病院レター第115号 2025年3月1日
眼科医師 馬嶋藍
視覚は人間が受け取る情報の約8割を占めるとされており、視機能を守ることは、ADLやQOLを維持する上で重要です。昨今、様々な分野で医療の発展はめざましいものがありますが、眼科分野でも様々な分野で新たな治療や手術が登場しております。
今号では当院で行っておりますものの中で一部をご紹介させていただきます。
当院では、角膜再生医療として、角膜上皮幹細胞疲弊症に対する培養角膜上皮移植と培養口腔粘膜上皮移植、水疱性角膜症に対する培養角膜内皮細胞注入療法を行っております。
図1:自家培養角膜上皮の移植フロー
患者さんの健眼より角膜輪部組織を採取し、分離した細胞を培養して作成した角膜上皮細胞シートを患眼へ移植します。採取組織は小さく、自家移植あることから拒絶反応の心配がなく低リスクの手術です。
当院ではニデック社のネピックを使用して手術を行っております。
角膜上皮幹細胞疲弊症
※Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、移植片対宿主病、無虹彩症等の先天的に角膜上皮幹細胞に形成異常を来す疾患、再発翼状片及び特発性の角膜上皮幹細胞疲弊症を除く。
図2:口腔粘膜培養角膜上皮の移植フロー
Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、熱化学外傷では、角膜混濁や瞼球癒着、重度のドライアイを伴い、従来のドナー角膜による角膜移植では治療が困難でした。しかし、角膜再生医療の進歩により培養口腔粘膜上皮移植の適応疾患となりました。培養口腔粘膜上皮移植は、患者さんの口腔粘膜組織を採取し、分離した細胞を培養して作成した口腔粘膜上皮細胞シートを移植します。両眼の角膜が広範囲に障害されている患者さんの眼表面に移植することにより、眼表面を再建することを目的として使用します。当院では、ニデック社のオキュラル、ひろさきLI社のサクラシーを使用して手術を行っています。オキュラルは角膜上皮再建目的、サクラシーは瞼球癒着解除目的に使用します。
角膜上皮幹細胞疲弊症
水疱性角膜症は角膜内皮細胞の機能不全により、角膜浮腫や混濁を生じます。水疱性角膜症に対する従来の手術としては、角膜内皮移植がありますが、ドナー不足が問題となります。水疱性角膜症に対する新規治療法として、ドナー角膜から角膜内皮細胞を分離・培養し、患者様の角膜内皮面の細胞を取り除いた後、培養した角膜内皮細胞の入った細胞懸濁液を前房内に注入するという、培養角膜内皮細胞注入療法が開発されました。この治療方法は、従来の角膜移植の代替となり得ること、ご提供頂いたドナー1眼から複数名の移植が可能になることが大きな利点です。当院では、オーリオンバイオテック社のビズノバを使用して手術を行っています。(髙津)
多焦点眼内レンズは2007年より、厚生労働省の認可をうけて国内でも使用できる様になりました。レンズの進歩とともに、ハロー、グレア、スターバーストの出現、コントラスト低下など多焦点レンズ特有の症状は抑制傾向にはありますが、依然として術後患者満足度を左右する大きな原因となりえます。緑内障や網膜疾患といった併存疾患の有無は適応を決めるにあたって重要となりますが、収差の程度も術後の症状を予測
する上で大切となります。当院では、前眼部OCT(CASIA 2 TOMEY社)および、Wave Front Analyzer(TOPCON社)を用いて、術前の角膜収差を測定しております。
現在当院で採用しているレンズはClareon Panoptics🄬(Alcon), TECNIS Symphony🄬(Johnson&Johnson 社), TECNIS Synergy🄬(Johnson Johnson社)の3種類です。今後、Vivinex Gemetoric(HOYA社)やFineVisionHP(BVI MedicalJapan社)なども採用を検討しております。(馬嶋)
緑内障は慢性進行性の視神経変性疾患で、その有病率は40才以上の5%と高く、本邦の中途失明原因の約1/4を占めています。治療には薬物治療、レーザー治療、手術治療の選択肢があり、薬物治療は最も侵襲を少なくできる一方で、点眼忘れや点眼瓶が硬いなどでうまく点眼できないといった、アドヒアランスの低下が特に高齢者では多く、本来の治療効果を得られない場合も多く見受けられます。2023年10月現在、本邦の高齢化率は29.1%となっており、今後もその割合は高まると試算されています。
また、原発閉塞隅角病に対しては薬物治療ではなく水晶体再建術が推奨されており、広く緑内障といえども、その治療法は病型によっても多岐にわたります。
昨今、手術用隅角鏡や手術用顕微鏡の性能の向上や、様々な緑内障手術デバイスの開発によって、MIGSが多く施行されるようになってまいりました。流出路再建系MIGSと濾過手術系MIGSに大別され、当院ではそのどちらにおいても手術を施行しております。MIGSが今後の緑内障治療において、 重要な治療選択肢となると考え、当院で施行しているMIGSの一部をご紹介させていただきます。
図3:参考文献4
より引用、一部改変
水晶体再建術単独よりも眼圧を下降させることを目的に、手術用隅角鏡を用いて前房側からSchlemm管内へ直径80µmの中空のステントを2箇所に挿入する手術です。侵襲も少なく、次項の線維柱帯切開術と比べ、術後一過性眼圧や前房出血といった術後合併症を生じにくい手術です。これまではGlaukos社からのiStent inject🄬 Wが水晶体再建術併用時のみに限定されていましたが、2024年より単独での使用の認可がおりましたので、単独での使用も検討してまいります。
