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フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害

病院レター第100号 2022年9月1日

泌尿器外科医長 野宮正範

 泌尿器外科は、男性常勤医師1名(野宮)、女性常勤医師1名(西井)、非常勤医師2名(吉田、上條)の計4名が外来・病棟・手術を担当しております。外来は毎週月曜日 、水曜日、金曜日と第2・3火曜日、手術は主に火曜日と木曜日に行っております。また、排尿や排便に関する困りごとについて、泌尿器科医と排泄機能指導士が治療や相談・ケアに関して個別指導を行う「すっきり排泄外来;月曜日午後完全予約制」を設けております。
地域医療施設の先生方からのご紹介で受診される患者さんも多く、この場をかりて感謝申し上げます。われわれ泌尿器外科一同、これからも先生方と連携し、地域医療に貢献してまいりたいと思っております。

泌尿器外科医師紹介 

  • 野宮正範:泌尿器外科医長
  • 西井久枝:泌尿器外科医師
  • 上條駿介:泌尿器外科非常勤医師(泌尿器科専攻医) 
  • 吉田正貴:泌尿器外科非常勤医師(前副院長 、前泌尿器外科部長) 

1.フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害診療ガイドライン 2021発刊

 尿失禁は代表的な老年症候群の症状です。尿失禁をはじめとする下部尿路機能障害は高齢者のQOL障害となり、患者のみならず家族や介護者の負担を増大させます。尿失禁や排泄の問題のために介護施設入所に至るケースも存在します。 
 これまで、高齢者におけるフレイルや認知機能低下と下部尿路機能障害との関連が指摘されていましたが、その治療や管理・ケアなどに関するガイドラインはありませんでした。国立長寿医療研究センターでは、センター内の老年医学、泌尿器科学の専門家だけではなく、外部からもそれぞれの専門家を交え「フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害に対する診療ガイドライン2021」を発刊しました(図1)。本ガイドラインは、フレイル高齢者 、認知機能低下高齢者における下部尿路機能障害との関連性や検査・治療・ケアなどに関する10題のBackground Questionと13題のClinical Questionで構成され、泌尿器科専門医のみならず実地医家・看護師・介護職などの職種に対しても有用であり、高齢者医療の均てん化を目指しております。ぜひ、参考にしていただければ幸いです。 

フレイル高齢者、認知機能低下高齢者の過活動膀胱の治療にどのような薬剤が推奨されるか?【要約】フレイル高齢者、軽度認知機能低下高齢者の過活動膀胱の薬物治療には、抗コリン薬あるいは交感神経β3作動薬の投与が推奨される。(エビデンスレベル1,推奨レベルA)明らかな認知機能障害を有する高齢者、あるいは他疾患に対して抗コリン作用を有する薬剤を服用している高齢者、および男性患者では、β3作動薬を優先することが望ましい。(エビデンスレベル4,推奨レベルB)抗コリン薬のなかで経口オキシブチニンは脳血管開門を通過し、認知機能障害を起こすことが報告されており、仕様を避けるよう推奨される。(エビデンスレベル2,推奨レベルA)前立腺肥大症に合併した過活動膀胱を有するフレイル高齢者、認知機能低下高齢者に対しては、受容体サブタイプ選択性の交感神経α1遮断薬、あるいはホスホジエステラーゼ5阻害薬の投与を優先することが推奨される。(エビデンスレベル1,推奨レベルA)

図1.フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害に対する診療ガイドライン2021.ライフサイエンス出版 

2.高齢者の過活動膀胱薬物療法

 フレイル高齢者は、複数の慢性疾患の併存と多剤服用を特徴とすることも多いです。高齢者の多剤服用は薬物療法による有害事象の発生頻度を増加させ、服薬コンプライアンス低下や治療継続に対するアドヒアランスに影響を与えます。近年、高齢者の多剤服用と認知機能に関連して、総抗コリン負荷が問題となっています。過活動膀胱治療に広く用いられる抗コリン系薬剤は、口内乾燥、便秘、膀胱収縮力低下のほかに中枢神経系への有害事象として認知機能低下やせん妄などを引き起こす可能性が指摘されており、高齢者に対する過活動膀胱薬物療法では、抗コリン薬は注意深い観察が必要です。特に、明らかな認知機能障害を有する高齢者や他疾患に対して抗コリン作用を有する薬剤を服用している高齢者および男性患者では、β3作動薬(ベタニス®、ベオーバ®)を優先することが望ましいです(図1)。 

