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老化研究の新潮流、ジェロサイエンス研究とは?

はじめに

インターネットや新聞報道で見聞きする情報で「少子高齢化社会」、「長寿先進国」といった言葉をキーワードにした話題も多いことにお気づきのことでしょう。毎年、敬老の日に因んで発表される我が国の百寿者(100歳以上の高齢者)の数も2022年には9万人を超えたこと、そして50年前には500人にも満たなかった事を考えるとその増加のスピードに驚くばかりです。では、どうして私たちの周りにはこのように沢山の長寿の皆さんが生活できるようになったのでしょうか? 

今回の研究紹介コラムはジェロサイエンス研究センターの担当です。
そこで、先ずはみなさんにこの聞きなれない「“ジェロサイエンス研究”とはどんな研究なのか??」、「そもそも老化する原因や特徴とはなんなのか?」(図1)というお話をしてみたいと思います。そして、実際に「老化の研究が、どのような歴史で進んできたのか?」、さらには「その最前線ではどのような研究が日々、続けられているのか?」を判りやすく紹介してみます。

老化の要因には個人の遺伝的要因、生活習慣的要因、外部環境要因があると考えられています。それらが複雑に組み合わさって、認知機能の低下や筋肉量の低下といった一人一人異なった老化の変容がみられます。

図1 老化の要因とその変容

老化研究の始まりと足跡

今や世界有数の長寿先進国になった日本に限らず、20世紀に入るまではヒトの平均寿命は人生50年と言われていました。欧米でも16世紀から20世紀になるまでは35歳〜45歳の間で大きな変化はなかったとされています。
こうした背景には、出産を含めた乳幼児の成育の難しさが合ったと考えられています。また、それ以降の各年代の人にとっては、様々な感染症に対するリスクが高かったことが挙げられます。20世紀に入ると医学を含めた科学技術の進歩に伴って、寿命も著しく延びました。その頃からこれまで稀な現象であった老化、加齢に伴ったお年寄りの健康や疾患を対象とした老年医学、さらには生物学的な老化や寿命に関する研究が注目されるようになりました。そして、特にヒト以外の様々な生物種における老化研究から、生物学的な老化でみられた特徴の多くはヒトの老化とも共通していることがわかりました。同時に、ヒトを含めた生物の老化や寿命について学んていくことで、老化の研究はいくつものプロセスが複雑に関係していること、そして環境や遺伝的背景といった制御が難しい要因によって、無視できない個体ごとの多様性を含めて考えていかねばならない事に気づきます。
遺伝的には同一とされる実験動物モデルを用いた老化研究でもそれぞれ個体の持つ固有のゲノムの多様性をコントロールする難しさは解消されません。
これまでの研究で「老化とは時間の経過と環境の相互作用によって、私たち生物の分子、細胞、組織の構造や機能に起こるランダムな変化で、死の可能性を高めるもの」と考えられています。では、どのような老化のメカニズムがこの半世紀あまりの間に明らかにされてきたのかは後半でお話していきます。

老化研究の流れ 〜遺伝子の発見からプロセスの解明へ

1930年代後半に米国のMcCay博士らがマウスとラットでカロリー摂取を3〜4割制限する事で寿命が延びる事を確認した事が老化研究の幕開けです。この発見は下等生物の酵母や霊長類のアカゲザルでも再現され、注目すべきことに食事制限で寿命が延びた事に加えて、老化病態の発症が抑制されました(図2)。

カロリー制限をすることでラットやアカゲザルの寿命が延長されたことや毛並みをはじめとする老化の様々な症状の程度が抑制されました。

図2 カロリー制限がラット(左)やサル(右)に与える影響 (文献1,2より一部改編して引用)

 

こうした発見はその後の寿命や老化を制御する遺伝子研究の大きなきっかけとなりました。一方で生物種の寿命はその種で固有であり、遺伝的形質だと考える生物学者が体長1mm程の小さな線虫という虫を用いてage-1という遺伝子が寿命を50%前後、延ばすことを明らかにしました。線虫の寿命を調整する遺伝子は800以上も見つかっていて、それらの組み合わせや環境の違いも含めてその数はもっと多いと考えられています。こうした寿命を制御する遺伝子研究はその後、老化のメカニズムを明らかにしようとする研究の流れと合流して、細胞内シグナル伝達や環境変化に対する恒常性維持の破綻に関連する老化のプロセスを解明する研究へと移行していきました。こうした老化研究の流れを図3にまとめています。

ここで説明しきれなかった老化の研究成果もあわせて、注目すべき発見は2つあります。第一に寿命を制御する、長生きに関係する遺伝子の数は想像以上に多く、これらがかかわる老化のプロセスはとても可塑性が高いことです。そしてもう一つはmTORやサーチュインといった老化を制御する分子は進化の過程で下等な生物からヒトに至るまで驚くほど保存されているということです。モデル生物において明らかにされた事実をもとに老化の特徴を理解し、ヒトの健康寿命を延ばすためのアプローチに取り組もうとしています。

