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高齢者のヘルニア

病院レター第26号 2010年5月28日

第一外科医長 深田伸二

 ヘルニアとは体内の臓器などが体腔の内側を覆っている膜(腹膜など)に覆われたまま、本来あるべき部位から脱出した状態を指します(図1)。腹部に多くまた小腸が逸脱することが多いので、俗に「脱腸」と呼ばれますが、卵巣や膀胱が脱出する場合があり、医学的には正しいとはいえません。
 ヘルニア内容の臓器を正常な位置に戻せる場合は、還納性であるといい、還納できないものをヘルニア嵌頓といいます。嵌頓してヘルニア内容に血行障害が起こった場合は絞厄性ヘルニアといい、非常に激しい痛みを伴います。放っておくと腸閉塞や腸管の壊死を起こし、命に関わる状態になります。一般的にはヘルニア嵌頓発症後6~12時間以内に還納できれば腸管の壊死は起こらないとされており、還頓を発症してもすぐに医者(できれば外科医)のところで用手還納していただければ特に問題とはなりません。

図1 ヘルニアの模式図

 ただ、高齢者の場合ではヘルニア嵌頓を起こした時でもそれほど痛みを訴えない場合があります。食欲が急に落ちたとか、おなかが急に張ってきたといった症状しか示さないこともあります。また、認知症を伴っている場合には痛みすら訴えてくれないこともあります。さらに夜中に起きたときには家族に遠慮して朝まで我慢してしまい、手遅れ(腸管の壊死)になってしまう場合も経験します。
 今回はとくに高齢者で注意を要する、閉鎖孔ヘルニアと大腿ヘルニアについて当院での症例を示しつつ留意点をお話したあと、一番頻度の高い鼠径ヘルニアについてはその手術術式の変遷などについてお話しさせていただきます。

1.閉鎖孔ヘルニア

図2 症例1のCT所見:閉鎖孔から脱出した腸管を認める(矢印)

 骨盤ヘルニアの1つで、骨盤の奥の方にある小さい孔「閉鎖孔」といわれる部分から脱出するヘルニアです。まれな病気ではありますが、高齢者のやせ形の女性に比較的多く見られるヘルニアで、外見からは診断がつかず、還頓して腸閉塞症状をきたし、CTなどの検査で初めて判明することが多い疾患です。手術歴のない高齢女性の腸閉塞症例ではまず疑って見る必要のある疾患です。当院で経験した症例を呈示します。
 症例1(図2):嘔吐を主訴として来院された、手術歴のないやせた90歳女性。腹部所見では腹部は膨満するも柔らかく、圧痛もなし。CT所見などから右閉鎖孔ヘルニア嵌頓と診断し手術施行。小腸部分切除とヘルニア修復術を施行。

2.大腿ヘルニア

 高齢経産女子に多いヘルニアです。鼠径靱帯の直下に起こり、比較的小さなふくらみのことも多く、ちょっと見ただけでは気付かず、鼠径靱帯の下を触診して初めてわかることも多いようです。嵌頓を起こしやすく、腹痛や腸閉塞症状で来院される症例も多いので、そういった症状の患者がみえたときの腹部診察時には、衣服を鼠径部まで下ろして観察と触診をする必要があります。ヘルニア嵌頓症例を呈示します。

図3 症例2のCT所見:大腿ヘルニア嚢内の腸管と液貯留を認める(矢印)

 症例2(図3):下痢と嘔吐および軽度の腹痛を主訴された83歳女性。腹部所見で右鼠径部あたりに発赤、圧痛あり。右大腿ヘルニア嵌頓・絞厄性イレウスと診断し、緊急手術施行。回腸末端から210cmの小腸が嵌頓し、ヘルニア嚢内に穿孔していた。小腸部分切除・ヘルニア根治術を施行。

