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特発性正常圧水頭症(iNPH)の有病率と画像診断のポイント

病院レター第21号 2009年7月31日

脳血管性認知症科医長
(脳神経外科)文堂昌彦

1.特発性正常圧水頭症とは?

 特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus, iNPH)はくも膜下出血などの先行疾患なしに脳脊髄液貯留による脳室拡大を来たすことによって,歩行障害と認知機能障害,尿失禁を来たす高齢者に特有の症候群で,髄液シャント手術によって症状の改善が期待でき,「治療可能な認知症」として注目されています.2004年にわが国で診療ガイドラインが出版されたことで,一般臨床の場において疾患の周知と理解が促されました.iNPHの病因・病態においては未解明の部分が多いため,ガイドラインには試案的な記載も多く,今後改訂の余地が残されています.しかし,ガイドライン出版に前後した関心の高まりは目覚しく,iNPHについての学会・論文発表数も飛躍的に充実してきています.また,SINPHONIと名づけられた全国規模の多施設共同研究が行われ,これらの研究によって更に新たな知見が見出され,iNPH診療の発展に繋がっていくものと期待されています.

2.特発性正常圧水頭症の頻度

 「治療可能な認知症」として注目されてはいるものの,iNPHはさほど頻度の高い疾患とは認識されていませんでした.世の中にどれぐらいiNPHの患者さんがおられるかということは実はよくわかっていません.そもそもiNPHは術前診断が容易ではなく,シャント手術の効果が確認されて初めて確定診断がつきます。そのため,手術を受けない症例も含めた有病率の確認は極めて困難なのです.ところが,最近,手術の有無にかかわらず「臨床症状と画像診断からiNPHの特徴を兼ね備えている症例」の頻度が報告され、その結果は興味深いものでした。Hiraokaらの報告(2008)では65歳以上の高齢者170人中の5人(2.6%)に,Isekiらの報告(2009)では、61歳および70〜71歳の高齢者790人中の4例(0.51%)にiNPHの特徴を満たす症例が認められました.後者ではその後の追跡で2~3例の増加が認められたとのことであり,前者は症例数が少ないので,すこし加減して考えるとしても,おおよそ高齢層の1%前後にそのような患者さんがおられることになります.一方,SINPHONI研究では「臨床症状と画像診断でiNPHの特徴を兼ね備えている症例」の80%でシャント手術が効果的であった(iNPHと確定された)と発表されました.これらの数値から類推すると,iNPHの有病率は高齢人口のおよそ0.8%ということになります.アルツハイマー病の有病率が0.6〜4.6%,パーキンソン病で0.1〜0.15%程度とされていますので,iNPHはアルツハイマー病の数分の1,パーキンソン病よりも随分多いということになり,一般的に持たれている印象よりもかなり多い有病率であると考えられます.しかし,私たちが病院で経験する患者さんの数はどうであるかというと,ある病院の物忘れ外来に受診した患者さんの3.5%iNPHであったという報告があります (Bech-Azeddine R, 2001)。また、受診した認知症患者さんの51%がアルツハイマー病であり,iNPH1.5%であったとする報告も他にあります.これらの頻度は私達の感じている印象に近く,病院受診者の中ではiNPHはアルツハイマー病の50分の1ぐらいの割合ということになります.高齢人口の中の有病率と病院受診者中の割合との間でこのような違いがあるということは,病院にかかられない潜在的なiNPH患者さんが相当数おられ,これまでの印象よりもiNPHの患者数は「案外多い」かもしれないことを意味しています.また,今後,高齢化に伴って,iNPHの罹患数は更に増えていくことが予想されます.手術によって機能回復が期待できるということを考えると,iNPHにより認知症になっている方の介護負担軽減が期待できます.私たちは,潜在的なiNPHを見逃さないように,診断に注意をしなければならないと思います.

3.画像診断のポイント

図1. iNPHの水平断MRI

 iNPHの診断は,特徴的な臨床症状と画像診断,および他疾患の除外によって行われます.臨床症状では歩行障害,認知機能障害,尿失禁が3主徴とされます.歩行障害は,小股,両足の間隔が広い,足の上がりが低い,転回時の不安定などの特徴を持つ「失調/失行性歩行」と称される歩容を呈するとされます.認知障害では,記銘力障害や失見当識はアルツハイマー病のほうが顕著ですが,iNPHでは前頭葉機能障害に起因する注意障害,思考緩慢などが特徴的です.排尿障害は,尿失禁のみならず,夜間頻尿,尿意切迫感が多く見られます.しかし,実際の臨床の場では,上記のiNPHに特徴的とされる症状のみでは割り切れない経験も多く,本稿では語りきれないので臨床症状についての詳細は省かせていただきます.
 画像診断として広く利用されているものは,頭部CTスキャンあるいはMRIです.水頭症といえば脳室拡大があればよいと考えてしまいますが,iNPHに関する限り,他の所見を捉える必要があります.図1のMRI画像をご覧下さい。一見して,シルビウス裂の開大が顕著で脳室拡大はさほどではなく,海馬の萎縮が強いように見受けられます.このようなMRIでは,単に脳萎縮あるいはアルツハイマー病と診断されることも少なくないと思われます.しかし,より高位のスライスに目を移せば,高位円蓋部脳溝が不鮮明で,単なる脳萎縮ではなさそうです.脳萎縮なら円蓋部にも例外なく萎縮が見られるはずだからです.水頭症というと脳室の拡大という印象が強く,シルビウス裂や脳底部髄液腔の拡大という印象が薄いために,特に水平断のみで診断を行う場合にはミスジャッジを招きやすく,注意が必要です.