老化研究が注目され始めたのは20世紀に入ってヒトの平均寿命が著しく延伸した頃と同じおよそ100年足らずです。その時期は大きく分けて様々な老化学説が提唱された頃、その後に続く老化プロセスの同定時期を経て、現在のジェロサイエンス研究へとつながる事になります。

図3 老化研究の流れ (文献3,4より一部改編して引用)

 

ジェロサイエンス研究の視点として

さて、話を私たちの生活の中で感じ取れる老化に戻してみましょう。世界的に高齢化が急速に進んだことで心臓病、糖尿病、認知症をはじめとする老化と関連する疾患に苦しむ人が増加しています。加えて、個人の加齢、老化の進み具合にも関連して、一つ一つの疾患の原因も特定し難い、長期に患う慢性疾患が多いのも高齢者の健康寿命の延伸を妨げる大きな要因になっています。
これまで説明してきた「老化のしくみ」に関する研究の成果が、生物の寿命を延ばすこと、老化を制御することに役立つことはなんとなく理解できても、実際に高齢者が苦しむ多くの疾患から身を守ることに役立てられないかという概念にはつながりにくい印象を受けます。そこで「ジェロサイエンス研究」が生まれました。
つまり、お年寄りが罹患するいくつもの老年病はそれぞれが無関係な疾患が偶然に重なったのではなく、加齢や老化がこうした老年疾患の最も大きな危険因子であると考えます。そして、これまで老化研究が明らかにしてきた種を越えて保存されている老化を制御する遺伝子や老化プロセスを標的にして、ヒトに対して予防や改善を繰り返すことで、私たちの老化のプロセスを良好にすることで、数々の老年慢性疾患の発症を遅らすことができると考えています(図4)。

分子、細胞のレベルでみられる老化が私たちの組織や個体でみられる老化とどのようにかかわるのか?そこを明らかにしようとする研究も行われています。多くの生物種で細胞が老化するといくつかの特徴を示す老化細胞になり、老化した組織や個体で多く存在することが知られています。

老化のしくみに関する研究の成果が寿命を延ばすことや老化を制御することに役立つことに加えて、実際に高齢者が苦しむ多くの疾患から身を守ることに役立てられないかという考えでジェロサイエンス研究が生まれました。

図4 ジェロサイエンスとしての老化研究の展望 (文献5より一部改編して引用)

最近はこうした老化細胞を加齢した個体の中から選択的に除去することで、老化細胞が生体内で多くの老化関連疾患の原因となる働きをしていることが確認されています。少なくともモデルマウスにおいてはこれまでに老化細胞がアルツハイマー病やパーキンソン病、肺繊維症や骨粗鬆症といった疾患を促進させるという結果が報告されています。そしてこうしてモデル動物で老化細胞を除去する化合物がヒトにも応用できないかとセノリティック薬剤と呼ばれる化合物の探索や有効性、安全性を確認する臨床試験も海外ではすでにはじまっています。

おわりに

みなさんに判りやすく老化の研究の足跡や耳慣れないジェロサイエンス研究の説明をしたつもりですが、理屈っぽい言葉があちこちに並んで、難しいと感じた人も多いと思います。
私たちが「老い」として感じる老化の特徴は環境因子や遺伝因子によって、大きく影響を受けます。ただ、こうした影響は加齢に伴って慢性的な炎症の蓄積に寄与することが多く、老年疾患特有の肥満や高血圧といった危険因子とともに老年疾患発症のリスクを高めているとされています。こうした病気に罹るリスクを減らして生活の質を改善する効果を期待されているものは「適度な運動」と個別に対応した「栄養管理」だと考えています。ジェロサイエンス研究はこうした研究分野にも注目し、これまでの疾患治療を中心とした「シックケア」から疾患発生にかかわる危険因子を認識し、疾病の発症を少しでも抑制するお年寄り一人一人の「ヘルスケア」へ向かう研究を目指しています。

文献

  1. 清水孝彦博士より提供
  2. Caloric Restriction Delays Disease Onset and Mortality in Rhesus Monkeys
    R. J. Colman, R. M. Anderson, S. C. Johnson, E. K. Kastman, K. J. Kosmatka, T. M. Beasley, D. B. Allison, C. Cruzen, H. A. Simmons, J. W. Kemnitz et al.: Science, 325, 201 (2009).
  3. 後藤佐多良「老化とはなにか」新老年学 第3版 第1章1 東京大学出版会 2010
  4. From discoveries in ageing research to therapeutics for healthy ageing
     J. Campisi, P. Kapahi, GJ. Lithgow, S. Melov, JC. Newman & E. Verdin et al.: Nature 571 183-192 (2019)
  5.  The Hallmarks of Aging
    Carlos López-Otín, Maria A Blasco, Linda Partridge, Manuel Serrano, Guido Kroemer: Cell, 153(6):1194-1217, (2013)

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