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虚弱(フレイル)の評価を診療の中に

病院レター第49号 2014年3月25日

高齢者総合診療科 佐竹昭介

はじめに

 私の所属する高齢者総合診療科では、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症などの生活習慣病はもとより、認知症、骨粗鬆症、膠原病、甲状腺機能障害など、多数の疾患を併せもつ高齢者の診療をしています。多くの方々は後期高齢者ですが、元気に歩いて診察室へ入って来られる方もあれば、車椅子やストレッチャーでおみえになる方もあり、さまざまな「老い」のプロセスを実感します。生後の成長過程においては、遺伝的な要因に規定される部分が大きく個体差が少ないのに対して、老いの過程では、遺伝的要因のみならず長年の生活習慣や環境の要因が大きく関わるため、三者三様の多様性を呈します。
 このように多様な高齢者を、総合診療という立場で診ていると、ガイドラインに従って管理されているのに、かえって調子が崩れてしまう患者さんにしばしば遭遇し、困惑することがあります。例えば、血圧の管理は理想的になったのに、転倒を繰り返すようになった、とか、血糖の管理は改善しているのにむしろ元気がなくなってきた、などというケースです。高齢者診療が若年・壮年者と異なっていることを強く実感する場面ですが、このような違いが出てくるのはなぜなのでしょうか?

図1.フレイルの位置付け 1)を改変

年齢よりも重要な指標?

 高齢者人口が国民約4人に1人となった我が国を先頭に、世界の先進諸国も超高齢社会を迎えつつあります。このような社会における高齢者の医療としては、単なる生物学的寿命を延長するのではなく、生命の質も視野に入れた健康寿命(介護の必要なく過ごすことのできる期間)の延長が重視されています。
 私たちは生命のエネルギーにより個体という独立した世界を維持していますが、いつかは自然の流れに身をまかせる日がやってきます。このような経過を図示してみます(図1)(1)。縦軸は身体の予備能力を表し、横軸は加齢という時間軸を示します。加齢が進むにつれ、身体の予備能力は低下し、一定以上に低下すると、日常生活に介護が必要になっていきます。そして多くの場合、その経過の中で、自立した生活をできているけれども健康障害をおこしやすい、身体の機能が低下した時期が訪れます。この時期は、健康寿命の範疇ではありますが、要介護状態の前段階でもあり、いわゆるグレーゾーンと考えられます。この脆弱な状態を、老年医学的には「虚弱(フレイル)」と呼び、早期に発見し適切な介入をすることが重要であると考えられています。
 この「虚弱(フレイル)」という指標が注目された理由の1つは、年齢とは独立して、健康障害や死亡の予測因子になることが明らかにされたためです。冒頭にお話しした「老いの多様性」は、年齢という時間軸で見た場合に見られる事象ですが、「虚弱」という座標軸を加えると、年齢だけで見ていた時とは別の風景、つまり一定の法則性が垣間見えるように思われるのです。では、非特異的で実態がつかみにくいこの「虚弱」とはどのようなものなのでしょうか?

虚弱の特徴

 今、目の前におられる高齢の患者さんをご覧になり、その方が虚弱高齢者であるか否かをどのように判断されますか?なんとなく弱々しそうで、すぐに病気になって、自分のことができなくなってしまう、そのような患者さんをどのような視点で評価したらよいでしょうか?

図2:虚弱の有無と生存曲線 2)

 米国のLinda P. Friedという先生は、すぐれた観察から、虚弱の特徴として現れる徴候(「虚弱の表現型」と呼ばれています)は、次の5つに集約されることを発表しました(2)。それは、

  1. 力が弱くなること
  2. 倦怠感や日常動作がおっくうになること
  3. 活動性が低下すること
  4. 歩くのが遅くなること
  5. 体重が減少すること

