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脳・身体賦活リハビリテーションについて

病院レター第103号 2023年3月1日

長寿医療研修センター長
前島伸一郎

 国立長寿医療研究センターでは、もの忘れセンターを受診された患者さんの中で、認知症と軽度認知障害(MCI)の人ならびに家族・介護者に対して、日常生活と社会生活の継続的な支援を目的とした「脳身体賦活リハビリテーション(脳活リハ)」を実施しています。今回は、われわれが行なっている「脳活リハ」についてご紹介させていただきます。

1.「脳活リハ」とは

 「脳活リハ」は認知症や軽度認知障害など認知機能障害を有する患者さんに対する非薬物療法の一つです。「脳活リハ」の特徴は、専門医による定期的な診察で身体的な問題や社会行動障害などへの治療が速やかに行えることと、集団の形式で行う様々な課題に対して、患者と家族介護者を理解した療法士がマンツーマンで対応していることです。そのコンセプトは「認知機能障害をもつ人と家族が、専門家とともに、自分たちに合った目標や、その目標に近づくための方法をみつけられるように援助する」ということです。認知症や軽度認知障害に対するリハは、一人一人異なる本人の要素と環境要素に個別に対応すべきであり、画一的にマニュアル化して行えるものではありません。認知症と言っても多種多様であり、それぞれの症状や家族介護者の能力を把握した上で、個別性を重視した対応が求められます。また、軽度認知障害では、年間に10~30%が認知症へ進行すると言われていますが、適切なケアや運動で回復することがあることも知られています。このような意味で、「脳活リハ」は在宅生活や社会生活の維持改善だけでなく、認知症の発症予防や進行を遅らせることにもつながります。
 在宅生活を少しでも快適に過ごせるよう、「脳活リハ」では、専門家によるプログラムの提供、認知症や軽度認知障害の人の主体性を重視した快適な空間の提供、他者との関わりの場の提供、家族介護者同士の交流と専門的な支援を4つの柱としています。画一的な運動療法や回想法では大きな効果を望みにくいですが、個別性を重視した運動療法は、筋力増強や心肺機能向上などの身体機能の改善効果だけでなく、日常生活活動の改善や転倒予防効果も期待できます。また個別的な認知訓練は、生活能力を改善することを期待できます。社会的な活動の創出を意図し、参加者同士の交流を促すために全員に同じプログラムを提供しつつも、詳細な評価に基づく個々の能力や環境に配慮して「集団形式のプログラムの中での個別性」を重視したテーラーメイドのリハを患者と家族介護者に提供しています。

2.「脳活リハ」の適応と実際

 認知症や軽度認知障害はさまざまな疾患によって生じます。投薬や手術など迅速な対応によって改善する「治療できる認知症」の可能性もあるため、リハの開始前には、まず、正確な医学的診断を行います。多くの認知症では進行を完全に止める治療法はないため、薬物療法に加え、非薬物療法(リハ)が実施されます。認知症や軽度認知障害に対するリハは認知機能障害だけに着目しがちですが、神経症候や認知症の行動・心理症状(BPSD)が互いに関連して生活障害をきたすため、患者さんをていねいかつ詳細に診ていく必要があります。したがって、「脳活リハ」を始める前には、詳細な神経心理学的検査や社会的行動障害の評価を実施するとともに、日常生活活動や生活習慣、家族背景や介護状況などを調査し、適切な対処法を考えます。
 「脳活リハ」は当院もの忘れセンターを受診し、「認知症」もしくは「軽度認知障害」の診断で、リハが必要と判断された患者に対して実施されます。脳活リハの参加条件や適応を見極めた上で参加の可否や目的を総合的に判断し、認知症に起因する認知機能障害と生活障害に対するリハビリを開始します。1クラスの定員は10名で(家族を合わせて20名)、症状の程度に合わせて3つの段階のクラスがあります。

 リハの実施にあたり、患者さんの病態や病状の経過を把握し、積極的に機能低下や進行を抑制しながら機能の再獲得を図ります。その本質は機能回復を目指すことだけではなく、機能障害を有しながらも、患者さんと家族介護者が、自ら身体的・心理的・社会的機能を最大限に発揮できるように援助する手段を導き出せる体制を作ることにあります。適切な環境の元で残存機能を活かし、可能な限り生活障害を低減させていくことがリハの大切な役割と考えています。家族介護者の介護負担も過度なものとならないように注意し、患者も家族介護者もいずれもが、その人らしく生きることができるよう生活全体を支援するように努めます。

3.「脳活リハ」の注意点

 患者さんをただ「脳活リハ」に参加させれば、日常生活の維持・向上ができるようになるというわけではありません。週に一度の通院をきっかけにそれ以外の日も有意義に過ごせるよう、また日常介護が不安にならずに上手くできるよう、患者さんと家族介護者が一緒に通っていただきます。ただし病院でのリハは治療の一環です。「脳活リハ」も治療となりますので、すでに介護保険でデイケア(通所リハ)や訪問リハなどを利用している人には併用ができません。

4.おわりに

本レターでは、当院で実施している「脳活リハ」の紹介をさせていただきました。超高齢社会において、軽度認知障害や認知症などで生じる認知機能障害は切実な社会的問題でもあります。高齢者の健康と社会活動を維持するためにもリハは非常に重要であり、認知機能のみならず、身体機能や日常生活活動を含む生活能力を詳細に評価し、適切な介入を行うことが重要です。また、家族介護者が置かれている状況や心理的な背景を理解し、患者だけでなく、介護者も含めた総合的なアプローチを行っていくことが大切です。

参考資料

  1. 荒井秀典・前島伸一郎監修:軽度認知障害と認知症の人および家族・介護者のためのリハビリテーションマニュアル.ライフ・サイエンス,東京,2022
  2. 荒井秀典,伊藤直樹,大沢愛子,前島伸一郎,吉村貴子.認知症と軽度認知障害の人および家族介護者への支援・非薬物的介入ガイドライン2022.新興医学出版社,東京,2022

長寿医療研究センター病院レター第103号をお届けいたします。

認知症発症リスクのある患者(軽度認知障害)を対象に運動・食事・認知トレーニング・血管リスク管理を行った2年間の大規模ランダム化試験(FINGER研究)では、これらを実施しなかった群と比較検討した結果、明らかに認知機能は改善し、対照群と比較して25%もの改善を認めたとされています。さらにこのような認知訓練、認知刺激は初期(軽度)認知症から中等度認知症にも有効とされており、初期のアルツハイマー方認知症者に対する認知訓練の効果を検証したRCTによって作業記憶(ワーキングメモリ)と一般的な認知機能が有意に改善したという報告があります。

一方Livingston博士を代表とするランセット認知症予防、介入、ケアに関する国際委員会は、2017年にリスク因子をコントロールすることで認知症の3分の1の発症を遅らせるか、または予防する可能性があるとしています。この発症時期の遷延化は現在の認知症予防の中心的な概念の一つとなっており、Livingston博士は認知症の発症が5年遅れた場合、認知症の有病率は半減する可能性があると述べています。委員会が提言した10のリスク要因の中で医療的な介入が必要なのは生活習慣病の管理および認知機能訓練です。

このように軽度認知機能障害のみならず、認知症の初期から中期にわたるリハビリテーションによる認知訓練は認知症の発症・進行予防のみならず、認知症患者さんの数を減少させることも期待できます。

もの忘れを心配されている方や、ご家族がおられましたら、ぜひ当センターのもの忘れ外来を受診され、担当医がお薦めした場合は、脳活リハを受けられることをお願いしたいと思います。

病院長 近藤和泉