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正常圧水頭症外来における取り組み

病院レター第55号 2015年3月20日

脳神経外科医長 文堂昌彦

 先日、第16回日本正常圧水頭症学会が岡山市で開催されました。たくさんの出席者があり、非常に盛況という印象を受けました。脳神経外科全般からすると特発性正常圧水頭症(iNPH)はマイナーな疾患ですが、社会が高齢化し認知症診療の重要性がいやおうなく増す中で、治療可能な認知症(Treatable dementia)とされているiNPH診療にかける脳神経外科医をはじめとした医師達の意気込みが感じられました。

 長寿医療研究センターでは、平成24年から正常圧水頭症外来を開いています。開設後すでに3年が経過し、沢山のiNPH患者さんを診療してまいりました。私どもの水頭症外来では、

  1. 通常のもの忘れ外来で培ったアルツハイマー病、レビー小体型認知症、脳血管性認知症など診療経験や豊富なデータに裏打ちされたiNPH診療を実践し、
  2. PETなど先進的な検査手技によって、臨床症状のみでは困難なアルツハイマー病やパーキンソン症候群、高齢者の運動器障害などとの鑑別や合併を明らかにしています。

そして、そのような方針を実践することによって、アルツハイマー病やパーキンソン病類縁疾患などの認知症とiNPHとの関連性が次第に明らかになってきました。

1.アルツハイマー病とINPHとの関連性

図1 iNPH症例におけるアミロイドPET(11C-PiB PET)の代表的な画像

 特発性正常圧水頭症ガイドラインには、「鑑別診断」として頻度の多い「アルツハイマー病との鑑別が重要」であり、「アルツハイマー病がiNPHと共存していることもしばしばある」と記載されています。では、iNPHにアルツハイマー病が合併している頻度はどの程度であり、iNPHの臨床像やシャント手術効果へ及ぼす影響はどれほどなのでしょうか。
 アルツハイマー病では脳内にβアミロイドが蓄積し老人斑が形成されることはよく知られていますが、脳内のアミロイド蓄積はアミロイドPET検査によって明らかにすることができます。図1にiNPH患者さんにおけるアミロイドPET検査結果を示します。赤く色づけされているのがアミロイドの蓄積です。正常圧水頭症外来を受診されたiNPH患者さんにアミロイドPET検査を行ったところ、48%で脳内アミロイド蓄積が確認されました。認知機能への影響を調べたところ、アミロイド蓄積のある患者さんは、蓄積のない患者さんよりも悪くなる傾向はありましたが、意外にも著しい差はありませんでした。

図2 アミロイド蓄積と手術効果との関連性

 ところが、歩行障害はアミロイド蓄積のある患者さんのほうが有意に重症であり、アミロイド蓄積の影響は認知機能よりもむしろ歩行機能において顕著でした。そして、シャント手術効果もアミロイド蓄積のある患者さんの方が不良でした(図2)。iNPHにおけるアミロイドの蓄積は単にアルツハイマー病の合併ということ以上に、iNPHの病像や治療効果へ影響を及ぼすため、診療にあたり留意すべきと考えられました。

2.パーキンソン病、パーキンソン症候群とiNPHとの関連性

図3 iNPH症例におけるダットスキャンの代表的な画像

 もの忘れ外来では、認知障害を伴ったパーキンソン病や、レビー小体型認知症や進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症などのパーキンソン症候群の患者さんも受診されます。これらは認知障害と歩行障害がありiNPHとの鑑別が必要になる疾患群です。
 これらの疾患では黒質線条体ドーパミン神経の機能障害がありますので、黒質線条体ドーパミン神経の機能を調べるPETSPECT検査が有用です。当科では以前から18F-DOPA PETという検査でiNPH患者さんにおける黒質線条体ドーパミン神経の機能障害を診断してきましたが、昨年からダットスキャンというSPECT検査が保険診療内で行えるようになりました。図3にiNPH患者さんのダットスキャン結果を示します。これまでの経験では、iNPH疑い症例の約半数で黒質線条体ドーパミン神経機能低下が認められました。これは、大脳皮質基底核変性症や進行性核上性麻痺など神経変性疾患の合併としてはあまりにも高頻度ですので、これらの神経変性疾患が合併していなくても、iNPHそのもので黒質線条体ドーパミン神経障害が起こりえると考えるほうが自然であろうと思われます。しかし、図3右のような高度な集積低下や、図3中央のように片側性集積低下があり、それに相応しいパーキンソン症状が存在するときには、やはりレビー小体型認知症やパーキンソン病、大脳皮質基底核変性症などの存在が疑われます。集積低下のパターンや臨床症状がiNPHとの鑑別診断に役立つと考えられます。
 これらの診断経験から、iNPHには単に脳脊髄液貯留による脳への物理的な圧迫だけではなく、アミロイド蓄積や黒質線条体ドーパミン神経障害などといった脳実質の障害が病状に影響を与えていると考えられます。シャント手術によって症状の改善が得られるか症状進行を遅らせられる可能性があるので、積極的に手術の可能性を検討すべきですが、手術だけでは十分ではなく、アルツハイマー病などの他の認知症と同じように、進行を食い止めるための薬物療法や介護環境の整備を検討することが大切です。

3.運動器障害との関連性

 近年、ロコモティブ症候群と呼ばれる高齢者の運動器障害による生活機能の悪化が注目されています。iNPHは高齢者に特有の疾患ですから、iNPHの歩行障害にも骨粗鬆症、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症など運動器の障害による痛み、関節可動域制限、筋力低下、麻痺、骨折、痙性などにより、バランス能力、体力、移動能力の低下が当然関連していると考えられます。また、高齢者のロコモティブ症候群の原因には、加齢による運動器機能不全があり、その原因としてiNPHからくる運動不足による筋力低下、持久力低下、バランス能力低下などが考えられます。正常圧水頭症外来では受診された患者さんに、頸椎、腰椎の変形、膝関節の異常、骨密度、筋量、筋力の低下についても評価を行い、診療に役立てています。

4.おわりに

 アルツハイマー病などの診療経験を背景にiNPHを診療し、両者の境界を先進的な検査方法で明らかにすることによって初めて見えてくるものがあります。iNPHには髄液貯留による圧迫やアルツハイマー病など神経変性疾患の合併のみでは説明のつかない脳実質損傷が確かにあり、iNPHは脳脊髄液貯留や脳実質障害、さらには運動器障害を含めて老化の一つの形態であると考えられます。したがって、シャント手術によって髄液を排除するだけではなく、他の認知症と同じように、長期的に病状を追跡し、進行予防のためにリハビリテーションなどを行い、介護環境を整えていくことが大切です。正常圧水頭症外来では、そのような診療を提供していきたいと願っています。


長寿医療研究センター病院レター第55号をお届けいたします。

 特発性正常圧水頭症は、手術で治療可能な認知症という特殊な位置づけをされ、これからもいろいろな意味でいっそう注目を集めることになると思います。
1965年以来、多数の脳室腹腔シャントシステムが、水頭症を治療するために世界的に導入されましたが、その最も頻度の高い適応は、もちろん、iNPHです。ただ、シャントの介入効果についてのエビデンスは必ずしも豊富とは言えないようです。その背景には、文堂先生の解説を読んでも分かるように、iNPHに対す
る正確な診断の難しさがあるようです。

 当センターの正常圧水頭症外来では、アルツハイマー病などとの境界に関して、先進的検査を駆使して詳細に診断し、その合併を配慮した緻密な治療計画を立てています。認知機能障害、歩行障害、尿失禁などで本疾患を疑う場合は、是非、ご紹介下さい。

院長 原田敦