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「最近の全身麻酔はどうなっているのでしょう」を書いてから約5年後に考えたこと

病院レター第65号 2016年11月15日

麻酔科医長 小林信

「最近の全身麻酔はどうなっているのでしょう」というテーマで病院レターに
掲載させていただいてから5年以上が経過いたしました(参照:第31号(PDF:1167KB)このリンクは別ウィンドウで開きます

この中で挙げさせていただいたいくつかのポイントについて、自分なりの答え合わせと申しましょうか、現状を踏まえたコメントを付けるという形をとらせていただこうと思います。上にURLを付記しましたので、5年前の拙文もご参照いただければ幸いです。

1:プロポフォール

 わが国での発売から約20年、プロポフォールは現在も使われていますが、注入時の血管痛、および腐敗しやすさがかなり問題視されるようになりました。特に感染対策として頻回なルートのフラッシュおよび交換が推奨されるなど、使いにくい側面も見られてきました。
 TCI(target controlled infusion)についての進歩は(実用レベルでは)あまり無いようです。究極的にはリアルタイムに薬物の血中濃度を(非観血的かつ非侵襲的に)リアルタイムに測定できる時代が来るかもしれませんが、実現は遠いようです。

2:レミフェンタニルの普及とそれに関連する変化(末梢神経ブロックやブプレノルフィンの再評価)

 合成麻薬レミフェンタニルがわが国で発売となったのが2007年1月、当院が採用したのが2010年でした。麻薬による覚醒遅延の不安はかなり小さくなった代わりに、術後鎮痛をはじめとするいくつかの問題とそれに対する対策の必要性がはっきりしてきました。末梢神経ブロックが超音波ガイドの技法とともに再評価され、普及した背景の一つが早期覚醒後の鎮痛の必要からであることは間違いないと思いますが、もう一点、術後肺塞栓や脳梗塞の予防の重要性が認識され、抗凝固療法が術後早期に再開されるようになってくると持続硬膜外麻酔のためのカテーテル留置が嫌われるようになったのも大きな要因だと思います。あと、医学的根拠は不明ですが、多くの麻酔科医の印象として、レミフェンタニルを使用すると術後の震え(シバリング)の頻度が上昇すると感じているようです。これに関しては私にはあまり経験がありませんが、レミフェンタニルの血中濃度を高くした(つまり短時間に多く使用した)場合のほうがシバリングの出現頻度が高いことに最近ようやく気付いてまいりました。たしかに深い麻酔ほど体温調節機構を破綻させることは以前より知られていましたが、浅い麻酔で侵襲を加えることの危険性も当然ありますので何とも悩ましいところであります。
 もう一つの話題としてブプレノルフィンの再評価を挙げておきます。持続硬膜外ブロックを行わない患者さんの(持続的な)術後鎮痛方法としてフェンタニル、もしくはモルヒネといった麻薬の持続静注を行っていることが多いのですが、当然のことながら呼吸抑制の合併が問題となります。ブプレノルフィンにも当然呼吸抑制という副作用はあるのですが、前述の麻薬と違い、ブプレノルフィンには天井効果があるため、一定のところで呼吸抑制が頭打ちになるという説があります。今後の臨床経験の積み重ねによってはブプレノルフィンの使用量が再び上昇するかもしれないと考えています。

3:スガマデクスの普及、ベクロニウムはいつまで続くか?

