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「元気のない」高齢者の見極め方について

病院レター第56号 2015年5月20日

精神診療部長 服部英幸

 人間、年をとるとどうしても、からだとこころに「元気」がなくなってきます。加齢とともに運動能力や、情報処理能力が衰えていくことと関連しており、「やむを得ない自然なこと」とされています。しかしながら、加齢変化は個体差が大きく、高齢になっても身体、精神の衰えを見せない人もおられます。本来の力が「病気」によって出せないとしたら、これは医療の出番ということになります。「病気」が原因なら、根治までは無理としても治療・ケアを行うことができるからです。

1.元気がでない高齢者の事例

 身体的に明らかな異常を見出せないのに元気がでない高齢者の事例を2つ紹介しましょう。

1.74歳男性のAさん

 若い頃から三河湾で漁業を営み、70歳をすぎてもばりばりの現役で、自前の船で元気に漁を続けていました。もともと健康でしたが、5年前に健診で高血圧を指摘されてから、降圧剤を処方されていました。ただ、まじめに服薬はしていなかったようです。6ヶ月前のある朝、右手足の痺れが出現し、救急車で病院に運ばれました。軽い脳梗塞と診断され、1ヶ月の入院とリハビリで身の回りのことには不自由ない状態で退院しました。しかし、医師と家族から船に乗ることは固く禁じられ、本人も自信を失い、漁をやめて、いわゆる「おか」に上がった生活となりました。最初のうちは日中散歩したり、好きな競艇に出かけたりしていたのですが、3ヶ月すぎたあたりで、自宅から出られなくなりました。妻には「体がだるい」「夜ねむれない」「何も楽しいことがない」「もう自分は生きていても仕方がない」といい、時折泣いているときもあるようでした。「男らしさ」を売り物にしていたAさんが泣いているのをみて、家族はただ事ではないと感じました。しばらくして、欄干にかけた紐で首をくくろうとしていたのを発見され、精神科受診となりました。初診時の血圧158/94、血液検査、心電図では特記すべき異常なし。頭部MRIでは両側基底核にラクナが多発している所見のみ。もの忘れの検査では長谷川式知能スケール20点と軽度に低下していました。

2.66歳女性のBさん

 もともとは大変快活で、なんでも自分でやってしまう、人の世話も大好きな女性であったそうです。医者要らずで常用薬はありません。1年位前から、好きなカラオケを「つまらない」と言ってやらなくなり、友人に誘われてでかけても途中で無断で帰ってしまうことがありました。身だしなみにはうるさい人でしたが、半年くらい前からは、整髪もせず、パジャマで買い物に行き、お金を払わないまま出て行こうとして店の人に止められたこともありました。次第に自宅から出なくなり、自室でぼんやりと過ごすようになってきました。何を聞いても「はい」と「そうね」しかいわず、悲しいというわけでもなく、周りに無関心な様子になってきました。家族の人が心配して精神科受診となりました。初診時、家族に連れられて診察室に入りましたが、おちつかず、すぐに外へ出て行こうとします。何とかなだめて頭部CTをとったところ、前頭葉と側頭葉の皮質の萎縮がみとめられました。血液検査、心電図は異常なし。血圧138/64。

図1

2.診断

 Aさんは、生活習慣病がありながら、治療不十分なままでいるうちに、脳梗塞を発症しました。身体機能は回復したのですが、仕事もふくめた生活機能の低下、生活範囲の狭小化が生じた症例です。そこから、抑うつ気分、自殺念慮など典型的なうつ症状が出現してきました。ここまでくると「うつ病」として診断できます。高齢者のうつ病は、若い頃発症してそのまま慢性化した症例を除くと、多くの例では自分の身体不調、身体疾患罹患が発症契機になっています。高齢者はさまざまな要因で生活機能が低下しますが、そこからうつ病、認知機能低下などの「老年症候群」に結びつきやすいのが特徴です(図1)。この症例もそうです。「元気」がなくなったのは「うつ病」に罹患したためであり、薬物、精神療法による治療や介護サービスの導入が求められます。

表1 うつ状態とアパシーの違い

  うつ状態 アパシー
基盤にある病態 機能性、心因、環境因 器質性、慢性脳障害、全身衰弱
症状 悲哀感、喜びの喪失、精神運動抑制、焦燥感 意欲低下、無関心
認知症との関連 合併することもあるが、典型的症状を示さないことが多い 認知症にともなう精神症状のひとつである
評価法 GDS、CES-Dなど やる気スコア、意欲の指標
治療法 抗うつ剤、急性期は精神的安静 脳賦活剤、作業療法などの非薬物的アプローチ

