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当院における血液内科診療

病院レター第19号 2009年3月27日

内科医師 伊藤俊英

1. 血液内科というもの

 当院の血液内科について簡単に紹介いたします。2004年10月から2009年1月までに160人の患者さんが10日以上血液内科に入院しました。悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性疾患および成人T細胞性白血病リンパ腫(ATLL)の6疾患は造血器腫瘍、いわば“血液のがん”ともいわれる悪性の病気で当科の診療の中心です(図1)。造血器腫瘍以外の57名には、貧血、出血傾向の検査で入院が必要な患者さん、または他科では診断が難しい患者さんが検査のために入院を必要とした患者さんが含まれていました。造血器腫瘍に加え、溶血性貧血、巨赤芽球性貧血、再生不良性貧血およびITP(特発性血小板減少性紫斑病)の4疾患は血液内科が治療を行う疾病です。これを換言すると

図1. 長寿医療センター血液内科入院患者の内訳

  1. 赤血球・白血球・血小板の数が異常である、
  2. リンパ節が腫れた、
  3. 血液のたんぱく質が多い、
  4. 出血が止まらない、
  5. 血液疾患と診断された、
  6. 発熱の原因がわからない、
  7. 検査でいわゆるがんに似ていない腫瘍が見つかった、

の7つの状態をみるのが当院の血液内科である。

2. 当科の守備範囲

 当科では1名の常勤医師で診療を行なっています。 造血幹細胞移植が実施されている病院の多くは血液内科医が3人以上勤務していますので、一般的な総合病院の血液内科と異なります。急性白血病と極めて増殖の早い型の悪性リンパ腫は、造血幹細胞移植を前提とした化学療法(抗がん剤による治療)を第一選択とする場合があります。60歳未満のそのような患者さんでは、造血幹細胞移植のできる病院へ転院していただくことが必要です。血液内科医が1人しかいない当院の現状では造血幹細胞移植を伴う治療ができませんが、将来的には移植も視野に入れていくべきだと考えています。60~70歳の患者さんでは骨髄非破壊的移植あるいは末梢血造血幹細胞移植が可能だからです。

図2. 造血器腫瘍の年齢分布( 2004年10月~2009年1月入院のみ)

 160人の入院患者さんの年齢分布を図2に示しました。診療では特に年齢を制限していませんので、造血器腫瘍以外(□)の患者さんは年齢が広く分布しています。造血器腫瘍の患者さん(◆)はほとんど60歳以上であることがわかると思います。ただし、短期間の入院患者さんを加えるともう少し広く分布するようになります。患者さんの年齢は、悪性リンパ腫で70~80歳、多発性骨髄腫と白血病で70~90歳に分布していることがわかります。

3.患者さんの逆流

 国立長寿医療センターの近隣には、全国でも屈指の造血幹細胞移植の業績を誇る大病院が連なっていますが、不思議なことにそのような大病院から当科に患者さんが逆流してくることがしばしばあります。「今回ご家族の希望により-----」と書かれた情報提供書を、ご家族の方がお持ちになって外来を受診されるのですが、そのような場合、ご家族と患者さんと面談の上、本当の希望なのか確認して転院の適否を決めております。
 先日、この流れで診療させていただいた患者さんの主治医の先生から「高齢者の白血病や悪性リンパ腫はどんどん増えるのですが、どうやって血液内科医として対応していくのかはなかなか難しい問題です。(中略) 長寿医療センターで診療いただき、患者さんは有意義な時間を過ごすことができました」とうれしい手紙をいただきました。がん化学療法の世界では、80歳以上の人を指す“超高齢者”なる言葉が存在し、超高齢者には“個人のライフスタイルに適した”治療が望ましいとされています。“個人のライフスタイルに適した”ということは、決まりごとが少ないあるいは決められないということを意味しています。一方、大がかりな移植医療の場合、多くの検査や処置、点滴が必要となり、クリニカルパスを利用しなければ多忙な治療スケジュールを効率的に消化できません。そのようなチーム医療の現場において、個人差が著しくかつ状態が不安定な患者さんの医療はルチンワークを形成しがたいため、非効率的で危険であると判断され、別機能を持つチームが求められます。医療の特殊性を考えると、質の異なる医療は異なるスタッフにより行われることで、患者さんだけでなく、医療スタッフも有意義な時間を過ごすことができると考えています。現在の問題は、このルチンワークを形成しがたい高齢者の造血器腫瘍の治療を行うチームが少ないことです。

4.悪性リンパ腫の診療から

 当科では2004年10月から2009年1月までに48名の悪性リンパ腫の患者さんに化学療法を実施しました(表2)。びまん性大細胞型リンパ腫、ろ胞性リンパ腫、MALT(節外性ろ胞辺縁帯)リンパ腫、マントル細胞リンパ腫、リンパ形質細胞性リンパ腫、NK細胞リンパ腫およびホジキン病の46名と、十分な組織が得られず組織型不明の2名です。
 当科で化学療法を受けた全ての患者さんは、病名告知の上、支持療法だけではなく、抗がん剤を使って治療することを自分で決めました。悪性リンパ腫と白血病では、認知機能障害で治療できない患者さんはいませんでした。

