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地域でつなぐ、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と人生会議

病院レター第91号 2021年3月20日

ー新型コロナウイルス感染症と対峙しながら多職種連携しACPの対話をファシリテートするための視点ー

緩和ケア診療部
エンドオブライフ(EOL)ケアチーム
倫理コンサルテーションチーム
西川満則

 2018年3⽉に改訂された「⼈⽣の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(厚⽣労働省)[1]において、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性が追記され、ACPが、より⼀層注目されるようになりました。また、厚⽣労働省の旗振りで広く公募され、ACPの愛称が⼈⽣会議に決まりました。
 2019年6⽉に日本老年医学会から発表された、ACP推進に関する提言[2]によると、ACPとは、将来の医療・ケアについて、本⼈を⼈として尊重した意思決定の実現を⽀援するプロセスであると書かれています。
 2020年以後、新型コロナウイルス感染症の広がりのため、さらにACPに注目が集まっています。
 2020年8⽉、日本老年医学会は、前記の提言に加え、ACPと新型コロナウイルス感染症ついて述べた提言[3]を発表するに至りました。
 今回の病院レターでは、最近の話題として、ACPと⼈⽣会議について触れたいと思います。まず、ACPの4つの段階について記載した後に、ACPと新型コロナウイルス感染症の特徴について述べたいと思います。

1. ACPの4つの段階

 ACPには、大きく分けて4つの段階があります(図1)。
 第1段階は、意思形成の段階です。この段階は、本⼈の意思の、全体像ではなくその断片(ピース:piece)が発せられる段階です。たとえば、テレビ番組などを見ながら、「自分もこんな最期がいい」だったり、「自分だったらこれは耐えられない」というような感情をいだく段階がこれにあたります。まだ、本⼈の意思として、全体像が、形を成していない段階なのです。
 第2段階は意思表明の段階です。本⼈の意思の断片(ピース:piece)がパズルのように組み合わされ、その⼈の価値観、大切にしていること、譲れないこと、気がかり、目標、選好などが表明され始める段階です。たとえば、「機械につながれた状態は、○○の理由から自分らしくない」というように、その⼈の価値観等が徐々に言葉として表現される段階です。
 第3段階は意思決定の段階です。将来、自分はこういう医療・ケアを受けたい・受けたくないなど、2つの選択肢から1つを選んで決定する段階です。その⼈の価値観に照らし合わせな
がら、将来の医療・ケアを選ぶ段階といえます。たとえば、Do Not Attempt Resuscitation:DNAR などもこの段階に含まれます。
 第4段階は意思実現の段階です。本⼈の意思を、関係者の意見や状況認識や価値の対立などに配慮しながら本⼈の意思を実現する段階です。この段階では、意見や価値の対立に対応するため、臨床倫理的アプローチが必要になり、多職種連携の力量が試される時期でもあります。国立長寿医療研究センターのEOLケアチームは、臨床倫理的アプローチのサポートも行っています。
この4 つの段階のどこをACPと呼ぶかについては、成書によって異なります。リビングウィルのように延命治療をする・しない、胃ろうをする・しないといった、将来の医療・ケアの選好を述べる第3段階(意思決定期)のみをACPと呼んでいる成書もあります。しかし、専門職が、多職種連携し、ACPの対話をファシリテートしながら、地域でつなぐACPや⼈⽣会議を実践するためには、4つの段階のすべてをACPと呼ぶほうがしっくりきます。

