本文へ移動

研究所

Menu

健康長寿ラボ

ホーム > 研究所 > 健康長寿ラボ > 高齢者のうつ予防

高齢者のうつ予防

国立長寿医療研究センター研究所 老年学・社会科学研究センター 老年学評価研究部このリンクは別ウィンドウで開きます長 近藤克則
千葉大学 予防医学センター 社会予防医学研究部門 教授(併任)

はじめに

 「生きていても仕方がない」などと気持ちが沈んでしまう「うつ症状」は、程度にもよりますが、高齢者の2〜3割程度に見られるなど珍しくありません。WHO によるとうつは、障害の原因疾患として最大のものです1)。さらに、高齢期のうつは、要介護状態になる危険が高いリスク要因であり、認知症の原因のうち4%を占めるとされ2)、自殺の背景にも見られるなど健康長寿を実現する上で予防や治療が重要な課題です。老年学評価研究部が取り組んで来た研究の中から、「果たして高齢期のうつは予防できるのか」にかかわる研究成果をご紹介します。

うつの診断とスクリーニング方法

 うつの診断は、医師により総合的な判断でなされるものです。専門医に診てもらうべき、うつ症状が疑われる人をふるい分け(スクリーニング)するための質問リストが作られています。高齢者において、よく使われているものの一つに、高齢者うつ尺度Geriatric Depression Scale(GDS)15項目版があります。表1に示すような15問に【はい】【いいえ】で答えていただき、15点満点のうち0―4点は正常、5点から9点がうつ傾向、10点以上をうつ状態などと判定します。高得点の人は、専門医が診察してもうつである可能性が高いことがわかっています。

表1 高齢者うつ尺度 Geriatric Depression Scale(GDS)

1)今の生活に満足していますか。 1.はい 2.いいえ
2)生きていても仕方がないという気持ちになることがありますか。

1.はい 2.いいえ

3)毎日の活動力や世間に対する関心がなくなってきたように思いますか。

1.はい 2.いいえ

4)生きているのがむなしいように感じますか。

1.はい 2.いいえ

5)退屈に思うことがよくありますか。

1.はい 2.いいえ

6)普段は気分がよいですか。

1.はい 2.いいえ

7)なにか悪いことがおこりそうな気がしますか。

1.はい 2.いいえ

8)自分は幸せなほうだと思いますか。

1.はい 2.いいえ

9)どうしようもないと思うことがよくありますか。

1.はい 2.いいえ

10)外に出かけるよりも家にいることのほうが好きですか。

1.はい 2.いいえ

11)ほかの人より物忘れが多いと思いますか。

1.はい 2.いいえ

12)こうして生きていることはすばらしいと思いますか。

1.はい 2.いいえ

13)自分は活力が満ちていると感じますか。

1.はい 2.いいえ

14)こんな暮らしでは希望がないと思いますか。

1.はい 2.いいえ

15)ほかの人は、自分より裕福だと思いますか。

1.はい 2.いいえ

うつ割合の地域間格差

 私たち老年学評価研究部が取り組む日本老年学的評価研究(Japan Gerontological Evaluation Study,JAGES)3)では、全国の市町村や大学・研究機関の研究者と共に大規模な高齢者調査に取り組んでいます。JAGES 2019年調査には、全国64市町村の約25万人の高齢者の方にご回答いただきました。対象は、65歳以上で、要介護認定を受けていない方です。同じ方法で調査・集計し、高齢者うつ尺度(GDS)で5点以上のうつ傾向と判定される方の割合を64市町村間で比べてみました。うつ症状は、より高齢になるほど増える傾向があります。そこで、市町村間における人口高齢化の違いの影響を差し引いて比べるために、65歳から74歳の前期高齢者の方に限定して集計した結果を図1に示します。同じ日本国内であるにもかかわらず、64市町村の間には、15.6%から32.4%まで、約2.1倍の差がみられました4)。2倍もの差となると、うつになりやすい人が特定の地域に集まっている可能性だけでなく、うつ症状を示しやすくなる、何らかの環境要因があるかもしれないと考えました。ただし、環境の中でも変えることができる要因と変えられない要因とがあります。変えられる環境要因を明らかにできれば、うつを予防し、うつの人が少ないまちづくりができるかもしれないと考え、研究を進めています。