表2. 悪性リンパ腫の治療経過 平均年齢(2004年10月から2009年1月)

組織型 患者数(a) 平均年齢 完全寛解 部分寛解 再発後寛解 死亡 不詳b
びまん性B大細胞型リンパ腫 26(25) 71.8 15 3 2 3 2
ろ胞性リンパ腫 6(5) 70.5 2 1 3 2 0
MALTリンパ腫 2(2) 82.0 1 0 1 0 0
マントル細胞リンパ腫 2(2) 77.0 2 0 0 0 0
その他c 2(1) 70,0 1 0 0 1 0
組織型不明 2(1) 71,5 1 0 0 1 0
ホジキン病 6(0) 72,5 5 0 0 0 1
  1. リツキシマブ使用
  2. 長寿施設入所および転院により追跡不能のため
  3. NK細胞リンパ腫およびリンパ形質細胞性リンパ腫

 びまん性大細胞型リンパ腫の5年生存率は2000年の報告では約50%ですから、それと比較すれば当科の治療成績はかなり良好であるといえます。この理由として、まず、当科の患者さんは社会的状況から3か月程度の入院治療が可能になることがあげられます。また、リツキシマブ等の新しい治療薬を使用できることも関係あると考えられます。リツキシマブは未熟なBリンパ球に結合するモノクローナル抗体です。ちなみに、レチノイン酸受容体に作用して白血病細胞を分化させるトレチノイン、白血病細胞の分裂を促す受容体のチロシンのリン酸化を阻害するイマチニブ、そしてB細胞型リンパ腫に結合するリツキシマブは1990年からの10年間に開発された画期的な医薬品です。
 その反面、リツキシマブによる治療を行えばろ胞性リンパ腫の治療成績は向上することがわかっていますので、比較的進行が緩やかで10年生存率が50%に達するといわれるろ胞性リンパ腫の当院の治療成績は劣っていると判断せざるを得ません。死亡された患者さん2名は寝たきりの状態で来院されました。ろ胞性リンパ腫はゆっくり増大するリンパ腫ですから、患者さん自身も気づかないほどゆっくりと身体機能が衰えたのでしょう。「これが老化というものだ」と思えば、治せるがんが隠れていたとは想像できないかもしれません。老化にしては少し早いのではないかと思いましたら、是非、受診していただきたいと思います。寝たきりの患者さんでも治療で腫瘍が小さくなり、リハビリでまたすこしづつ動けるようになっても、施設入所の話が出て家に帰られないと知って“がっくり”してしまう患者さんがいらっしゃいます。このような方では治療が中止になることが多く、完全寛解の状態を保つことが困難です。リスクの高い治療を受ける覚悟をするのは「家で過ごしたいから」という患者さんがほとんどですから、当科では治療前の説明で化学療法を希望されるご家族には在宅で患者さんを介護できるか確認しています。

5.新世代のがん医療

 先に述べたように高齢者のがん治療は患者さんの社会的状況に最も左右され、生物年齢は多少そのいいわけにされているようです。当科では、「超高齢者」なる言葉を使用していません。副作用を軽減し、そのように呼ばれる患者さんの治療成績を向上させ、高齢者と区別する“超高齢者”なる言葉を過去の遺物にすることが当面の努力目標です。
 21世紀になり、スポットライトは造血幹細胞移植から抗腫瘍薬に再び当てられるようになったように思えます。2008年から多発性骨髄腫に『ボルテゾミブ』が保険適用になり、白血病にも『マイロターグ』のようなモノクローナル抗体が作られました。これらの新規治療薬はこれまでの複製阻害剤と異なり細胞傷害が少ないため心肺機能に負担が少なく、そのような基礎疾患を持っている方が治癒する可能性を広げました。これらはまさに高齢者のがん治療の要請に応えてくれるものと信じています。
 かつては患者さんの電話相談にその筋の権威の医師が答える(ラジオ)番組しかなかったのに、ケーシー高峯さんとかではなく、本物の医師と弁護士がテレビのバラエティ番組の進出しているこの頃です。当院の細井孝之部長がテレビ出演したのをきっかけに、NHKの医療番組にマルチオピニオンというコーナーがあることを知りました。3人の医師がそれぞれ異なる解決策を提案する場面があり、いよいよテレビも大人になったと感じました。はたして当科が成長したのかさっぱり自信がありませんが、せめて患者さんの良き道標になりますよう診療に精進しようと思います。

 今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。


長寿医療センター病院レター第19号をお届けいたします。

 長寿医療センターでは、 診療科の充実を図り、全国の高齢者医療の先端を進むとともに地域医療の発展にも力を入れています。今月は、 血液内科の伊藤先生に当院における血液内科診療について解説してもらいました。

 今後、病診連携をさらに緊密なものといたしまして、地域の高齢者医療の充実に取り組んでまいります。
 ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

病院長 太田壽城