについても解析が進んでいます。MCIで登録した症例の1年後のフォローアップ率は64%であり、うち認知症に進行(コンバート)した症例は14.3%、MCIから健常にリバートした症例は1.1%でありました。コンバート率が、既報告3-5)のコンバート率と大きくは変わらない一方で、リバート率が極めて少ない事は、登録時に、神経変性疾患が原因とならないMCI(精神疾患や代謝性疾患など)が正確に除外されていることを示唆します。前述したように、本レジストリが全国の認知症専門施設を中心に構成されているためであり、より正確な診断に基づいた臨床研究・治験への効率的な誘導が可能となるため、理想的なレジストリが構築できていることを表しています。また、1年後の認知症への進行リスク因子の解析では、登録時の認知機能の低下、鬱に関連するスコアが悪い事が挙げられました。加えて、BMI(Body Mass Index)が低い事もリスク因子として抽出されました。認知症リスクを判断するために定期的な身体評価を行うことの重要性を示しており、筋肉量、歩行能力、体重の経時変化などの詳細な身体評価を行うことが、認知症発症への介入や予防につながる事が期待されています。身体・精神・認知機能の低下をもたらすフレイルとの関係も明らかにされており6)今後、さらにデータを蓄積し検証していく必要があると考えています。

2)今後のレジストリに必要な事

 認知症は進行性の疾患であるため、時間的な経過とともに、登録疾患の人数が変わってきます。したがって、MCIの登録数を維持するためには継続的に新規登録者数を増やす必要があり、同一施設からの登録では限界があります。加えて、認知症は経過の長い疾患であるため、生活環境の変化等により、フォロー率が下がってくることが考えられます。ORANGEレジストリは、全国にある認知症専門施設から構成されている一方で周辺の医療機関・施設間のネットワークの形成が不足しており、新規登録者を継続的に増やす事、登録後のフォローアップ率の維持・向上のためには、参加病院周辺の診療所や老人施設などを登録に加え、より連携のとれた全国規模のレジストリを構築することが必要です。また、本レジストリから臨床研究・治験に誘導する場合に個人情報に関する倫理指針の規定により、登録者をスムーズに誘導できないという問題がありました。この問題を打破するべく、レジストリ登録と並行して、登録者を対象に、個人情報を厳重に保護した上で、直接に参加者に臨床研究・治験の情報を提供するシステム(もの忘れ治験情報センター:CLIC-D)7)を構築しました。レジストリ登録者がCLIC-Dへ登録する形をとることにより、臨床研究・治験への登録のさらなる迅速化・効率化を進めています。

5.ORANGEレジストリのまとめ

 ORANGEレジストリは臨床研究・治験の対象となりうる登録を継続的に行っており、TRCに資するレジストリを構築しています。実際に、レジストリ登録者はすでに様々な研究に紹介されており、認知症予防を目指した介入研究(J-MINT研究)8)から、認知症と内科疾患との関連を調査する研究9,10)まで幅広い臨床研究に役立てています。今後も、レジストリネットワークの拡大を進め、臨床研究・治験へのさらなる活用とともに、認知症の進行因子の解析、予防介入を進めていく予定です。

参考資料

  1. Orangeレジストリ
    https://www.ncgg.go.jp/hospital/monowasure/orange/overview/このリンクは別ウィンドウで開きます
  2. Tsujimoto M, Suzuki K, Saji N et al. ‘Organized Registration for the Assessment of Dementia by the Nationwide General Consortium Toward Effective Treatment (ORANGE) Registry: Current Status and Perspectives of Mild Cognitive Impairment’. J Alzheimers Dis. 2022;88(4):1423-1433. doi:10.3233/JAD-220039このリンクは別ウィンドウで開きます
  3. Palmer K, Wang HX, Bäckman L, et al. Differential evolution of cognitive impairment in nondemented older persons: results from the Kungsholmen Project Am J Psychiatry 2002; 159, 436–442.
  4. Manly JJ, Bell-McGinty S, Tang MX, et al. Implementing diagnostic criteria and estimating frequency of mild cognitive impairment in an urban community. Arch Neurol 2005; 62, 1739–1746.
  5. Fei M, Qu YC, Wang T, Yin J, et al.Prevalence and distribution of cognitive impairment no dementia (CIND) among the aged population and the analysis of socio-demographic characteristics: the community-based cross-sectional study. Alzheimer Dis Assoc Disord 2009; 23, 130–138.
  6. Halil M, Kizilarslanoglu MC, Kuyumcu ME, et al. Cognitive aspects of frailty: mechanisms behind the link between frailty and cognitive impairment. J Nutr Health Aging 2015; 19, 276–283.
  7. CLIC-D
    https://www.searchmytrial.com/smt-sites/clic-d/このリンクは別ウィンドウで開きます
  8. Sugimoto T, Sakurai T, Akatsu H, et al. The Japan-Multimodal Intervention Trial for Prevention of Dementia (J-MINT): The Study Protocol for an 18-Month, Multicenter, Randomized, Controlled Trial. J Prev Alzheimers Dis. 2021;8(4):465-476. doi:10.14283/jpad.2021.29このリンクは別ウィンドウで開きます
  9. Saji N, Sakurai T, Ito K, et al. Protective effects of oral anticoagulants on cerebrovascular diseases and cognitive impairment in patients with atrial fibrillation: protocol for a multicentre, prospective, observational, longitudinal cohort study (Strawberry study). BMJ Open 2018; 8, e021759.
  10. Saji N, Murotani K, Hisada T, et al. Relationship between dementia and gut microbiome-associated metabolites: a cross-sectional study in Japan. Sci Rep 2020; 10, 8088.

長寿医療研究センター病院レター第104号をお届けいたします。

 最近、アデュカヌマブを代表とする新しい抗体薬の開発が相次いでおり、治療の対象となる期間も、MCIと軽度認知症期から、次第に無症候期に移行しつつあります。これはβアミロイドの蓄積がすでに進んでしまっている状態よりもむしろ、蓄積が少量であるか、始まったばかりである時期の方が、治療薬の効果が期待できるためです。一方で、認知機能低下が見られて、厳密な診断を受けてMCIないし軽度認知症とされた方でも、生活習慣を改善し、ご家族やコミュニティの理解を向上させて、脳にかかるストレスを低減化し、趣味や適切な社会的活動を促進することで、行動・心理症状の発現の予防や、認知機能低下の進行も遅らせることができるという知見も得られています。 

 今回ご紹介したレジストリは、後者で大きな役割を果たすことが明らかであり、その構築へのお力添えを願ってやみません。

 当センターのミッションは、認知症に限らず老年病全般において、ごく微細な病理的な変化が始まったところから、終末期までの全過程に対して、治し支える医療を構築することですので、皆様からのより一層のご理解をお願いする次第です。 

病院長 近藤和泉