図1.うつ割合の市町村間比較

うつ割合と関連する要因

 うつ割合が多い/少ないまちと関連する要因を探ってみると、いろいろ見つかりました。まず、一時点の調査データを分析(横断分析と呼びます)してみると、緑の多いまち(概ね校区)では、高齢者のうつが10%少ない5)ことや、小学校の近くに暮らす女性にうつが少ない6)ことなどがわかってきました。長期的には、緑豊かなまちづくりや、国が進めている(小学校などまちの中心地に近いところに暮らす人を増やす)コンパクトシティづくりが、うつ予防として期待できます。しかし、これらの環境を変えるのは簡単ではありません。

 そこで、どこのまちでも取り組みやすい環境要因を探ってみました。すると、地域のボランティア・スポーツ・趣味の会などへの参加者が多いまちや、社会的支援(サポート)と呼ばれる人々の支え合いがある人たちではうつが少ないことがわかってきました(図2)。

図2.社会参加者割合とうつ割合

縦断研究における社会参加とうつ発症リスクの関連

 しかし、同じ時点の横断データで2つの要因の関連を分析するだけでは、時間的な前後関係がわかりません。社会的支援や社会的参加がうつを予防しているのか、逆にうつではないから社会的支援や社会参加をしているのか、どちらが先かわからないのです。結果よりも原因が時間的に先行するはずです。そこで、どちらが時間的に先行するのかを確認する縦断(追跡)研究を行いました7)

 JAGES 2013年調査と2016年調査の2時点の調査の両方に回答した24市町の高齢者のうち、2013年にうつではなかった(GDSが5点未満)39,655人を分析対象にしました。2013年に、8種類の地域組織(ボランティア、スポーツの会、趣味の会、老人クラブ、町内会・自治会、介護予防・健康づくり活動、学習・教養サークル、特技や経験を伝える活動)それぞれの種類別の参加頻度(参加なし、年数回、月1~3回、週1回以上)を尋ねました。2013年にはうつ症状(GDS 5点以上)がなかったのに、2016年にうつ症状を新たに示した確率を、年数回以上参加している地域組織の種類数(参加なし、1種類、2種類、3種類、4種類、5種類以上)別に、男女に分けて検証しました。ロジスティック回帰分析という多変量解析の手法を用いて、うつ発症リスクに影響を及ぼすと考えられる、年齢、教育歴、婚姻状況、同居家族、等価所得、就業状況、飲酒・喫煙、治療中疾患の有無、外出や買い物ができる能力(老研式活動能力指標)、2013年のGDS点数の影響を差し引いて分析しました。

 その結果、3年後のうつ発症率は、男性では9.7%、女性では10.0%でした。地域組織の参加種類数とうつ発症リスクとの関連を図3に示しました。男女とも、3種類以上の地域組織に参加している人が3割以上いました。うつの発症率は、参加する組織の種類が多い(右側の)人ほど少なく、5種類以上参加している人では、参加していない人に比べ、24〜26%発症率が低いことがわかりました。

図3.男女別 地域組織への参加種類数別 うつ発症割合

 同じように縦断研究によって、本人が参加しているか否かにかかわらず、暮らしているまちの高齢者がスポーツやボランティアの会などへ参加している割合が高いまちほど、うつ得点が低い、またはうつ症状の人が少ないことが示されています。

 つまり、社会参加しやすいまちづくりを進めて、社会参加している高齢者を多くできれば、うつの発症を予防することができる可能性があるのです。

社会参加によるうつ発症抑制のメカニズムと介入研究

 なぜ社会参加するとうつ発症を抑制できるのでしょうか。そのメカニズムについても、徐々にわかってきています。それには身体的な要因と心理社会的な要因との両面が関わっていると考えられます。

 身体的側面では、趣味や習い事、老人クラブやボランティア等への参加をしている人では身体活動が多いことも報告されています8)。また世界中で行われた30編の縦断研究を集めて検討した結果、週に150分(1日20〜30分)程度の歩行のような弱い身体活動レベルでも、している人では、うつ発症を予防できることが報告されています9)。つまり、社会参加により身体活動が増えることでうつ予防に寄与すると考えられます。