 2007年10月、約20年ぶりにロクロニウムという新たな筋弛緩薬が発売となりました。静注してからの筋弛緩効果の発現が早い(サクシニルコリンに匹敵する)ことと、スガマデクスという新たな作用機序を持った拮抗薬により(十分な量を投与すれば)確実にリバースできてしまうことから、筋弛緩薬の主流が久しぶりに入れ替わるのではないかといわれ、約9年後の今、それは現実となりました。医療制度の違いなどの理由はさておき、日本におけるスガマデクスの使用量は世界一だそうです。薬剤アレルギーの頻度(さいわいなことにわが国ではまだ死亡事故の報告はありませんが、スガマデクスもしくはスガマデクスとロクロニウムの複合体によると思われるショック症状の報告が意外なほど多く、且つ重篤なことがわかってきて恐れられています)の高さや投与時の血管障害の可能性についてまだ詳細が不明なこともあり、当センターの手術室には、まだベクロニウムとネオスチグミンはありますが、パンクロニウムとサクシニルコリンはすでに手術室の薬品リストから削除しました。

4:デスフルレン

 ついに2011年7月、デスフルレンという非常に切れの良い麻酔薬が日本で発売されました。麻酔作用が弱い(つまり高濃度が必要)という理由から低流量麻酔(簡単にいうと、麻酔時の新鮮ガス流量を、約0.5-2L/分に設定すること)で使用することが当たり前になりました。専用の気化器が必要で、ある程度年式の古い麻酔器では装備できないなど、いくつかの初期投資が必要ですが、覚醒の速さに個人差が少ない上に、長時間麻酔しても体内への蓄積が少ないため覚醒遅延が起こりにくいという理由から急激に普及いたしました。以前、「このままいくと、吸入麻酔薬を使用した経験のない麻酔科医が15年後には出現するかもしれません。」と書きましたが、デスフルレン発売によって見事にこの予想は外れました。笑気だけに限定すれば当たりということになると思いますが。現在工事中の当センター新病棟の手術室にも(笑気ボンベを麻酔器に装着することはできるので使えなくしてしまうわけではありませんが)笑気の配管は行わない予定です。レミフェンタニルの普及により笑気が要らなくなってしまったというのも言い過ぎではなかったようです。

5:マッキントッシュ型喉頭鏡に代わる気管挿管デバイスの開発、普及

 たしかに6年前と変わらず、今でもマッキントッシュ型喉頭鏡は気管挿管デバイスの主流であり続けています。しかしながら情勢は少しづつ変化してきたというべきだと思います。地元の名古屋市立大学芸術工学部と医学部の共同研究による「新・喉頭鏡のデザイン設計開発」といった例もあり、マッキントッシュ型は今でも喉頭鏡の形の主流ではあるが、必ずしも完成形でも理想形でもないという考えに至っています。あくまで個人的な考えですが、今から初期研修を行う医師が将来的に麻酔を生業としないのであれば、麻酔指導医としては従来のマッキントッシュ型喉頭鏡の使い方を教育するよりもビデオ喉頭鏡による気管挿管に習熟してもらうほうが実際的だとさえ考えるようになってきました。あと、ファイバー挿管は今でも必要な手技です。気道確保困難時こそ声門上器具(ラリンゲルマスクなど)の使用も考慮すべきとも感じています。

6:おわりに

 以上、自分で自分の答え合わせするような感覚で書かせていただきました。これをごらんいただいて麻酔科はやはりあまり進歩していないと感じるでしょうか?それとも意外と進歩のスピードは速いとお感じになるでしょうか?感じ方は人それぞれでかまいませんが、この機会に現在の麻酔、周術期管理のことに少しでも関心を深めていただければ幸いに存じます。


長寿医療研究センター病院レター第65号をお届けいたします。

 麻酔は、いつもどこか神秘的です。手術室という別世界での行為ですので、直接的に様相が伝わりにくい面もありますが、決して世の流れとは無縁ではあり得ず、多大な変貌を遂げていることが小林先生の文章から伺えます。私が麻酔の研修をした時代には、必須の薬剤であった「サクシン」。麻酔を覚ますときには、「サクシン」と叫ぶのが習慣になっていましたが、新たな筋弛緩薬の登場によってもう手術室から姿を消している。笑気もそうであるというのは本当に隔世の感がいたします。その点、少し滑稽で古典的風采のマッキントッシュ型喉頭鏡は、まだ生き残っていることに少しほっとします。

病院長 原田敦