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「歳のせい?」:健康寿命を失う些細な徴候とは?

 ある日の診察に、80歳のAさんという女性が、娘さんに連れられてお見えになりました。Aさんは、ややふくよかな体型で変形性膝関節症と糖尿病がありました。もともと夫と二人暮らしでしたが、1年前に夫と死別したため、それ以降は独り暮らしをしていました。眠れないことが多くなり閉じこもりがちな生活になっていました。血糖コントロールも悪い状態が続いており、加えて、歩く速さが遅くなったことや新しいことをする意欲もなくなったことを話されました。近所の診療所で治療を受けておられましたが、医師からは「歳のせい」と言われ、Aさんも仕方がないと考えていました。別の町に住む娘さんが、活気のないAさんを心配し、かかりつけ医に紹介状をもらって受診されたのでした。Aさんの状態は「歳のせい」で仕方がないのでしょうか?

 Aさんのようなケースでは、血糖を下げる薬を増やしたり、より強い睡眠薬を処方したりするだけで対応すると、しばしば移動する能力や記憶力を悪化させてしまう危険性があります。高齢者の診療を専門とする老年内科医の立場からすると、総合的な身体機能評価を行って解決策を考えるべきケースですが、残念ながら多くの病院ではそのような評価が行われていないのが現状です。Aさんの身体機能を実測評価すると、歩行速度は遅く、筋力も低下しており、サルコペニア(筋肉の衰えた状態)がありました。気分も抑うつ的で、睡眠薬と安定剤を服用していました。幸い記憶力の低下はありませんでしたが、食事の嗜好に偏りがあり、保存しやすい糖質の多い食生活になっていました。このまま放置すると、近い将来介護が必要な状態に陥ることが容易に想像されました。

 Aさんは、いわゆる「フレイル(介護が必要になる前段階)」と呼ばれる状態と判定されました。フレイルとは、自分のことは自分で行える生活活動能力があるけれども、些細なストレスをきっかけにして、思いもかけない健康障害をきたしてしまう危険性が高い状態を指します。地域に住んでいる75~84歳の高齢者では6人に一人くらいの割合、85歳以上になると3人に一人の割合でフレイルを併存しているという報告があります1)。フレイル評価は、健康寿命の延伸を目指す高齢者医療には必須の視点と考えられますが、限られた病院でしか評価されていません。フレイルは、活動の低下やわけもなく疲れやすいなど、些細な徴候に注意する必要があります。力の衰えや歩く速度の低下、体重の減少などが現れていないかを評価し、フレイル状態があれば、治療のデザインを総合的に見直さないと、自立機能を早く失うことになりかねません。

 これらの些細な徴候を自己評価する方法があります。「基本チェックリスト(図1)」や「後期高齢者の質問票(図2)」を用いるのです。これらは、得点が高いほどフレイルの可能性が高くなります。これまでの研究では、前者が25問中8点以上2)、後者が15問中4点以上の場合3)、フレイルの可能性が高くなるという結果が示されています。

図1. 基本チェックリスト

図2. 後期高齢者の質問票

 

 Aさんは、担当医に説得されて一時的な入院をしました。入院中には、栄養相談やリハビリテーションによる運動指導を受け、退院後の生活の目標を設定することになりました。入院中、一時的にインスリン治療になりましたが、その後飲み薬に変更され、最終的には入院前よりも薬が減りました。退院後は近所の方とのお付き合いを増やすことで楽しみを作ることができ、活動が増えたことで睡眠薬を毎日使うこともなくなりました。食事内容は、管理栄養士からのアドバイスを参考にして糖質が多かった食事を見直し、たんぱく質や野菜をきちんと摂るようになり、無理なく体重を減量することができ、歩行がラクになったそうです。

 Aさんのケースのように、「歳のせい」には注意が必要です。避けられない徴候と改善可能な徴候を見分ける必要があります。老年内科では、加齢に伴う変化について、身体機能評価を行った上で治療のデザインを再考しています。「歳のせい?」を含めた健康問題を抱えておられる方は、ご相談にお越しください。

引用文献