 Bさんは、自閉的生活をしていて「元気がない」という点では、Aさんの症例と同じですが、全く違う症状を呈しています。抑うつ気分はなく、周りの様子に無関心で、行動異常が目立っています。この症例でみられる「うつ」とよく似た状態は意欲低下(アパシー)と呼ばれています。アパシーは認知症にともなって出現することがほとんどであり、Bさんの症例は「前頭側頭型認知症」と考えられます。うつとアパシーの違いを表1にまとめました。うつとアパシーは、全くちがう症状なのですが、実際には「うつ状態」と間違われて抗うつ剤や抗不安薬を投与され、ますます意欲低下が進行している事例を見かけます。

表2

症状 基礎疾患・状態
抑うつ気分、自分を責める うつ病
低活動せん妄 身体疾患
薬剤性
意欲低下(アパシー) アルツハイマー型認知症
血管性認知症
前頭側頭型認知症
その他の認知症

「元気のない」高齢者のなかにはさまざまな症状・原因疾患が背景にある場合があります。上記に示した症例のほかに、薬剤や身体疾患の影響で、意識がぼんやりとした状態(せん妄状態)になっていることが「元気のない」状態に見えることもあります。せん妄というと1週間くらいで改善する印象がありますが、なかには月単位で遷延化し、認知症と間違えやすい場合もあります。「元気のない」高齢者を診察するときは、年のせいと決め付けず、治療・ケアの可能性について考慮することが求められます。表2に「元気のない」高齢者の見極め方の概略をまとめました。参考にしてください。

3.高齢者うつ病治療のトピックス

うつ病に対する反復性経頭蓋磁気刺激治療
repetitive transcranial magnetic stimulationrTMS)について:

図2

 rTMSは、非侵襲的に大脳皮質を刺激し神経機能を修飾して変化させる(ニューロモデュレーション)手技の一つです。もともと、パーキンソン病や脳梗塞後の麻痺の治療に用いられてきましたが、うつ病への治療効果も確立されています。最近のメタ解析ではeffect size0.55とされています。抗うつ薬のeffect size0.37、電気けいれん療法(electroconvulsion therapyECT)では0.91とされていることから、rTMSの抗うつ効果は抗うつ薬以上ECT以下ということになり、効果は期待できます。また、侵襲性が低い点で、ECTより利便性に優れています。
 現在我が国において、rTMSはうつ病治療の医療器具として認可されていないため、研究目的もしくは自由診療の範囲で用いられています。国立長寿医療研究センター精神科では、rTMSを高齢者のうつ病治療に応用することを念頭に、2014年4月から研究を開始しています。特に認知症に伴う抑うつ症状に対する薬理学的介入に関しては、その治療効果が疑問視されていることから、rTMSの効果が期待されます。図2は装置の全体像です。

4.おわりに

長寿社会は、単に「長生きしている」高齢者が多いということではなく、「元気な」高齢者が増えることが理想です。もちろん、自然の流れに棹をさすことは無理ですが、元気のなさが病気からきているなら、それをしっかりと見極めて、できる限りのことをしてあげることが、医療・介護に求められていることだと考えます。当センター精神科がささやかでもお役に立つことができれば幸いです。


長寿医療研究センター病院レター第56号をお届けいたします。

 服部先生が、元気のない高齢者の見分け方をたいへん分かりやすく解説してくれました。先生に確認しましたら、うつは、「もうだめだ」「体調がわるい」「死にたい」など、気分・感情の異常で、自分の状態について過剰なほど表現することがほとんどですが、アパシーは、意欲の障害で、周りの状態にも自分の状態にも無関心であり、言及することはまれということでした。

 専門医でないとベッドサイドで見分けることは、難しいかもしれませんが、元気のないお年寄りに接するときには、うつ状態、せん妄、アパシーのうちのどれかに該当するかもしれないと意識するだけでも、見落としなどが減るのではと期待されます。
 また、当センターに導入されている rTMSは、まだ研究段階ですが、認知症に伴う抑うつへの効果も、今後、先生方へご報告できる日が近いものと楽しみにしております。

院長 原田敦