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すこやかな高齢期をめざして ~ワンポイントアドバイス~

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「心のこり」のない人生を!

老化疫学研究部 Department of Epidemiology of Aging

以前に「トピックスNo.7:人生の予定表の最後のページこのリンクは別ウィンドウで開きます」の中で「高齢の人の方が死を恐れる気持ちは弱い」という研究結果をご紹介しました。では、一般的にどのような理由から人は死を恐れたり、あるいは逆に死を恐れなかったりするのでしょうか。例えば、高齢の方々はすでにご家族や親しい友人との死別を何度も体験されているため、「○○さんも××さんも先に逝ってしまって、あの世で待っていてくれている」と考え、死をあまり恐れない…といった場合もあります。その他には、どのような理由があり得るのでしょうか。

 NILS-LSA(ニルス・エルエスエー)の調査で、「トピックスNo.5:『自分を好き』と思う気持ちを大切にこのリンクは別ウィンドウで開きます」でご紹介した「自尊感情」(『自分を好きと思う気持ち』、『自分には価値があると評価する気持ち』、『自分は有能であると思う気持ち』)と「死に対する恐怖」の強さの関連について分析を行いました。その結果、どの年代でも自尊感情が高い人の方が低い人よりも、自分自身の死に対する恐怖心が低いことが示されました(図参照)。

図:自尊感情の高さで群分けした場合の死に対する恐怖尺度得点

35歳から95歳までの市に対する恐怖のレベルを、自尊感情が高い群と低い群で比較した図。

 

この結果について、「え?逆じゃないの?大好きな、価値がある自分が死ぬなんて嫌なんじゃない?」と思われた人もいらっしゃるかもしれません。これについてはいくつかの説明があるようですが、これまで行われてきた研究によると、「自分自身の死を恐れる気持ちの強さ」は、「象徴的不死性(しょうちょうてきふしせい)」というものと関連するといわれています。そもそも「人間の死亡率は100%」ですから、実際問題としては各個人の「不死性」はあり得ません。しかし、ちょっと発想の転換を図るとどうでしょう。お子さんやお孫さんがいらっしゃる方は、自分の遺伝子が受け継がれて、自分の死後もこの世に存在し続けていくことになりませんか?お仕事をなさっている人は、自分の死後もその業績が(形のあるものとしてであれ、ないものとしてであれ)残るのではありませんか?自分の身体が死んでも、霊魂のようなものが永遠に残る、あるいは自分の身体そのものが自然界の一部として融合されていく、と考えている方もいらっしゃるのではありませんか?これらの事柄が、「象徴的不死性」と呼ばれるものであり、こういった考えを持つことが、自分自身の死を恐れる気持ちを低下させると考えられます。そして、自尊感情の高さがこの象徴的不死性と関連するため、結果として自尊感情が高いと死への恐怖心が低い、ということができます。

また、「自分の人生においてやるべきことを十分にやった(やっている)」、「自分は立派な功績を残せた」、あるいは「自分の人生に悔いや心のこりはない」という感覚を持つことは自尊感情を高めると同時に、人生のいろいろな計画が未完の状況で死を迎えたり、自分の能力を発揮しないまま死を迎えたりすることに対する恐怖を低減させることにつながる、ということもできます。

歴史に名を刻むことができるのはほんの一握りの人だけかもしれませんが、それぞれの人が自分のできる範囲のことを精一杯やり、心のこりのない人生を送ることで、良い最期を迎えられるのかもしれません。


「心のこり」と聞くと、ついあの歌声が頭に浮かびます。

人生の最後に心のこりがないように生きましょう。

 

 


<コラム担当:丹下 智香子>

*このコラムの一部は、以下の研究成果として発表しています*
丹下智香子,西田裕紀子,富田真紀子,大塚礼,安藤富士子,下方浩史:
成人中・後期における死に対する態度と自尊感情.
​日本発達心理学会第27回大会,2016.