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「心の元気外来」開設

病院レター第2号 2006年5月24日

精神科医長 服部英幸

 長寿医療センター精神科は平成12年に開設された新しい科です。高齢者精神医療の臨床研究をになうと同時に、総合病院精神科として大府市を中心とする地域の精神科医療の一端を受け持つという2つの仕事を果たしていきたいと考えています。当センターが位置する知多地域は単科精神病院の数は多いのですが人口に比して総合病院精神科および精神科クリニックの数が少なく、比較的軽症で単科病院での対応を必要としない症例の受け皿が不足しています。そのためか当精神科にも高齢者だけでなく20代から50代にかけての若年層の患者さんも多く受診され、できるだけ対応するようにしています。残念ながら18歳以下の児童、思春期の症例は対応できず他院へ回ってもらうようにしています。外来での症例の大半はうつ病を主とする気分障害と認知症です。認知症に関しては専門外来である「ものわすれ外来」で神経内科、老年科、精神科の3科合同での診療を行っていますが、うつ病に関しても平成16年より高齢者うつ病専門外来である「心の元気外来」を立ち上げました。表1に概要を示しました。ご利用くだされば幸いです。

表1高齢者うつ病専門外来(心の元気外来)

  • 新患予約日:毎週水曜日午後
  • 対象:65歳以上の高齢者 うつ病が疑われる症状±物忘れ(うつと物忘れはしばしば合併します。)
  • 診断:精神科医による診察、心理検査、必要に応じて血液生化学検査、内分泌検査、頭部MRI、CT、脳血流シンチなどの画像検査
  • 治療:薬物治療。心理カウンセリング。必要に応じて入院治療も行います。電気痙攣療法は行いません。

高齢者のうつ病について

 疫学調査によるともっともうつ病の罹患率が高い年代は50歳台と言われていますが、70歳以上の高齢者の罹患率はこれについで高いとされています。うつ病といってもさまざまな形があります。もっとも典型的なうつ病は「大うつ病」とよばれ、表2のような診断基準を満たすものとされています。気分の落ち込み、喜びの喪失、自殺念慮といった精神症状に加えて、体重減少あるいは増加、食欲不振、疲労感といった身体症状も加わることが特徴です。高齢者においてはこうした典
型的なうつ病像は少数で、診断基準を満たさないがうつ病として診療することが望ましい「軽症うつ病」「閾値下うつ病」が多数をしめます。 

表2大うつ病の診断基準(一部略)

A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている:

これらの症状のうち少なくとも1つは抑うつ気分、または興味/喜びの喪失である(注:明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない)

  1. 患者自身の言明(例えば、悲しみまたは空虚感を感じる)か、他者の観察(例えば、涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど一日中、ほとんど毎日の抑うつ気分
  2. ほとんど一日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味・喜びの著しい減退(患者の言明、または他者の観察によって示される)
  3. 食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加(例えば、一ヶ月で体重5%以上の変化)
  4. 食欲の減退または増加
  5. 不眠または睡眠過多
  6. 精神運動性の焦燥または制止
  7. 易疲労性、または気力の減退
  8. ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある)
  9. 思考力や集中力の減退、または、決断困難がほとんど毎日認められる
  10. 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画

B.症状は臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている

C.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能低下症)によるものではない

D.症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち、愛する物を失った後、症状が二ヶ月を超えて続くか、または、著明な機能不全、無価値観への病的なとらわれ、自殺念慮、精神病性の症状、精神運動制止があることで特徴づけられる

図1心の元気外来における高齢者うつ病の診断別頻度

 図.1にこれまで心の元気外来に受診された症例の診断別頻度をあげておきました。やはり、典型的うつ病である大うつ病はむしろ少数で、軽症うつ病や閾値下うつ病といった非定型タイプが高頻度にみられています。地域研究では高齢者の有病率は大うつ病1%程度ですが、軽症、閾値下を含めると30%に上るとされています。
 高齢者うつ病の臨床像の特徴を表3に示しました。高齢者うつ病では身体症状が主として訴えられることが多いのが特徴で、全身倦怠や食欲不振、だるいなどの他、高齢者では頑固な便秘などもよく見られる他、様々なタイプの痛みの訴えも多く認められます。そのほかの特徴としては認知症との関連があります。認知症との合併も多いのですが、認知症がないのに物忘れを強く訴えることも多く(仮性認知症)、認知機能を詳細に検討したほうがいいこともあります。