かねてより行われてきた線維柱帯切開術が手術用隅角鏡を用いることで眼内法にて施行が可能となりました。当院では、27G針にて線維柱帯をごく一部切開、先が鈍の50ナイロン糸を Schlemm管内へ通糸し、反対側にも同様に27G針にて線維柱帯を一部切開・糸を抜去することで、概ね180度の線維柱帯を切開しております。
角膜混濁が強く、ごく一部の線維柱帯しか確認できない難症例でもGATTならば対応可能です。術後の前房出血は必発も1週間程度で自然吸収が可能で、一過性眼圧上昇(30%程度)も薬物治療にて眼圧コントロールを得られることが多いです。
図4:参考文献5より引用、一部改変
2022年より本邦で使用可能となったPreserflo🄬 Microshuntは、角膜輪部より3mm後方の強膜から前房へチューブを挿入し、結膜・テノン嚢下に濾過胞を形成する手術です。従来の線維柱帯切除術と比べ、結膜の切開範囲の縮小化や手術手技の簡略化が得られ、また術後のレーザー切糸など追加処置が少なく、安定した眼圧下降を得られやすくなりました。術早期の脈絡膜剥離や低眼圧黄斑症といった合併症が30%程度生じますので、当院では内径70µmのチューブ後端より10-0ナイロン糸を挿入することで予防に努めています。ただし、長期経過後の濾過胞縮小時には、needling法や濾過胞再建術といった追加処置は必要です。(岡田)
図5:左、Preserflo® Microshuntイメージ。中央、角膜輪部より3mm後方をマーキング。
右、強膜トンネル作成。(参考文献6より引用、一部改変)
技術の進歩によって、とりうる選択肢は増えています。その中で患者さんにより合ったものを選択していくことが大切です。病態のみではなく、患者さんの生活スタイルや生活環境といった側面を考慮し、よりよい医療を提供することを日々心掛けております。
- 株式会社ニデック, “自家培養角膜上皮 ネピック,使用方法”, https://www.nidek.co.jp/
- 株式会社ニデック, “自家培養口腔粘膜上皮の移植フロー”, https://www.nidek.co.jp/
- Samuelson TW, Sarkisian SR, Lubeck DM, et al. Prospective, randomized, controlled pivotal trial of an ab interno implanted trabecular micro-bypass in primary open-angle glaucoma and cataract. Ophthalmology. Jun 2019;126(6):811-821.
- Grover DS, Godfrey DG, Smith O, et al. Gonioscopy-assisted transluminal trabeculotomy, ab interno trabeculotomy: technique report and preliminary results. Ophthalmology 2014;121:855-861.
- Santen Medical Channel. “プリザーフロ マイクロシャント 緑内障ドレナージシステム 取扱説明書” https://www.santen.co.jp/medical-channel/di/medical_device/manual/DT014_sprf-1.pdf(会員登録必要)
長寿医療研究センター病院レター第115号をお届けいたします。
冒頭でその治療が解説されています角膜上皮幹細胞疲弊症ですが、輪部と呼ばれる結膜と角膜の境界領域に存在する角膜上皮幹細胞が、様々な原因で広範囲に障害され、角膜上皮が消失してしまうと、角膜輪部周囲の血管を伴う結膜上皮が侵入してきて混濁が起こり、最終的に視力低下を来します。
その有病率は、年間約500人程度と推定され、いわゆる希少疾患とされています。角膜内皮の障害によって起こる水疱性角膜症の有病率は、それよりはやや多く、本邦で約23,000人(10万対18.7)とされています。このような有病率が少ない疾患では、治療法の開発が進まないことが多いのですが、本稿で示されたような細胞培養による治療が大きな力を発揮しつつあります。
一方、緑内障の有病率は、今回示されているように40歳以上で約55%であり、さらに中途失明の原因として、その1/4を占めていますが、70歳以上では約10.5%、80歳以上では約11.4%と、年齢とともに有病率が上昇していきます。これまで行われてきた治療で起こる合併症を避けたり、また患者負担を下げることができるような治療の選択肢が増えつつあることが、おわかりになったかと思います。
白内障の有病率も年齢とともに増加しますが、初期の混濁を含めた有病率は50歳代で37~54% 、60歳代で66~83%、70歳代84~97% 、80歳以上で100% とされており、現在では非常に多くの方が手術治療を受けられるようになっています。角膜を光が通るとき、角膜の中央部と周辺部では光の屈折力が異なり、一点に集光せずズレが発生します。それを角膜収差と呼びますが、個人差が非常に大きいことが知られています。このため術前に角膜収差を計測した上で、白内障手術時の眼内レンズを選択することが術後の見えにくさを解消する上で、重要とされています。
病院長 近藤和泉