です。このうち、1つも当てはまらなければ「健康(頑強)」、1つか2つに当てはまる場合は「前虚弱」、3つ以上に該当すると「虚弱」と考えるのが適切である、としています。Fried先生たちは、Cardiovascular Health Studyという地域在住高齢者の疫学調査でこの基準を用い、健康障害(入院・転倒・生活障害の発生)や死亡率が有意に虚弱高齢者で多いことを報告しました(図2)(2)

図3:虚弱サイクル 3)を改変

 さらに、これらの「虚弱の表現型」を構成する5つの要素は、互いに関連しあって身体機能の悪化に拍車をかけることを示しています(図3)(3)。このような悪循環を「虚弱サイクル」と呼び、健康寿命を阻害する病態として注意を喚起しています。このモデルの中では、「低栄養」と「サルコペニア(筋肉量減少症)」が中核として位置づけられており、数多くの消耗性疾患が引き起こす「低栄養」や「サルコペニア」はすべて虚弱の増悪を招きます。

高齢者診療における虚弱の位置づけ

 多様な高齢者の診療の中で、虚弱の指標を含めて診療をすると、今までとは異なることに気づきます。冒頭に提示した症例、つまり、血圧の管理がうまく行われているのに転びやすくなる例や、血糖の管理がきちんとされているのに元気がなくなる例は、実は虚弱高齢者であることがほとんどなのです。このことは、海外の研究者も指摘しており、歩行に問題がある虚弱高齢者ではむしろ血圧の管理をする方が予後が悪い、という報告さえあるのです(4)。虚弱な高齢者では、体の内的環境を維持する恒常性維持機構が低下しているため、その治療や管理のあり方は慎重である必要があります。医師は安易に薬という手段で対処しがちですが、ストレスに弱い虚弱高齢者の特徴を踏まえると、薬剤を用いない治療、用いても匙加減程度の調整で管理することこそが、虚弱高齢者の健康寿命延長には重要なのだと思われるのです。
 近年の高齢者医療で注目されている虚弱という概念。世界中の老年医学に関わる医師たちは、その概念を診療に取り入れることを推奨しています。

おわりに

 ヒトには寿命という限界があり、老いの坂道を下る過程の中では、個々の能力に応じた管理計画や治療方針が必要です。虚弱は、注意すべき老年症候群の1つであり、その視点を取り入れた診療が普及することを願っています。

参考文献

  1. 葛谷雅文. 老年医学におけるSarcopenia & Frailtyの重要性. 日本老年医学会雑誌. 2009;46(4):279-85.
  2. Fried LP, Tangen CM, Walston J, Newman AB, Hirsch C, Gottdiener J, et al. Frailty in older adults:evidence for a phenotype. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001 Mar;56(3):M146-56.
  3. Xue QL, Bandeen-Roche K, Varadhan R, Zhou J, Fried LP. Initial manifestations of frailty criteria and the development of frailty phenotype in the Women's Health and Aging Study II. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2008 Sep;63(9):984-90.
  4. Odden MC, Peralta CA, Haan MN, Covinsky KE. Rethinking the association of high blood pressure with mortality in elderly adults: the impact of frailty. Arch Intern Med. 2012 Aug 13;172(15):1162-8.

長寿医療研究センター病院レター第49号をお届けいたします。

 フレイルは、以前は虚弱と訳されていたが、フレイルから一方通行で要介護になるのではなく、筋力や歩行などは改善例も少なくないことから、動揺性を含めたニュアンスを有するフレイルが日本老年医学会の用語として決定されました。
 フレイルは、移動や筋力だけでなく、認知機能、うつ、社会的交流の要素を含み、外科手術などでは、これを評価することが最も予後の予測になるという論文が多くみられます。
 フレイルによって起きてくる臨床症状は、老年症候群の主要なものを多く含み、フレイルの診断と治療、予防に正面から立ち向かうことが、これからの高齢者医療の最も重要な要素の一つといえます。
 本レターでは、フレイルをわかりやすく解説してあります、みなさんの理解の助けになれば幸いです。

院長 鳥羽研二