3.鼠径ヘルニア

 腹部のヘルニアでは一番一般的で、いわゆる「脱腸」はこれを指します。男性に多い傾向があり、80%以上が男性です。太ももの付け根で、鼠径靱帯の上方に起こり、鼠径部にこぶのようなふくらみが見られ、さわると柔らかく、普通は押さえると引っ込みます。しかし、次第に大きくなって不快感や痛みを伴ってきます。乳幼児から成人、高齢者まで様々な年齢層で発症する可能性があります。乳幼児の鼠径ヘルニアはほとんど先天性のものであり、成長により自然によくなる場合もありますが、高齢者の場合はおもに加齢による身体の組織(筋肉や筋膜など)の脆弱性が原因であり、自然によくなることはありません。腰にベルトを巻き脱腸(ソケイヘルニア)の脱出部を圧迫する装具(脱腸帯、ヘルニアバンド)というものもありますが、嵌頓などに対する予防効果はないとされており、根本的な治療にはなりません。さらに長期間使用すると局所の皮膚炎をおこすこともあり、注意が必要です。あくまで一時的に症状を緩和する方法と考えたほうが良いと思われます。薬による治療法はなく、手術が唯一の治療法であるといえます。ただ、鼠径ヘルニアは良性疾患であり、絶対手術をしなければならないというものではありません。手術は確かに痛いですし、小さいながらも危険を伴います。嵌頓にさえ注意して対応することできれば、併存症などのためにリスクの高い症例では、そのまま手術をせずに様子を見ていくという選択肢もあります。
 高齢者におけるヘルニア手術では、その他の脳血管障害、心機能障害や認知症などの並存症の合併があることと内服薬に注意を必要とします。たとえば、脳梗塞後などには再発や合併症予防などの意味で血液が固まらないためのお薬(血液抗凝固薬や血小板凝集抑制薬など)を飲み続けていらっしゃる方が高齢者では比較的よく見られます。しかし、手術をするとなるとこういった薬は一時中断していただく必要があります。薬を中断している間に予防していた病気や合併症が再発してしまう危険性があり、さらに高齢の方は手術後に(入院という生活環境変化だけでも)術後せん妄といって、不穏な異常行動を起こしてしまうこともあります。高齢者をお世話している家族の方は、入院したらぼけてしまったとびっくりしてしまうかもしれません。しかし、このせん妄状態は真のぼけ(認知症)とは違い、急性で一過性なものであり、術後1週間もすると落ち着いてきます。ただその間は昼夜逆転して、夜間に大声を出して暴れたり、ベッド上に立ち上がったりとかすることもあり、転倒や骨折などの危険も増え、その面倒を見るのには看護師さんだけでは大変で、家族の方の協力をお願いすることもあります。
 現在一般的には、立位、腹圧でわずかに膨らむ程度のものは様子を見ることも可能ですが、大きく腫れたり、痛みがあったり、腸管などの内臓が脱出するものは手術をお勧めしています。当院ではソケイ部斜切開前方アプローチによるメッシュ補強術を基本としています。傷の大きさは5~8cm程度です。皮膚、腱膜を切開しヘルニアの袋を剥離、切除または結紮しメッシュという人工物で腹壁を補強します。手術時間は30~40分程度です。皮膚は抜糸しなくても良いように溶ける糸で縫合します。

図4 メッシュプラグ法(PerFix)

 鼠径ヘルニアはわれわれ外科医が最も古くから治療対象とした疾患の1つであり、外科医にとっては基本的なものであります。多くの外科医の努力により基礎的な鼠径部解剖の理解から手術方法の改良、さらに人工材料の導入といった劇的な進歩がもたらされ、現代に至っています。100年以上も前にBassiniは鼠径ヘルニア術後再発率を10%と報告しましたが、近年でも従来法での成績は長期観察後の再発率は10%以上と全く改善が得られていませんでした。再発ヘルニアの40%程度は術後5年目以降の晩期再発であるとされており、手術の時点で健常と思われる組織を用いて修復を行っても、時間の経過とともに組織の脆弱性が進行し晩期再発が起こってくるからと考えられます。これに対しては脆弱性が起こらない組織やメッシュなどの人工材料を用いるしか手段はないようです。Rutkowの開発したメッシュプラグ法はその再発率の低さと手技の簡単さ、筋肉の緊張による術後の痛みが少ないことなどから現在最も多く行われる術式であります(図4)。しかし、メッシュ法の欠点として、人工物挿入による術後不快感、術後晩期に起こる慢性の鼠径部鈍痛の頻度が7.6~16.4%と高率であるとされること、創感染を起こした場合はメッシュ除去が必要となることがあること、漿液腫形成、メッシュの収縮による再発も低頻度(0.2%未満)ながら存在することなど、解決すべき問題も残されています。そのために最近では、PHS法(図5)や従来のものよりポリプロピレン含有量の低い、light weight mesh(図6)や半吸収性素材のメッシュによる法などに移行してきています。現在は手術手技のみならず挿入人工物材料の是非を科学する時代となってきているわけです。ヘルニアの術式は近年になっても進歩し続けています。

図5 PHS法

図6 light weight メッシュプラグの1例
(Proloop)

4.おわりに

 現在日本では、鼠径ヘルニア症例は14万人と推定されていますが、我慢していたり、「恥ずかしい病気」のイメージがいまだあって、受診を渋っている潜在的な患者さんもかなり多いと推定されます。こういった症状の方がみえましたら、一度は当院外科を受診してもらうようにご指導ください。


長寿医療研究センター病院レター第26号をお届けいたします。

 年を重ねると、腸を取り巻く筋肉靭帯が緩くなります。女性の出産や、肥満なども悪化要因です。ヘルニアは、脱腸などといわれ、恥ずかしいけれど、病気ともいえないと思われる方も多いと思いますが、骨がもろくなったり、足が弱ったりすることと同じように予防や治療が行われています。
 今回は、特に進歩の著しいヘルニア手術に用いる道具によって、一度手術すれば安心といった世界に大きく近づきました。このレターを診察待合いなどに置いていただき、心あたりのある方が気軽にご相談できるようお願いいたします。

院長 鳥羽研二