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循環器医がみつめる臓器老化と認知症

病院レター第34号 2011年9月27日

循環機能診療科医長
清水敦哉

 循環器領域の日常診療は、高血圧・狭心症・心筋梗塞などの動脈硬化性疾患群と、心不全の治療に集約されます。動脈硬化・心不全とも、当循環器科の主要なテーマである「加齢に基づく疾患」です。当施設の主なテーマである認知症は、循環器領域の診療とはかけ離れたところに位置する疾患と思われがちですが、2010年に米国心臓病学会が主導・策定した心血管病予防戦略的プランでは、認知症の予防が主要目的として明記されることになりました。

(As the American Heart Association launches its new strategic plan to improve the cardiovascular health of all Americans by 20%, a greater focus on ideal cardiovascular health will likely lead to improved brain health and therefore cognitive health.)

 このような背景のもと、当科では日常診療や循環器領域の臨床研究と並行して、認知症に関連した外来診療・臨床研究も進めています。今回は、臓器老化の観点から動脈硬化と心不全の関連について、そして循環器疾患が認知症にどのように関わっているのかに焦点をあてて述べてみたいと思います。

臓器老化と循環器疾患

すべての臓器において、「老化」による変性と機能低下は時間の経過とともに必ず進行していきます。われわれ循環器科医の扱う臓器で「老化」と最も密接にかかわりあっているのは血管と心臓ですので、この2つの臓器の老化のあらましについて示すことにいたしました。

1)血管の老化:

生後間もない新生児の血管は弾力性に富んでおり、内腔に付着物は全くなく、まして狭小化しているような場所も認められません。しかし、一般に10歳を過ぎるころから徐々に血管に変性が出現し始めると推測されています(図1)。このような血管の変性は一般に動脈硬化と呼ばれており、これこそが血管の老化現象であると言えます。

図1:Prevalence Maps of Fatty Streaks and Raised Lesions for theLeft Halves of the
Thoracic Aorta and the Abdominal Aorta. The maps for fatty streaks are displayed in
banded isopleths. The maps for raised lesions are displayed in expanded banded isopleths.
(Strong, J. P. et al. JAMA 1999;281:727-735)

 さて、動脈硬化という言葉自体は頻繁に耳にしますが、意外なことに動脈硬化の病態がどのようなものかという説明はあまり見かけません。動脈硬化とはどのようなものであり、高齢者の病態とどのように関連しているのでしょうか。実は、動脈硬化とは、2種類の血管変性現象をひとくくりにした用語です。ひとつは血管の内側にコレステロールや線維を主体としたplaqueと呼ばれる「ごみ」が付着し、内腔を狭小化・閉塞させる現象です。その結果、臓器への血液の供給が不足・枯渇し、一過性脳虚血や狭心症、時には脳梗塞や心筋梗塞などの重篤な臓器障害が引き起こされます。もうひとつは、血管壁に線維が過剰に増生することにより、血管壁が硬化し、弾力性が失われる現象です。どちらかというと、前者のみを動脈硬化と認識されている方が多いようです。そもそも血圧の調節は、血管の適切な収縮と拡張により行われています。従って、血管の硬化性変化の進展によって、血圧は過剰に上昇や低下を起こし易くなり、時には血圧上昇による頭痛や脳出血、あるいは血圧低下によるめまいや意識消失が出現します。高齢者がしばしば訴える頭痛やめまいは、実は動脈硬化に基づく症状であり、時には精査の必要な病態であるということができます。
 動脈硬化の厄介なところは、これが老化現象であるということです。老化とは常に一方向性であり、巻き戻すことはできません。したがって、現在、われわれが行っている高血圧治療をはじめとする動脈硬化に対する治療の目的は、進んでしまった時計の針を戻すことではなく、治療によって時計の針の進みを緩やかとし、更なる動脈硬化の進展を抑制することにあるといえます。

2)心臓の老化:

 若年者の心臓は、柔らかく弾力性に富んでいます。いっぽう、高齢者では心筋と心筋の間に不要な線維が増殖し、弛緩性の悪い固い心臓になってしまっています。このような変化が心臓の老化現象であるといえます。
 では心臓の老化は、高齢者の病態とどのように関連しているのでしょうか。答えは、高齢者の活動性をゆっくりと低下させ、徐々に動作を緩慢にさせるということです。「老化によって心臓が固く変化することが、どうして心機能を低下させたり、活動性を低下させるんだ!」と、疑問に感じられる方も多いと思われますが、その解答は以下のごとくです。固く変化した心臓では、拡張相で十分に拡がることができなくなって心腔内にため込む血液の量が減少し、その結果、一回の心収縮によって押し出す血液が著しく減少してしまいます。心臓が全身に送り出す血液量は、一回の心収縮によって押し出される血液量と心拍数の積算により算出されますから、一回の心収縮により押し出される血液量の減少は、全身に送り出す血液量の減少へと直結します。いっぽう、運動耐容能は筋肉への酸素供給量により規定されていますので、高齢者では心機能の低下を介して運動耐容能が低下するというわけです。
 我々医療者は、多くの高齢者が加齢とともに徐々に活動性が低下する理由として、つい筋力低下や関節痛などの整形外科疾患に原因を求めがちです。しかし、近年、高齢者のほとんどが拡張不全に基づく心機能低下を抱えていることがわかってきました。高齢者の活動性の低下の原因として、心機能低下は常に念頭に入れておく必要があるものと推測されます。