図2. iNPH(図1と同一症例)の冠状断MRI
特徴的な所見を記す

 iNPHに特徴的な画像所見は,脳室の拡大,シルビウス裂の開大,前頭側頭葉底部髄液腔の拡大,高位円蓋部脳溝の不鮮明化が挙げられ,これらの所見はMRI冠状断が最も適しているといえるでしょう(図2).海馬は側頭下面の髄液貯留,側脳室下角の拡大により,見かけ上強く萎縮しているように見えることがよくあります.VSRADという海馬萎縮度を測定するMRI検査では,iNPHで著しい異常値がよく見られますが,それは海馬萎縮のためというよりは髄液貯留による見かけ上のものである考えられます.SINPHONI研究ではiNPHに多く見られるこのような特徴を,DESH (disproportionately enlarged subarachoid-space hydrocephalus)と名づけました.頭蓋内の下半分(脳室,前頭側頭葉底部,シルビウス裂)と,上半分(高位円蓋部)の髄液貯留が不均衡(disproportionate)であるというのです.これは髄液の吸収障害というiNPHの病因の一つを物語る所見であり説得力があります.MRIや最近の高性能CTでは冠状断撮影ができます.iNPHらしい症例に出会ったら,できるだけ冠状断撮影を行って診断するのが望ましいと思われます.水平断画像しか入手できない場合には,高位円蓋部の脳溝に注意して診断する必要があります.これまでに述べた特徴の他にも,円蓋部脳溝の局所的な拡大,Callosalangle(図2内の赤線)の鋭角化,脳梁の皮薄化,中脳水道や第4脳室のflow voidなどの,MRI上の所見が指摘されています.しかし,水平断撮影では円蓋部脳溝の局所的な拡大のみしか捉えることができません.

4.特発性正常圧水頭症の脳血流シンチ

図3.正常圧水頭症の脳血流シンチ.
左:左右外側からの脳表,右:左右脳の内側面.
赤色は血流の多い場所,緑色は少ない場所

 MRI以外に診断の参考となる検査のひとつに脳血流シンチがあり,アルツハイマー病など他の認知症との鑑別に意味があるとされています.SINPHONIでは脳血流低下は前方型(56%),後方型(13%),混合(前方+後方)型(31%)に分類されると報告されました.半分以上を占める前方型は,前頭側頭葉底面、シルビウス裂周辺の血流低下で,これまでに述べた髄液貯留の特色から比較的容易に説明できます.アルツハイマー病と同様に頭頂部の血流低下を来たすパターンが認められる後方型、混合型もあるとされますが,頭頂部における血流低下の原因については明らかになっていません.アルツハイマー病との合併の可能性もあり,今後,このような後方型血流低下の原因を解明していかなければなりません.iNPHでは,シルビウス裂・脳室周囲など脳脊髄液貯留している場所における見掛け上の血流低下,脳組織が密集している高位円蓋部の見掛け上の脳血流上昇が特徴的な所見といえるでしょう(図3).

5. おわりに

 今回はiNPHの有病率についての最近の報告と,診断に際して用いられるMRIおよび脳血流シンチのiNPHに特徴的とされる所見について説明いたしました.iNPHは私達が思っている以上に多いかもしれないので,見過ごさないように注意する必要があります.iNPHの診断には冠状断MRIが有用ですが,非典型的な症状や画像所見を呈する症例も多く,診断は必ずしも容易ではありません.また,高齢者によく見られる多発性脳梗塞やアルツハイマー病,変形性腰椎症など加齢に伴う様々な疾患や鑑別診断の容易でない神経変性疾患が併存することもあるため、診断がより困難となり,鑑別診断に苦慮する場合は少なくありません.高齢化社会においてiNPHの重要性は増していくと予想されるため,今後もさらなるiNPHの病態解明と診断精度の向上が望まれます.


長寿医療センター病院レター第21号をお届けいたします。

 国立長寿医療センターでは、 診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今月は、脳神経外科の文堂医長に特発性正常圧水頭症(iNPH)の有病率と画像診断 のポイントについて解説してもらいました。
 今後、病診連携をさらに緊密にして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。
 ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

副院長 加知輝彦