 心理社会的側面では,サロンなどに社会参加を始めることで、より多くの社会的支援(サポート)の授受が得られるようになります10-13)。そして、多くの介入研究によって社会的サポートはうつ発症リスクの抑制要因であると報告されています14)。実際、私たちが自治体と共に、高齢者の社会参加を促す地域づくりに取り組んだ結果、うつ割合の減少が確認できました11)。以上より、社会参加を促すことで、社会的サポートが醸成されることもうつ予防のメカニズムであり、社会参加しやすいまちづくりはうつ予防に寄与すると考えられます。

まとめ

 以上紹介してきたように、うつは予防可能であることを示す科学的根拠(エビデンス)が国内外で蓄積されてきました。うつ有症率には,地域間や集団間に2倍以上の格差があることは、うつ予防に成功している地域や集団がある可能性を示唆します。横断研究で、うつ関連要因として、社会参加、社会的サポートなどが示され、複数の縦断研究で、身体活動量や社会参加・社会的サポートが多い者で、その数年後のうつ発症リスクが抑制されることが確認されるなど、メカニズムの解明も進んでいます。さらに、複数の介入研究によって、社会参加や社会的サポートは増やせること、それに伴い、うつ発症を抑制できることが示されています。これらの科学的根拠(エビデンス)を踏まえると、うつ予防は可能であると考えられます。今後,老年学評価研究部では、これらの知見を踏まえた取り組みを全国に広げる社会実装に向け、さらに研究を進めて行きます12, 13)

  1. World Health Organization. Depression and Other Common Mental Disorders: Global Health Estimates. Geneva: World Health Organization, 2017.
  2. Livingston G, Huntley J, Sommerlad A, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. Lancet 2020;396(10248):413-446.
  3. Kondo K, Rosenberg M eds. Advancing universal health coverage through knowledge translation for healthy ageing: lessons learnt from the Japan Gerontological Evaluation Study. World Health Organization, Geneva, 2018.
  4. 近藤克則. 健康格差社会-何が心と健康を蝕むのか 第2版.  医学書院, 2022.
  5. Nishigaki M, Hanazato M, Koga C, et al. What Types of Greenspaces Are Associated with Depression in Urban and Rural Older Adults? A Multilevel Cross-Sectional Study from JAGES. Int J Environ Res Public Health 2020;17(24):9276.
  6. Nishida M, Hanazato M, Koga C, et al. Association between Proximity of the Elementary School and Depression in Japanese Older Adults: A Cross-Sectional Study from the JAGES 2016 Survey. Int J Environ Res Public Health 2021;18(2).
  7. 宮澤拓人, 井手一茂, 渡邉良太, et al. 高齢者が参加する地域組織の種類・頻度・数とうつ発症の関連ーJAGES2013-2016縦断研究. 総合リハビリテーション 2021;49(8):789-798.
  8. 天笠志保, 菊池宏幸, 福島教照, et al. 地域在住高齢者における社会参加の類型と座位行動・身体活動パターンとの関連. 運動疫学研究 2018;20(1):5-15.
  9. Mammen G, Faulkner G. Physical activity and the prevention of depression: a systematic review of prospective studies. Am J Prev Med 2013;45(5):649-657.
  10. 竹田徳則, 近藤克則, 平井寛. 心理社会的因子に着目した認知症予防のための介入研究 ポピュレーション戦略に基づく介入プログラム理論と中間アウトカム評価. 作業療法 2009;28(2):178-186.
  11. 辻大士, 高木大資, 近藤尚己, et al. 通いの場づくりによる介護予防は地域間の健康格差を是正するか?:8年間のエコロジカル研究. 日本公衆衛生雑誌 2022;advpub.
  12. 近藤克則. 住民主体の楽しい「通いの場」づくり.  日本看護協会出版社, 2019.
  13. 近藤克則. ポストコロナ時代の「通いの場」.  日本看護協会出版会, 2021.
  14. Pfeiffer PN, Heisler M, Piette JD, et al. Efficacy of peer support interventions for depression: a meta-analysis. Gen Hosp Psychiatry 2011;33(1):29-36.

研究関連