当院でも行われているペースメーカー手技の一つである左脚領域ペーシング(LBBAP)。今後さらに広まっていくと予想されますが、今回はこれからのデバイス設定に役立つかも知れない症例を紹介させて頂きます。早速・・・以前実施された症例で手術6日後に病棟のモニター心電図で間歇的にこのような波形が観察されました。
ちなみに疾患はCAVBで作動設定はDDDモードの60-120ppm。手術時に観察されたリード留置後の12誘導心電図は以下の通りです。当院のLBBAP手技は、執刀医の先生がスクリューインしている最中も常に刺激を行いながらリアルタイムで変動する各種データが確認できる方法をとっています。「右脚ブロックパターン」「LVAT(RWPT)」「V6-V1 InterPeakInterval」「V1LateR」「COI」「インピーダンス」の6個の指標を参考にしています。今回もLVATは54msec、V6-V1は46msecと数値的には申し分ありませんでした。
心電図としては特に問題のない波形だと思いますし、手術時にリード留置した際も特に異常は感じませんでした。しかし、数日後のモニター心電図では異常波形・・・。自己P波から開始するはずのAVDelayが始まっておらず2対1AVBlockのような波形がみてとれます。心房アンダーセンシングにしては規則正しすぎますしレート割れする事も辻褄が合いません。不応期内心房センシングにしてはV-A間隔が長すぎます。しかし、このような2対1作動は自己P波が増加した際に見られる、いわゆる”ペースメーカーAVBlock”と同じです。ちなみにこのような異常心電図の解析の手間を軽減すべく当院の埋め込み時設定のPVARPは固定の値(250msec前後)としております。
「もしかして・・・」と思いP波にデバイダーをたて前拍に遡ってみると・・・設定PVARP(250msec)近辺にT波の頂点が見られます。これはいわゆるTWOS(T波オーバーセンシング)です。自己心拍の上昇に伴って出現したP波を、オーバーセンスしたT波から開始されたPVARP内でセンシングする事でAVDelayを発生させられなかった事が要因です。もっと言うと心房波を伴わない心室波となりますのでデバイスはこの信号をPVCと認識してPVC Responseが働く事となります。つまりいくらPVARPを変更しても関係ないという事になります。最近のICDやCRTDに搭載されているT波検出機能もペースメーカーには搭載されていませんので周波数によるフィルタリングが機能しなければそれ以上の事は出来ません。たまにしか出現しないこの波形に対してすぐにプログラマーをあてる事もできず、まずは上記のように解析をして現象の発現を待ちました。数時間後同様のモニター心電図が現れたためプログラマーをあててみると・・・ビンゴでした。手書きで申し訳ありませんがこれがその時の解析予想です。
TWOS認識機能のないデバイスでこれを改善するには、TWOSをしないよう心室感度を鈍くすればよいのですが・・・デバイスはMedtronic社製AzureXTDR/W2DR01。つまりAutoAdjustableSensing機構の搭載された機種となります。心室ペーシング後のAutoAdjustableSensingの動きとしてはBlanking後に設定感度の4.5倍(最大1.8mV)まで感度が鈍くなり、そこから450msecの時定数で感度が鋭くなるといった動きになります。つまり今回の現象からしてTWOSが1.8mV程度の高い電位で出現しているのは明らかです。という事はAutoAdjustableSensingでは対応できずBlankingを延長するかAutoAdjustableSensing機能をOFFにして固定感度にするかの2択になります。これまで数えきれないほどの症例を経験させてもらっていますが、今回設定したセンシング感度(0.9mV)でこれほどはっきりとTWOSが確認できたのははじめてです。もしかしたら作動心筋ではなく刺激伝導系付近に直接先端スクリューをあてているLBBAPだからこそ起きる事かもしれません。本デバイスでAutoAdjustableSensingを働かせず、感度を1.8mVよりも低くしたいとなると・・・もう答えは一つしかありません。心室感度設定を2.0mVにする事です。こうする事でAutoAdjustableSensingは機能しませんし、数値的にも検出閾値を超えることはありません。一石二鳥ですね。もちろん設定変更に伴い本現象は消失しました。以下が設定前後の連続波形です。きれいに異常波形が消失しています。
これまで実施されていた中隔ペーシングや心尖部でのペーシングではほとんど見られなかったTWOS・・・もちろんLBBAPだからと言ってすべての症例に当てはまる訳ではありません。しかし、LBBAPだからこそのデバイス設定が必要になる場面があるかもしれません。またそれは今回ご紹介した内容以外の事もあるかと思います。もしかしたら今後はデバイスそのものの機能が追加される事もあるかもしれません。いずれにしても機械の機能を過信せず、より安全な医療に貢献できるよう精進したいと考えています。少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
臨床工学部
TEL:0562-46-2311(代表)
E-mail:med-eng(at)ncgg.go.jp
セキュリティの観点から@は表記していません。(at)は半角@に変換して読み替えてください。