表3 高齢者うつ病の特徴

  1. 診断基準に合致しない非定型例が多い。
    精神症状は軽めに訴えられる傾向がある。
  2. 心気的傾向が強い(身体愁訴が多い)。
    その一方で身体合併症が多いことも事実。
  3. 不安・焦燥感が強い。
  4. 妄想形成を来たしやすい。
    (微小妄想、被害妄想)
  5. 意識障害を伴うことがある
    (薬物作用による欝状態の場合に多い)
  6. 仮性認知症(認知症のように見えるうつ状態)もあるが、
    本物の認知症(アルツハイマー病など)の前駆であったり
    合併したりする。

心理テストの光景

表4 高齢者うつ病の危険因子

  • 身体障害があること、あるいは最近の発症
  • 若いころうつ病になったことがある
  • 体調の悪さの自覚
  • 近親者との離別
  • 女性
  • 睡眠障害

危険因子となる主な身体疾患

  • 脳血管障害
    (脳卒中後の30%にうつ病性障害を認める)
  • 心筋梗塞などの循環器疾患、
  • 大腿骨骨折、
  • パーキンソン病

 高齢者うつ病の危険因子を表4に示します。心理的危険因子としては自身の健康に対する不安が重要です。何かの病気を持っているとか新たに発症したといったことが契機になってうつ病となる例が非常に多く、家庭内の不和や経済問題などより高頻度のようです。うつ病を引き起こしやすい身体疾患としては脳血管障害をふくむ動脈硬化病変が多く、生活習慣病予防が高齢者うつ病予防に重要であると考えられます。

高齢者うつ病の治療

 うつ病は精神疾患ではありますが、高齢者の場合、老年医学的配慮が重要となります。表.5に
示したとおり、精神医学的にはうつ病は高齢期の3大(4大とも)精神疾患すなわちdepression(うつ病), dementia(認知症), delirium(せん妄), (delusion(妄想)を含めることあり)であって脳の老化とおそらくは関連していますが、その一方で老年医学的には老年症候群のひとつであり、発症によって日常生活動作能力の低下、介護の困難性が増してくる可能性が大きくなります。高齢者うつ病の診療に当たっては精神医学、老年医学の2つの視点を持っていることが重要です。そうした点をふまえて図.2に高齢者うつ病の治療モデルをシェマとしてあらわしてみました。急性期は若年層と同じで精神身体的安静と抗うつ剤を主とする薬物療法、重症例には電気痙攣療法を行います。若年層ではこの治療を続けていくだけで回復しますが、高齢者では気分障害が落ち着いた後でも脳機能低下、日常生活動作能力低下をきたす危険が大きいため、第2段階の治療として精神身体の賦活をおこなう必要があります。このためには介護認定を行ったうえでデイサービスなどの介護サポートを同時に行っていくことが重要となってきます。

表5 高齢者うつ病の位置づけ

  1. 精神科から高齢者のうつ病をみると高齢者の3(4)大精神疾患のひとつ depression, dementia, delirium, (delusion)
  2. 老年科から高齢者のうつ病をみると老年症候群のひとつ 身体機能低下、日常生活機能低下、介護度の変化

1.2の両方の視点から診察していくことが重要

図2 高齢者うつ病の治療モデル

まとめ

 高齢者うつ病は高頻度に認められ、発症に複合的要素が絡むため診断治療が難しいこともあります。私どもは高齢者医療の専門家集団である当院の特徴をいかして患者さんにとって適切な診療を行っていくよう努力します。よろしくお願いします。

 


先月の第1号に引き続いて長寿医療センター病院レター第2号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、高齢者のさまざまな健康の問題を解決するためにいくつかの特殊外来を開設しています。「心の元気外来」もそのひとつで、この号では高齢者の心の問題を行動・心理療法科医長の服部先生に解説していただいています。お心当たりのある患者さまがいらっしゃいましたら、紹介をご考慮下さい。
 今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。よろしくお願いいたします。

病院長 太田壽城