3.高齢者の排尿自立のために ―レーザー前立腺手術と排尿自立支援― 

 フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の尿閉患者が増えています。特に、男性では前立腺肥大症に伴う尿閉により両側水腎症をきたし腎後性腎不全となっている症例もいます。尿閉に対する初期対応は、短期間の尿道カテーテル留置、あるいは間欠導尿により尿閉状態を解除することです。次に、薬物療法を行い自排尿の有無を確認します。しかし、薬物療法を行っても尿道カテーテル抜去が困難な症例 、自己導尿や家族による介助導尿が難しい症例、導尿カテーテル挿入困難や易出血症例 、導尿に際し協力が得られない症例、尿道カテーテルを自己抜去する症例など排尿管理に苦慮することも多々あります。当施設では、患者本人、家族や介護者と相談し、低侵襲で出血や周術期合併症が少なく、術後尿道カテーテル留置期間の短いグリーンライトレ ーザーを用いた光選択的前立腺蒸散術(Photo-selective Vaporization of the Prostate : PVP)を行い、自排尿可能な状態に改善した症例を多く経験しております(図2)。本術式は、本人のみならず家族や介護者の負担を軽減することにも役立っています。 

 当施設では、泌尿器科医師・看護師・リハビリテーション療法士からなる排尿ケアチームを設立し、尿道留置カテーテル抜去後の患者に対して包括的排尿ケアを行っております。フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害には、下部尿路機能のみならず身体機能、ADL・バランス・移動能、認知機能など様々な因子が関与します。多職種で評価・介入することで排尿自立を獲得し自宅退院される患者さんを多数経験し、スタッフ一同、たいへん意義のある診療ケアと思っています。また、泌尿器科学的なアプローチだけでなく、老年医学の視点も組み入 れた多面的なアプローチの重要性を感じています。尿失禁や尿閉などの排尿の問題 、尿道留置カテーテルでお困りの患者さんがいらっしゃいましたら、ぜひ、ご相談いただければ幸いです。 

CT矢状断像 尿閉 著明に拡張した膀胱→レーザー治療前 前立腺腫大による尿道閉塞→前立腺へレーザー照射中→レーザ治療後 前立腺は蒸散され尿道開大

図2.グリーンライトレーザーを用いた光選択的前立腺蒸散術

 4.フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言

 2022年4月、日本医学会連合はフレイル・ロコモ克服のための医学会宣言を発出しました。この「人生100年時代における健康寿命延伸のための健康増進と医療対策」における領域横断的 アプローチの中で、「QOLの維持・改善のための摂食・嚥下・排泄・感覚機能の保持」の重要性が示されています(図3)。 
われわれ泌尿器科医は、高齢者の日常生活機能の中でもっとも衰えやすい尿排泄に関する諸問題をいかに予防・治療・ケアしていくかについてエビデンスを築いていきたいと思っております。 

図3.フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言 日本医学連合, 2022 

参考文献

  1. 日本サルコペニア・フレイル学会,国立長寿医療研究センター:フレイル高齢者・認知機能低下高齢者の下部尿路機能障害に対する診療ガイドライン2021.ライフサイエンス出版,2021
  2. 野宮正範,西井久枝,吉田正貴:フレイル要因としての加齢による下部尿路機能の変化ー高齢者尿失禁とフレイルの関連性ー.日本排尿機能学会雑誌,29: 349, 2018
  3. 日本医学会連合,領域横断的なフレイル・ロコモ対策推進に向けたワーキンググループ:フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言.2022

長寿医療研究センター病院レター第100号をお届けいたします。 

 頻尿治療などに使われる抗コリン作用を有する薬剤は、中枢神経系へ作用し、有害事象として記銘力や注意力障害、せん妄等を起こすとされています。抗コリン作用を有する薬剤として、他にも抗うつ剤、抗精神病薬、制吐剤などがありますが、認知機能障害の発現には、個人の全身合併症や併用薬等の複数の要因が関連します。複数医療機関で投薬を受けている患者さんの場合、いわゆるポリファーマシー状態になっている可能性があります。抗コリン作用の強さを点数化した抗コリン作用性有害事象を表す指標(Anticholinergic Risk Scale:ARS)があり、認知機能の低下には、1剤ずつの抗コリン作用ではなく、服用薬剤のARSの合計などで表される総抗コリン負荷(Total anticholinergic load)が重要視されています。当センターではポリファーマシー削減チームを立ち上げ、院内を中心に活動を継続しております。処方薬を追加したことで、認知機能の低下が起こったのではないかと考えられる場合は、治療薬の再検討をいただくとともに、当センターの高齢総合診療科などへの受診をご検討いただければと思います。 

病院長 近藤和泉