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睡眠時無呼吸症候群と認知症

病院レター第81号 2019年7月22日

治験・臨床研究推進センター
治験・臨床研究推進部
臨床研究企画室長
呼吸器内科部(睡眠呼吸外来担当)
在宅医療・地域医療連携推進部
ロコモフレイル外来
千田一嘉

1.「睡眠呼吸外来」からのご挨拶

 2006年10月の開設以来、地域の先生方のお気付きで多数の睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)の患者さんが「睡眠呼吸外来」を受診され、持続陽圧呼吸療法(continuous positive airway pressure: CPAP)治療(図1)を提供させて頂いておりますので、篤く御礼を申し上げます。

図1.持続陽圧呼吸療法
(continuous positive airway pressure
: CPAP)治療

図2.SASがが引き起こす障害/生活習慣病の原因、動脈硬化の促進、生命予後の悪化【高血圧】(夜間の低酸素血症や交感神経活動の亢進)2倍【糖尿病】(インスリン抵抗性を誘導)【高脂血症、肥満】【冠動脈疾患の合併】2倍から3倍【脳血管障害の合併】3倍から5倍【睡眠時の不整脈(突然死、SIDS)】/交通事故上昇7倍、作業能率の低下、労働災害/8年後の累積生存率:0.63

 SASとは睡眠中に無呼吸を繰り返し、様々な合併症を伴う病気です(図2)。10秒以上の気流停止(気道の空気の流れが止まった状態)が無呼吸で、1時間に5回以上あり、いびき、夜間の頻尿、日中の眠気や起床時の頭痛などの症状を伴うものがSASです。無呼吸の刺激(ストレス)で覚醒反応をきたし、覚醒した後に呼吸が再開されます。繰り返される覚醒反応により睡眠は分断され、睡眠は浅く、不安定で質が低下し、睡眠以外にも全身に種々の障害をきたします。SASでは覚醒中の呼吸障害はみられません。世界で最も広く読まれている教科書のハリソン内科学には「SASはこの50年間に解明された最も重要な病態の1つで、深刻な死亡原因の1つでもある。」と記載されています。わが国で治療の必要な重症なSAS患者さんは300万人以上みえることが推定されていますが、第一選択であるCPAP治療を受ける患者数は、60万人を超えないそうです。多数の未診断・未治療のSAS患者さんがみえます。

図3.イビキとイビキの間で呼吸が止まる

「いびきが大きい」、「睡眠中に呼吸が止まっている」(図3)という訴えに加え、「自分のイビキで目が覚める」、「溺れる夢をみる」などの訴え、肥満・扁桃肥大・小さい顎や後退した顎・巨舌を伴う際には積極的にSASを疑ってみて下さい。SASは肥満と関連が深いです。しかし本邦では、顔面形態、とくに顎の問題が大きいことが指摘されています。肥満でないことはSASの否定には直結しませんのでご注意下さい。とくに高齢者はSASの頻度が高いのですが、眠気などの症状が自覚されにくいため、適切な医療が未だ十分には普及していません。

2.日本睡眠学会
(令和元年6月27日、28日)のレポート

 先日、名古屋国際会議場で愛知医科大学睡眠科の塩見利明先生が第44回日本睡眠学会総会を開催されました。2003年2月の山陽新幹線運転手の居眠り運転事件から睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)の名前が拡がり、「SAS元年」が確認されました。「CPAP元年」はCPAPが保険収載された1998年です。SASの命名者のChristian Guilleminault先生の御講演は、残念でしたが先生の体調不良のため中止されました。SAS研究の基盤を構築・実践された名古屋大学の岡田保先生(2018年ご逝去)の追悼シンポジウムで岡田先生のご指導を受けられたシンポジストが愛知県でのSAS研究・臨床の流れを報告されました。シンポジストで司会もされた粥川裕平先生の岡田先生追悼文(1)にはわが国のSASの歴史が示されています。CPAPに続く新技術の開発や、CPAPの継続性を強化する行動科学の活用なども議論され、今後の発展が期待されています。

図4.Polysomnography(PSG)入院精密睡眠検査

3.「睡眠呼吸外来」の紹介

 呼吸器内科部では2004年3月以来2019年6月までに663例の入院終夜睡眠ポリグラフ(poly-somnography: PSG、イビキや呼吸状態に加えて脳波を同時記録し、睡眠構築を検査します。(図4))を検査し、CPAP治療を提供しています。この間にCPAPは目覚ましく進歩しました。治療器は見た目の洗練以上に、治療アルゴリズムを規定するコンピュータの性能が向上し、患者さんとの接点のマスクも改良され、CPAPアドヒアランス(受容)が大きく改善されました。一旦CPAPを中断された患者さんにも、周囲からの説得やマスメディアの啓発で、新規CPAPで大変良い経過を示される方がみえます。先生方の周りに、CPAP断念後もSASが気になる方には、是非最新型のCPAPやマスクによる再治療をお勧め下さい。
 SASのスクリーニングから治療までの流れは2015年の国土交通省の「自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル~SAS対策の必要性と活用~」が就労世代の日中の眠気の問題の大きさに、切迫感をもって編集されています(2)。病診連携の一環として、携帯型スクリーニング検査の2次検査や、CPAPの効果を確認されたい患者さんのために、睡眠構築の改善をみるための脳波付きの入院PSG(CPAPタイトレーション)を当睡眠呼吸外来でお受けします。地域医療連携室(3)にご連絡下されば、1ヶ月程で検査し、その2週間後にはレポートをお返し致します。また、SAS診療についてのご相談など、何なりとご連絡下さい。SAS診療の輪を拡げ、未診断・未治療のSAS患者さんにCPAPをお届けできるよう精進して参ります。CPAP治療の効果は確定されていますが、睡眠学会で議論されますように、持続可能性には課題があります。CPAP治療のアドヒアランスを維持・向上するためには、患者さんを行動変容に導くことが最重要課題とされています。行動変容を可能にするためには自己効力感を高める必要があります。そのためには、患者さんに正確かつ充分な医療情報の提供と、その情報に基づく意思決定の支援と共有が基盤となります。これが共有意思決定(Shared Decision-making: SDM)で、人間中心の医療・ケアの根幹です。在宅医療・地域医療連携推進部ではSDMの原則に従い、診断時から人生の最終段階まで、患者さんの人生を支える多職種協働のいわゆる「統合ケア; integrated care」の枠組み構築を推進しています。また、ロコモフレイル外来では、高齢患者さんに正確かつ充分な医療情報を提供するために、高齢者総合的機能評価(CGA)によりフレイル・サルコペニア・ロコモティブシンドローム(ロコモ)を診断し、最適な運動療法(リハビリテーション)と栄養療法を提供しています。OSAS患者さんのCPAP治療を支える統合ケアの観点からも、ロコモフレイル外来をご活用下さい。

