病院レター第15号 2008年7月16日
第一外来総合診療科 医長
三浦久幸
2006年3月に富山県射水市民病院で終末期患者さんへの人工呼吸器の取り外し問題が起こりました。当時同院に勤めていた外科部長が2000年から2005年までの間に7名の終末期患者さんの人工呼吸器を取り外したことが明らかとされました。この問題に関しては現時点まで立件はされていませんが、人間の尊厳を考えた延命処置の中止を、殺人と同様の事件として扱われることに多くの医療関係者から疑問の声が上がりました。その一方で、医事法や生命倫理学の専門家は、この「呼吸器取り外し」の際に患者本人の意思を確認しないまま、担当医が家族の同意のみで延命中止という極めて重要な医療判断を行ったことを最も重視しました。このように延命処置の中止が社会的問題となったことを受け、2007年5月に厚生労働省が終末期医療に関する国として初のガイドラインを発表しました。いままで高齢者に限らず、終末期の医療判断は、担当医師とご家族の意向で決められることがほとんどでしたが、このガイドラインでは、今後延命処置など重要な医療決定を下す際は、患者本人の意思を尊重し、ご家族と医療チーム皆が話し合いで決めて行くということを定めました。このような動きの中、2007年5月(厚労省ガイドライン発表とたまたま同時期の開始)に当センターの終末期医療研究班の活動の一環として「私の医療に対する希望(終末期になったとき)」の調査を開始しました。この取り組みに関しましては、患者さんだけでなく、一般の方や医療関係の方々から多くの問い合わせが寄せられました。私どもの取り組みの内容をよりご理解いただけるよう、この号ではQ&A形式としてお示ししたいと思います。
2004年3月に当センターが発足した当初から、終末期医療はセンターでの重要なテーマの一つでした。これに対しセンター内の医師・看護師を中心とした「終末期医療研究班」が作られ、生命倫理学の専門家や近隣の医師会の方にもご参加いただき、これからの高齢者の終末期医療のありかたを検討してきました。研究班が行った現状調査で最初に明らかとなったのは、特に75歳位以上の高齢者の最期では人工呼吸器や栄養補給などをするかしないかの重要な判断の際に、患者さんご本人の(事前の)意思が確認できず、ご家族と主治医が繰り返し話し合いを持っても、ご家族間の意見が一致しないなどで、決めるに決められないような事例が多いことでした。最終的には‘あうんの呼吸’?で決まって行くのですが、このように現場のご家族、主治医が苦悩している状況が明らかとなりました。このため、患者さん本人が判断できるうちから意思を確認して行く取り組みがどうしても必要だという考えから、希望調査を始めることになりました。
図1 終末期の希望調査票
図1に実際用いているものを示しました。まず、一番上の四角の中に終末期の定義を示しています。この調査票には、①ご本人に記載していただくこと、②ご本人の終末期に、この調査票をご家族、主治医の参考とさせていただくことを明記しています。
「基本的な希望」欄では痛みや苦痛についてできるだけ鎮痛剤や鎮静剤を使って欲しいか、逆に鎮痛剤等は最小限にして、できるだけ最期まで意識が残るようにして欲しいかを選択していただきます。次に「終末期を迎えたい場所」を選んでいただきます。
「終末期になったときの希望」欄では、心臓マッサージなどの心肺蘇生、延命のための人工呼吸器等を希望するかしないかを選んでいただきます。次に「ご自分で判断できなくなったとき、主治医の相談すべき方」を記載していただき、最後に本人署名欄があります。「事前指示書」、「事前の意思表示書」と呼ばれてきた書式形態に属します。
図2 希望調査票の受け取りとその後の手続き
図2に手順を示しました。病院(医事課)の受付で、調査票やその説明書など一式を封筒で受け取っていただきます。この際に提出のための予約をお取りいただきます(診療扱いではありません)。自宅で希望調査票のそれぞれの項目の説明をお読みいただき、ご自分で希望を選択し記載していただきます。記載された調査票は、当センターのソーシャルワーカが30分程度内容確認をして回収させていただいています。調査票を提出したことを主治医が把握できるよう、カルテ上方に赤く○囲いの希のマークをつけます。ご本人が終末期の状態でかつ判断能力がなくなった時、主治医がこのマークを確認し、ソーシャルワーカに連絡を取り希望調査票を取り寄せます。この調査票の内容を参考にして、ご家族と医療チームが鎮痛剤をどうするか、どこで最期を迎えていただくのか、延命処置を開始するかどうか等の話し合いを行います。
現時点ではこのような希望調査の取り組みを支える法律はありません。この希望調査票に書いていただいても法的拘束力はありませんが、ご本人の意思が明らかで、文書になっていれば、当然ながら、ご家族も医療スタッフもそれを全て無視することはできません。本人の病状等を考慮し、ご本人の意向に沿うように、最善の利益を考えた末の医療方針を皆で考えることになります。
図3 希望の動向(一部のみ掲載)
いったん始めた延命処置を中止するかどうかについては、今回の調査票に項目としてはあげていません。この理由として、治療中止の場合はどういう要件で中止が可能かを示す、より具体的なガイドラインや法律の整備に加え国民的コンセンサス(同意)が必要であろうと考えるからです。
現在はセンター病院に通院中の方のみです。年齢制限はなく、どなたでも提出いただけます。ただ、希望調査を受け取らせていただく際に、ご本人ご自身の意思で提出されていることと、病気や治療に関しての一般的な判断能力があることの2点は確認させていただきます。
現在は当センター内での使用に限定しています。そのため、この希望調査票に書いていただいた内容を他の診療機関に示されても対応できない状況です。今後は、地域全体で同様の取り組みが必要と思われます。近々、センター近隣のご協力いただける診療所を中心に、この様な取り組みを順次開始する予定にしています。
図4 自分が判断できなくなったときに
主治医が相談すべき相手は?
図3と4にこれまでの提出内容の一部を示しました。およそ1年間で64名の方が提出されました。ここに示したような統計的処理の結果も意味があるとは思いますが、お一人お一人が思いを込めて(勇気を持って)記載された事実の方がより大事で、遺書同様に重く受けとめています。これまでの取り組みで明らかとなったことは、提出される際に「良い状態なら、できるだけ永く生きたい気持ちに変わりはない」ことを口頭で伝えられる方が多いことです。この調査票は確かに「死」をテーマにしていますが、実際のところはこれからの「生」について考え
る良い機会になっていることです。
この希望調査票の取り組みの延長線上には「患者さんの意思を尊重した高齢者医療・ケアの実践」があります。これまでのような第三者が客観的によかれと思うことを「してあげる」医療・ケアではなく、ご本人が望む、すなわち、患者さんを第一人称とする医療・ケアの実践です。希望調査票の取り組みは、このほんの第一歩に過ぎませんが、私どもの真意をできるだけご理解いただき、なにとぞご協力をお願いいたします。
長寿医療センター病院レター第15号をお届けいたします。
長寿医療センターでは、 診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今月は、 高齢者総合科の三浦医長に、終末期になった時の希望調査票ついて解説してもらいました。
今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。
病院長 太田壽城