図1,ACPの4段階

2. ACPと新型コロナウイルス感染症についての4つの特徴

 日本老年医学会のACPと新型コロナウイルス感染症ついて述べた提言[3]を参考に、その4つの特徴を述べたいと思います。
 1つ目は、急激な病状悪化です。少し乱暴な表現かもしれませんが、新型コロナウイルス感染症は、無症状の⼈を、ウイルスの運び屋にしたてます。また、⼀定の割合の⼈々に、⽣命に危険の及ぶ急激な病状悪化をもたらします。そして、多くの場合、その無症状の⼈と⼀定の割合の重症化する⼈は、近しい関係にあります。その近しい関係にある⼈同士が抱く感情がどのようなものかについては、想像に難くありません。急激な病状悪化のため、ACPの意思(形成・表明・決定・実現)のプロセスを、時間をかけて行うことが難しくなります。簡単なことではありませんが、病状が急激に進行し重篤になる状態を想像して、あらかじめACPを進めておくことが重要です。
 2つ目は、救命可能な治療を差し控えることに伴う葛藤が⽣じうることです。新型コロナウイルス感染症の多くは、回復の可能な病態です。しかし、救命可能でも、高度救命治療を望まない⼈もいるでしょう。理由は、⼈それぞれで、体力的な問題、その⼈の⽣き様、歩んできた⼈⽣の経験、様々だろうと思います。⼀方、医療者は患者さんを助けることがよいことだという価値観を持っていますので、医療者の心に大きな葛藤が⽣じます。本⼈が高度救命治療を望まない場合は、本⼈、家族等、医療ケア提供者間の意見や価値の対立も⽣じえます。前項では、ACPの意思実現の段階における臨床倫理的アプローチについて説明しましたが、臨床倫理の⼀丁目⼀番地は、本⼈の望まない医療・ケアは行わないことなのです。医療者はこの葛藤に向き合わねばなりません。
 3つ目は、医療介護資源の制限です。ACPや⼈⽣会議で話し合った、本⼈にとっての最善の医療・ケアを提供したいのですが、新型コロナウイルス感染症が蔓延している環境では、資源の制限の影響が露わになります。⼈工呼吸器やその他の高度救命治療を受けたいと思っても、医療資源の枯渇によりそれを実現することが難しい状況も想定されるでしょう。高齢者施設でのウイルスの蔓延を防ぐため、施設で最期を迎えたくても退所しなければならないかもしれません。
本⼈が、ACPや⼈⽣会議の話合いで、将来、受けたい医療・ケア、過ごしたい最期の場所を意思決定していても、医療介護資源の制限の中、それが実現できないのです。制限の範囲内で、かつ、できる範囲で、本⼈の意思を尊重するしかないのです。
 4つ目は、対話の機会の喪失です。新型コロナウイルス感染症は、ACPのための対話のプロセスを奪います。ACPは、対話を重視していますので、その機会の喪失は、ACPの根っ子部分の大きな問題です。スマートフォンを自由に使いこなせる⼈はいいかもしれません。しかし、それを使いこなせない多くの高齢者は、家族や近しい⼈との対話の機会を喪失するのです。この対応もまた、簡単なことではありません。病状が急激に進行し重篤になる状態を想像して、あらかじめ話し合っておくよりほかありません。
 今、まさに、ACPや⼈⽣会議の必要性が高まっています。

3.おわりに

地域の諸先⽣方、医療ケア提供者の皆様、地域でつなぐACPと⼈⽣会議、協力して進めて参りたいと考えております。今後とも、宜しくお願い申し上げます。

引用文献

  1. 厚⽣労働省 ⼈⽣の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドラインこのリンクは別ウィンドウで開きます
    2018年3⽉
  2. 日本老年医学会ACP推進に関する提言このリンクは別ウィンドウで開きます
    2019年6⽉
  3. 新型コロナウイルス感染症 (COVID19)流行期において高齢者が最善の医療およびケアを受けるための日本老年医学会からの提言―ACP実施のタイミングを考える―このリンクは別ウィンドウで開きます
    2020年8⽉ 

長寿医療研究センター病院レター第91号をお届けします。

 今回は新型コロナウイルス感染症とACPというともにホットなテーマを取り上げていただきました。著者も述べているようにACP という用語は使う⼈によって、さまざまな意味をもって使われてきており、そのことがACPの活用自体に混乱を⽣じさせていたことは否めません。ACPを考える上では時間軸の要素が重要だと思います。これまでは時間軸を設定しやすいことから(それだけではありませんが)、どうしても「がん」の患者さんを念頭に置いて議論されることが多かったように思います。しかし認知症のように長い経過の疾患もあれば、今回紹介されたコロナウイルス感染症のように急速な経過をとる疾患もあるわけですから、意思形成⇒意思表明⇒意思決定⇒意思実現の時間軸には分の単位から年の単位まであることになります。
 今回はあまり触れられませんでしたが、この限りなく多様なACP の流れに対応、相談にのれる⼈材の育成も重要かと思います。

病院長 鷲見幸彦