4.睡眠時無呼吸症候群と認知症

 2008年1月25日の「長寿医療センター病院レター第12号」(4)から、すでに11年が経過しましたので、今回は「SASと認知症」についてお示しします。

睡眠時無呼吸症候群と認知機能

 睡眠不足が続くと認知機能が低下することは、徹夜明けなど、日常生活でも体験されます。SASは病的な慢性睡眠不足状態とみなすことができます。SASが認知機能障害をきたす報告は多数あり、CPAP治療がSAS患者さんの治療後の覚醒時の認知機能を改善するエビデンスも多数あります。認知症患者さんにSASの合併率が高いことが報告されています。とくに重症な認知症には重症なSASが多く、逆に、重症なSASにも重症な認知症が多いことから、両者の深い関連が示唆されています。認知症と診断されていたSAS患者さんで、治療による認知機能の改善をみた報告もあります。

SASと認知症予防

 SASが睡眠の断片化という強いストレスで交感神経機能を亢進し、全身の持続的な慢性炎症を惹起し、高血圧症をきたし、動脈硬化を促進することには強固なエビデンスがあります。動脈硬化は血管性認知症をきたすことから、SASのCPAP治療は動脈硬化を予防(軽減)することで血管性認知症を予防することが期待されます。
 SASとアルツハイマー型認知症(AD)には酸化ストレスや慢性炎症など生活習慣病を合併する共通のリスクファクターがあります。高齢者のSASをCPAPで治療して認知症の発症を予防する試みには複数の報告があります(5)。例えば、SAS合併群は合併しない群に比してより若年時から軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)やADに移行し,CPAP治療群はMCIへの移行が遅れたことが報告されています。SASによる慢性の間欠的低酸素状態には、ADの引き金とされているアミロイドβタンパク質(Aβ)の沈着を促進する可能性が指摘されています。このことからもSASはADを合併しやすいとされます。CPAPは低酸素状態を解消するため、SAS患者のCPAP治療にはMCIやADの発症予防効果の可能性が示唆されています。しかし、これらは観察研究や小規模の比較試験からの推論であり、解釈は慎重になるべきです。2018年4月に一晩徹夜した健常成人における脳内Aβ蓄積量の上昇が報告され(6)、睡眠障害とADの関連についての議論がさらに活性化しています。

5.おわりに

 CPAP治療はSASにより低下した認知機能を改善し、認知症リスクを軽減しうる可能性が示されています。睡眠呼吸外来のホームページ(7)でも診療内容を紹介しております。
 SASのさらに積極的な疾患啓発とスクリーニング体制を拡充することが期待されています。先生方の身近に潜在してみえる、未診断・未治療のSAS患者さんにCPAP治療の機会を提供できるよう、ご高配をお願い申し上げます。

References

  1. https://docs.wixstatic.com/ugd/049dd9_cd15ae910a5a4de4bd6db4bccab8650b.pdfこのリンクは別ウィンドウで開きます
  2. https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03manual/data/sas_manual.pdfこのリンクは別ウィンドウで開きます
  3. 病病・病診連携についてこのリンクは別ウィンドウで開きます
  4. 長寿医療センター病院レター第12号(PDF:527KB)このリンクは別ウィンドウで開きます
  5. 石川正憲. 9.睡眠時無呼吸症候群(SAS)と認知症:CPAPの効果. Prog.Med.37:988-60, 2017.
  6. Shokri-Kojori E, Wang GJ. Et al. β-Amyloid accumulation in the human brain after one night of sleep deprivation". Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Apr 24;115(17):4483-4488. Published online 2018 Apr 9.
  7. 睡眠呼吸外来このリンクは別ウィンドウで開きます


長寿医療研究センター病院レター第81号をお届けいたします。

 人生の1/3は睡眠が占めているにもかかわらず、睡眠そのものの生理機構や睡眠関連の疾患について本格的な研究が進んだのはここ30〜40年のことです。今回のレターでも強調されているように、睡眠障害の影響は日常生活だけでなく、生命予後にも影響することがわかってきました。睡眠障害の特徴として、自覚しにくいこと、また家族も病気として認識しにくいことが挙げられます。このことと関連して、潜在的な患者数が多いにもかかわらず、医療につながっている患者が少ないという事実があります。不定の症状、訴えをみたときに、我々医療者は常に睡眠障害の可能性を疑ってかかる必要があります。当センターの「睡眠呼吸外来」をぜひご利用ください。

病院長 鷲見幸彦