2025年8月1日
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
~心房細動などの不整脈を治療する「カテーテルアブレーション」を受けた患者さんの看護記録についてのテキストマイニングによる分析より~
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(NCGG)(理事長:荒井秀典)の病院(病院長:松浦俊博)循環器内科部の研究チーム上原敬尋、清水敦哉らと、看護部の伊藤瞭らは、心臓の不整脈(心房細動#1など)を治療する「カテーテルアブレーション#2」を受けた患者さんの看護記録をテキストマイニング#3という方法を使って分析し、患者さんが抱える悩みや不安が年齢によって大きく異なることを客観的に明らかにしました。この研究成果は、患者さん一人ひとりの状態に合わせたテーラーメイドな看護ケアの提供に役立つと期待されます。この研究結果は科学専門雑誌Geriatrics & Gerontology Internationalで発表されました。
カテーテルアブレーションは、心房細動などの不整脈の治療に非常に効果的な方法ですが、多くの場合は初めて受ける治療であるため、患者さんは様々な不安や心配を抱えることがあります。しかし、これまでの研究では、患者さんの不安や悩みの表現について、客観的に分析されたことはほとんどありませんでした。特に、近年では高齢の患者さんでも「カテーテルアブレーション」を受ける方が増えています。
今回の研究では、①高齢の患者さんが治療の前後にどのような心配事を抱えているのか、②医療スタッフの経験が患者さんの表出する言葉に影響を与えるのかを、テキストマイニング技術を使って明らかにしました。
当センターでは、カテーテルアブレーションの初回治療を実施した際の看護記録、約8万文字分(約8か月分)をテキストマイニングという手法で分析しました。これは、文章の中から特定の言葉の出現頻度や、言葉同士の関連性を自動的に見つけ出す技術です。
具体的には、患者さんの実際の言葉を記載した看護記録の中から治療前後において使用頻度の多い表現を抽出して、各年齢層(70歳未満、70〜79歳、80歳以上)ごとの傾向の違いに焦点を当てて検討しました。
分析の結果、患者さんが看護師に話す内容は非常に多様であることが分かりました。中でも、以下の重要な点が明らかになりました。
70歳未満の患者さんでは、「動くのが制限されることなどへの気持ちの表現」が多かったり、「治療に関しての言及」が多かったりしたのですが、80歳以上の患者さんでは、「(入れ歯)や(トイレ)など、ケアに関連する言葉」が多く見られました(図1)。
他に特徴的な言葉としては、寝ていれば「終わる」や、「動く」とつらかったので「治療」するや、「気持ち悪い」や、「自分」としては何とも「ない」などの表現がみられました。
また、「まな板」の上の鯉という言葉も多く登場していました。
図1:治療前に多く見られた言葉(年齢層別)
治療後において70歳未満の患者さんでは、「尿」に関する訴えがより多く見られ、80歳以上の患者さんでは、「痛み」や「注射」といった痛みの管理に関する言葉がよく使われていました(図2)。
図2:治療後に多く見られた言葉(年齢層別)
これらの結果より、若年層では、治療効果そのものに関する不安がある一方で、高齢層では、治療前後を通じて腰痛などの元々抱えている体の問題や生活に関する不安が大きい傾向にあることが示されました。
すなわち、比較的若年層ではほとんどが手術やそれに付随する事柄に対しての訴えだったのに対して、高齢者では術後の訴えも含めて、慢性疾患や老年症候群に由来する訴えをしていることがわかりました。
今回の結果は高齢者では手術に対しての不安の表れも若年層とは異なることを示しており、カテーテルアブレーションという単一の手技に対しても高齢者に対してはその不安の解消に向けて、若年層とは違ったアプローチをしていくことの重要性を示唆していると考えられました。
国立長寿医療研究センターではこのような高齢者特有の訴えに関してのエビデンスの創出にさらに務め、そしてセンター内の病院でいち早くそのエビデンスに基づく全人的なケアをしていけるようにしています。
本研究では、「カテーテルアブレーション」治療の開始前に、看護師や臨床工学技士を中心としたコメディカルに対し、「カテーテルアブレーション」の機材のメーカーにも協力を仰いで機材の使用方法やカテーテルアブレーションの特徴などの理解を深める勉強会や訓練を行ったのですが、そうすることにより、治療を開始したばかりの施設であっても、医療スタッフの経験の差が患者さんの不安を増大させるという明確な傾向は見られませんでした。
今回の研究は、看護記録から患者さんの「生の声」を客観的に分析することで、年齢層の違いによって患者さんの治療に対する不安・悩みが異なることを初めて明らかとしました。この結果は、看護師が患者さん一人ひとりの年齢や状況に合わせて、より個別化されたケアを提供していく上で非常に貴重な情報となります。
今後、当センターではこの研究成果を活かし、患者さんの声にさらに耳を傾け、一人ひとりが安心して治療を受けられるよう、一層の看護ケアの質の向上に努めます。
将来的には、さらに多くの患者さんのデータや、医師、医療技術者の記録なども分析することで、より多角的な視点から患者さんのニーズを把握し、最適な医療を提供するための研究を進めていく予定です。
なお、本研究成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号: 24K19046)の研究助成を受けて実施されました。
本研究成果は、科学専門学術誌「Geriatrics & Gerontology International」に掲載されました。
Kamihara T, Kaneko S, Omura T, Hirashiki A, Kokubo M, Shimizu A. Age-related variations in patient concerns: A text-mining analysis of nursing records in catheter ablation cases. Geriatr Gerontol Int. 2025 Jun 23. doi: 10.1111/ggi.70111.
国立長寿医療研究センター病院 循環器内科部 上原敬尋
国立長寿医療研究センター総務部総務課 総務係長(広報担当)
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