循環器疾患と認知症

図2:日本人の認知症病型比率

 近年の研究成果の結果、認知症は2種類に大別できることがわかってきました。ひとつはアルツハイマー病を代表とする変性疾患としての認知症、そしてもうひとつは、脳血管障害や脳循環不全に起因する脳血管型認知症です。近年の統計から、日本人の認知症の基礎疾患としてもっとも多いものはアルツハイマー病、そして二番目が脳血管型認知症ですが、実際には混合型が2割を占めています(図2参照)。循環器領域と密接に関与しているのは、言うまでもないことですが、脳血管型認知症です。ただし、アルツハイマー病の進行には脳梗塞や微小脳循環が関与していることも示唆されており、この観点に立てば、循環器科は認知症の二大基礎疾患の双方に関連していると言えます。
 さて、脳血管型認知症は、脳血管の動脈硬化の進行に起因します。動脈硬化を進行させるといわれる基礎疾患(例えば高血圧・糖尿病・高脂血症・あるいは喫煙など)に対する治療によって認知症の発症を予防することが可能となりますが、すでに発症してしまった患者への有効な治療法は存在しません。ところが、脳血管にも血管拡張作用を持ったタイプの降圧薬(Ca拮抗薬・ACE-I・ARB)の投与によって、わずか1年半の観察期間であったにもかかわらず、有意に認知症の発症を抑制したことが報告されています(文献1,2)。常識的には、降圧薬が、極めて短い期間に長年にわたる動脈硬化による血管変性を改善し、血管を正常化したとは考えられません。血管拡張型降圧治療薬の認知症抑制作用機序に関するさらなる検討を進めていく必要があると思われます。
 1990年代半ばより、心房細動や心不全といった低心機能を呈する患者では、大脳白質病変(一般に脳障害を反映するといわれています)が高頻度に存在することや(文献3)、認知機能が全般に低下していること(文献4)が報告されています。さらに2010年には Jeffersonらによって、心機能が低下した患者では脳の萎縮が顕著であるということが明らかにされました(文献5)。むろん、脳の委縮が認知症の発症に直接結び付くわけではありませんが、心機能と認知症の発症との間に何らかの関連性を示唆する報告であると考えられます。心機能と認知症の関連性に関し、当院においてもさらに検討をしていきたいと考えています。

参考文献

  1. The PROGRESS Collaborative Group* Effects of Blood Pressure Lowering With Perindopril and Indapamide Therapy on Dementia and Cognitive Decline in Patients With Cerebrovascular Disease. Arch Intern Med. 2003; 163: 1069-1075
  2. Syst-Eur Investigators Prevention of dementia in randomised double-blind placebo- controlled Systolic Hypertension in Europe (Syst-Eur) trial. Lancet 1998; 352: 1347–51
  3. Jefferson AL, Poppas A, Paul RH, Cohen RA. Systemic hypoperfusion is associated with executive dysfunction in geriatric cardiac patients. Neurobiol Aging. 2007;28:477-483
  4. Qui C, Winblad B, Marengoni A, Klarin I, Fastbom J, Fratiglioni L. Heart failure and risk of dementia and Alzheimer disease: a population-based cohort study. Arch Intern Med. 2006; 166: 1003-1008
  5. Jefferson AL, Himali JJ, Beiser AS, Au R, Massaro JM, Seshadri S, Gona P, Salton CJ, DeCarli C, O'Donnell CJ, Benjamin EJ, Wolf PA, Manning WJ. Cardiac index is associated with brain aging: the Framingham Heart Study. Circulation. 2010; 17; 122(7): 690-7.

長寿医療研究センター病院レター第34号をお届けいたします。

 米国で大規模な研究のまとめとして、認知症の発症には高血圧が危険因子であることが確かめられ、高血圧の適切な治療が発症予防に有効であることも示されています。アルツハイマー型認知症という神経が変性して神経細胞が減っていく病気でも、脳の循環障害が病気の進行を早くする可能性が示されてきました。心臓や、血管といった動脈硬化と脳神経を結ぶ研究はこれから有望な分野で、今回はその基本的な知識をお届けします。

院長 鳥羽研二